〜彷徨い人と、迷い猫 4 〜
…うわぁ。
「…うわぁ」
現場に到着して、思わず僕は嘆息した。
「…だいぶやっちゃってますね」
ミサちゃんも同意見らしい。車を降りて辺りを見回すなり、失望というか、面倒くさそうに溜め息を漏らしている。
7地区は港に程近いエリアだ。車から降りると、街中とは違う潮の香りが鼻をかすめてくる。
ムラクモ本社とは結構距離もあるから、到着までしばらく時間がかかった。
…とはいえ、その間にこんな事になってるとはね。
現場周辺は警察がたくさんいて物々しい空気なのだが、誰も現場の中心に踏み込んではおらず、遠巻きに囲んでいるだけだ。
薄っすらと光っている、膜のような壁のようなものが現場を覆っている。
ヒトミちゃんの結界だろう。いつもより少し強めのものみたいだ。
その中、つまり結界の内側にいるのは、ヒトミちゃん本人と、バイクから可変して人型になっているアキラの魔導人形。
アキラのバイクは、胴体と脚のみという人型へ可変できる。胴体には簡易な腕…マニピュレータのようなモノが両側に付いていて、乗口は大きく開口している。そこにアキラが乗っている状態。オープンカーの座席のように、搭乗者はむき出しの形だ。
2人とも動く事は無く、何かと対峙しているのか睨み合っている状態。
その2人の視線の先にいたのは…
おそらくテロリスト、ではない。
何故なら、テロリストと思われる人間は、既に地面に倒れているのだ。
男3人組だったのだろう。2人は、のされた感じで地面に転がっていて、ズタボロだ。
もう1人はヒトミちゃんの結界にもたれかかり、こちらもズタボロに傷つけられている。
傷つけられているのはテロリストと思われる3人組だけではない。
辺りの、結界の内側にある建物…倉庫だろうか。
そのシャッターや、壁などが大きくへこんでいたり、ひび割れていたり、穴が開いている箇所もある。
既に相当『やり合った』感じだ。
そして、どうして僕が2人の視線の先にいる者がテロリストではないと判断できたのか。
それは、その人物に見覚えがあるからだ。
「またこいつか……エマキャット…」
また一つ、溜め息が漏れる。
とりあえず僕は2人に声をかけた。
「…もう終わった感じ?」
「あ、キヨ先輩」
「どうなんすかね。でもこいつ退かないんすよ。俺、もう行っていいっすかね?俺の『セーレ』はガチ戦闘には向いてないんで。こいつ素早いしそもそもセーレ的には向かない相手なんすよ」
「じゃあ僕らと代わろう」
「はーい、じゃあ結界開けますね」
ヒトミちゃんが結界に触れると、そこに波紋が広がって、一部分だけ開放される。出入り口のような感じだ。
バイクに戻した自分の魔導人形『セーレ』を引きながらアキラが外に出て、代わりに僕とミサちゃんが入る。
すぐさま、ヒトミちゃんが再び結界で開放部分を閉じる。
「エマキャットか…全く、良いんだか悪いんだか」
「良くはないと思いますよ」とミサちゃん。
「ね。いくら何でも周りへの被害が大きすぎです。非合法魔象使いはこれだから」とヒトミちゃん。
非合法魔象使い。
特に決まった呼び方は無いんだけど、国に管理されていない、隠れ潜む犯罪予備軍的魔象使い一般の呼び方だ。
他には『野良』とか『脱法』とか、とりあえず良くない感じの言葉がアタマに付く感じ。
ほとんどの魔象使いは、その脅威ゆえに見つかればすぐに国に管理される。国の魔象使い人員の確保、監視、管理の一環だ。
けど、それを嫌い、逆らい、非合法に活動する魔象使いがほんの少しだが存在する。
国の管理していない魔象使いの、魔象を使った行動は一応それだけで犯罪行為に該当する。
国も追い切れていないから、全てを捕まえる事はできない。だからこうしてのさばる奴らがいる。
その力を、良い方に使うか、悪い方に使うか。
悪い方に使えばそいつはテロリストだ。
国に犯罪認定され、警察や僕ら契約魔象企業が派遣される。
けど…この目の前にいる『エマキャット』は…テロリストと一言では片付けられない奴だ。
『エマキャット』。本人いわく、正式には『エマCat』らしい。ネット界隈では活字でそう表現されているからだ。どうでもいいよ。
国に登録、管理されていない非合法魔象使い。
自分の活動を動画に収め、それをネットにアップする事で世間にアピールし、活動資金を集めている。
その行動の目的は不明。単純に金稼ぎなのか、他に訴えたい事があるのか。
正直、僕には『承認欲求』を満たしたいだけにしか見えない。
魔象の行使そのものは非合法なんだけど、こいつは『勧善懲悪』を謳っている。
自分の事は棚上げかよ、ってね。いいご身分だ。
その為、悪事を働いている所に颯爽と現れ、自らの魔象を以て撃退する、正義のテロリスト…というのが世間の認識だ。
こちらからしたら、現場は荒らすし、穏便内密に済ませたい場面でも映像を残してしまうから厄介な存在。
けど、世間の評判はすこぶる高いらしい。
警察では手の届かない悪事やシチュエーションでも、エマキャットならやってくれる。
警察も魔象企業も使えない、エマキャットはスーパーヒロイン。
そんな感じだ。
『ヒロイン』。
そう、エマキャットは女だ。
またそれが一部カルト的に男性に支持されていて、熱狂的なファンも多い。
だからこそ余計にやり辛いんだ。
下手にこっちが手を出せば、世間から批判されるのは警察やムラクモはじめ魔象企業だ。
まるで腫れ物を扱うように、どこもこいつと真正面からやり合うのは避けている。
警察ですら、彼女を本格的に捕獲、逮捕しようという気概を出さない。
犯罪行為で犯罪行為を制圧している訳だし、『必要悪』という判断なのかも知れない。
個人的には、そこも気に入らない。
こちらは正統な手順、プロセスに則って行動してるってのに、こいつが来ると今回みたいに全てぶち壊しになる。
警察は魔象企業をフォローしてくれないと困るのに、どちらかというとエマキャットのフォローをしてしまってる状態だ。都合が良いからって非合法魔象使いを放置するっていうのはどうなのよ。
だからさ、本当に厄介なんだ、エマキャットは。
「あの、気が済んだかな?今回はもう終わってるみたいだから、大目に見てあげるよ。さっさと帰ってくれないかな」
すこーしイライラを胸に感じながら、僕は目の前の女子プロレスラーみたいな風貌の彼女に声を掛ける。
「まだだね、撮れ高が足りないんだよなぁ」
撮れ高。ムカつく言い方だな。
こっちは遊びでやってるんじゃないのに、まるでゲームか特ダネ狙いのマスコミのような言い草だ、気に入らない。
…おっと、気持ちを抑えないと。
「私の勇姿をファンやフォロワーにもっと『魅せて』あげないとねっ!」
「何言ってるんですかね、この人。遊びじゃないんですよ」
両手を腰に当て、胸を張るエマキャットをよそに、ミサちゃんが僕の心の声を代弁してくれてる。
エマキャットのそのポーズ、カメラを意識しているとしたら…カメラは僕の背後だな。
窓ガラス越しに背後を確認すると、彼方にドローンらしき飛行物体が浮遊している。あれにカメラを搭載して映像を配信してるんだろう。
ということは僕も映ってるし、生配信だとしたら僕のプライバシー等お構いなしに世界中に今、このやり取りが発信されている。
これがめちゃくちゃ癪に障るんだよ。こいつの『欲』を満たす為に、好き勝手に何もかも巻き込みやがって。
…おっと、ダメだね、意識しないとすぐ悪い感情が疼いてくる。
「はぁ…そんな派手な恰好で、恥ずかしくないの?その方がファンとやらのウケもいいわけ?」
「大正解!みんな私にメロっちゃってるから、コスチュームとかサービスして還元してあげないとね」
「…くだらない。私イライラしてきました」
ヘソ下15センチくらいの、腰骨までくっきり見えるスーパーローライズなショートパンツ…何とも破廉恥なレベルの丈だ。後ろは多分ヒップの割れ目出ちゃってるだろ、コレ。
上はノースリーブのクロスホルターネックのビキニ。そのどちらもが、女子プロレスラーのコスチュームのような艶のある素材で、オレンジをベースカラーにネイビーで縁取られている。
ホルターネックの胸元はばっくりと恥ずかしげもなく開かれていて、そこから今にも零れ落ちそうなくらいの豊満なバストラインが主張する。ギチギチに詰め込まれているのか、デコルテや谷間はみっちりと窮屈そうだ。
男が…特におじさんが好みそうな、全体的に肉付きのいいボディライン。派手なコスチュームと相まって、雰囲気は女子プロレスラーそのもの。
まあ本人も狙ってやってるんだろうな。
むちむちした感じの太ももとか、いかにも男が好きそうなラインを描いている。
こちらもレスラーを意識させるデザインの覆面で、目から鼻辺りまでは覆われていて素顔をうかがい知る事はできないけど、のぞく目元は黒目が大きくて睫毛も長く、間違い無く美人であると分かる作りをしている。
髪型は毎回異なるが、今日はポニーテールだ。髪色もしょっちゅう変わるが、今日は派手めのピンク。
だいぶ髪を痛めつけているのか、ところどころパサついてるのが見て取れる。
これが非合法魔象使い、『エマキャット』の外見だ。
…まぁ人気は出るだろうな。身長も170はゆうに超える長身だし、覆面してても可愛いのは分かるし、おっぱいもデカくて脚もむっちり。男の大好物てんこ盛りじゃん。情報が渋滞し過ぎてる。
ただ、僕の好みではないけどね。何より僕、こいつ余り好きじゃないし。
見た目なんてどうにでもなる。問題は中身なんだ。
そして、僕はこいつの中身が気に入らない。
僕の一番身近な魔象使い達は、やっぱり3課の仲間達なんだけど、みんな何かしら魔象をきっかけとする悩みや問題を抱えている。それと葛藤しながら、できるだけ社会や、一般の人々と上手くやっていこうと苦悩してる。
僕はそれを知らないフリをしているだけで、本当は知っているんだ。
例えば、カゲは忌流の本家と上手くいっていない。
だから本家から追い出される形で3課に所属している。
ミサちゃんは、家族がいない天涯孤独の身だ。
アザミだけが彼女と家族を繋ぐ鍵になっていて、3課に所属しながら両親の行方も捜している。
ヒトミちゃんだって能天気キャラだけど、その見た目の良さでマスコミや妙なファンに追いかけ回されていた事があった。
アキラも、可変するバイク型魔導人形を扱っているせいで必要以上に目立っちゃって、一時出社拒否してた時期もあった。今でもセーレを可変させる事に抵抗を持っている。
なのにこいつは。
周りの迷惑も省みず好き放題に破壊し、巻き込み、自分の正義を名分に非合法的活動をしてて。
しかもこんな男に媚びた恰好で金を稼いで。
プライドはないのか、プライドは。
「…君の撮れ高とか、悪いけどこちらには関係ないんだ。見てみてよ、周り。君が破壊活動を行なってみんな迷惑してる」
「それはあなた達ムラクモだって同じじゃない?3課でしょあなた。3課なんてネットでも評判良くないよ?街中でも平気でドンパチやってるじゃん」
「君が見てる、見られるモノが君の世界の全てかも知れないけどね、こちらはそれだけじゃない。ネットや君が見てない所でも、僕らは治安維持活動を行ってるんだよ」
「それは私も同じなんだけど?」
「君は非合法だろ。国に登録されていない魔象使いの能力行使は一応犯罪なんだよ。分かるかな?」
「それは国が決めた、ってだけじゃん。私は国に縛られない、自由な治安活動なの。だからこそ、あなた達より柔軟に活動できる長所がある。今回だって、私の方が早く駆けつけて、迅速に鎮圧してるんだから」
…ダメだ、水掛け論にしかならない。
しかも、向こうの言い分もあながち間違ってない所がタチが悪い。
確かに3課も色々今まで壊してきてるからなぁ。
でも、それで怯んだ所をこいつに悟られては、調子に乗らせるだけだ。
エマキャットは国に管理されていない。
その時点でこいつの存在は非合法なんだ。
「…堂々巡りだね、毎回こういう話疲れるんだけど。撮れ高ももう少し欲しいし、『拳』で語らない?イケメンのサムライガイ」
ぴょんぴょんと小刻みに跳んだ後、エマキャットはファイティングポーズを取ってみせる。
…仕方ない。少し分からせてやるか。
ちょうど宗茂も、少し僕の腰でガタガタ疼いてきてた所だ。
「キヨ先輩、どうします?私、こいつにちょっと現実を教えてあげたいんですけど」
ミサちゃんがだいぶピリピリしてるな。
派手な見た目ってだけで、普段から自分を滅して真面目に働いてる彼女からしたら癇に障るんだろうな。
ミサちゃん、中身は結構ワイルドな所あるからなぁ。好きにやらせると被害が拡大するかも知れない。
彼女の扱う傀儡、『アザミ』は、最近新たな能力を発揮したばかりらしいから、加減とか余りできなさそうだし。
「僕がやるよ、ご指名みたいだし。ミサちゃんはタイミングを見て、転がってる犯人の搬出をお願い。だいぶやられてるみたいだし、警察さんと協力して運び出して病院連れてこう。…あいつは遠くに引き離すから」
「…はい、キヨ先輩がそう言うなら」
既に法陣を描こうとしていたミサちゃんは手を止め、ヒトミちゃんに結界を開けてもらって出て行く。
「…後悔しても知らないからね。僕は強いよ」
「woohoo!そうこなくっちゃ!」
いつもこいつと真正面からぶつかるのは避けてきた。理由は…何回も説明する必要ないよね。
以前にカゲが我慢できなくなって闘った事はあるけど、相当手加減してやってたな。
カゲはああいう性格だけど、女の子相手には加減するタイプだからな。基本的に徒手空拳だから加減もしやすいし。
けど、僕はメインの武器が刀だ。本気で振るえば加減は難しい。
…さて、どうやって上手く乗り切ろうか。
腰に帯刀していた宗茂を鞘ごと離し、抜刀術よろしく腰溜めに構える。
僕の基本スタイルだ。
刀は刃物だからね。ずっと抜き身の状態で構えるのは余りイメージ的にもよろしくない。
まして、今回は撮られてるからね。
チラリとガラス越しに確認するが、ドローンはふわふわと浮遊したままだ。
「よそ見してると、死んじゃうかもよサムライガイ!!」
視線を戻す頃には、眼前にエマキャットが迫って来ていた。
やはり速いな。けど、僕だって3課の前衛だ。そんな事でいちいち狼狽えるもんか。
ばきぃぃぃぃっ!
飛んできた拳に、正面から鞘を当てて防御する。
その程度で宗茂は壊れたりしない。
鞘や柄、鍔も全て、宗茂を構成するパーツだ。宗茂は魔象の塊なんだから。
即座に鞘を返し、その先端で彼女の腹を突く。
「…うぐっ」
「その程度で僕が慌てると思った?甘いよ」
怯んだ彼女の足元目がけ、半回転して遠心力をつけ、鞘の腹を当てようとするが、それはさすがに彼女も跳んで避け、その動きついでに蹴りを繰り出してくる。
それを顎に当たる寸前で仰け反って回避。
抜刀術は相手との距離が肝心になってくる。エマキャットのリーチが分かっていれば回避するのはわけない事。
薙いだ鞘を止め、燕返しのように軌道を変更、彼女の繰り出した拳側の脇辺りにぶつける。
がんっっ。
「…痛ったぁい!」
衝撃で腕を跳ね上がらせながら、慌てて彼女は距離を取るために離れる。
まあ形的にこちらは防衛だからね、とりあえず今は追うのはやめておくか。
5メートル程距離をあける彼女を、僕は一旦何もせずに見送る。
こいつが痛めつけた本来の犯人をミサちゃん達が搬出しやすいように、少し軸をずらしておこう。
時代劇の侍の如く、帯刀したまま僕は少し横に走った。案の定、エマキャットは距離は開けたままで追走してくる。
「…やるじゃん」
「それはどうも」
…さて、これからどうするか。
宗茂は、戦闘に昂ぶって来ているのか『抜け』という衝動を僕に送り始めている。
抜いたら…彼女は只では済まないだろう。
さて、どうやっていい感じの所で収束させようか。
僕はもう一度、腰溜めに宗茂を構え直した。




