〜彷徨い人と、迷い猫 3 〜
『十六夜宗茂』。
僕の持つ魔象の刀の名前だ。
僕が創り出した物ではない。
人によっては、武器を自らの魔象で構築できるらしいが、僕はまだお目にかかった事はない。
きっかけは、本当に些細な事だった。
それが今では、僕の人生に、そして魔象使いとしての評価に大きく関わる存在になってしまった。
見た目は普通の刀だし、僕の魔象を通さない限りはホントにごく普通の刃物でしかない。
こいつの真の能力は、僕がこいつに魔象を通す事で発動する。
どんな金属も断ち切り、どんな魔象の攻撃も受け、流す事ができるようになる。
刀身も伸ばせる。逆に縮める事もできる。けど、それには何故か凄まじい量の魔象を使うから、僕は滅多にそれをやることは無い。
こいつには、意思がある。
以前の僕は、ほぼこいつに支配というか、洗脳されているような状態だった。
それを抑制し、僕自身を取り戻せたのはムラクモと芦屋さんのおかげだ。
今では明確な意思を示す事は少ない。以前は脳に宗茂自身の言葉が流れ込んでくるくらい強かったけど、今はさっきみたいに衝動を起こして僕を揺さぶってくるくらいだ。
かといって油断してはいけないということは分かってる。
こいつは僕に従っているフリをしているだけで、隙あらば再び僕を乗っ取ろうとしているのは間違いない。
宗茂自身の意思と本来の魔象を、僕と芦屋さんの力で抑えているからこうしていられるだけ。
僕は、常に自制していなければいけないんだ。
だから、僕は感情を寝かせる事にした。
常に笑顔で、余裕と冷静さを保ち続ける事。
これが僕が僕である為に必要な事なのだ。
おそらく、宗茂自身を『殺す』事はできない。
仮にできたとしても、それは宗茂の刀としての能力そのものも殺す事になるだろう。
それは僕の魔象使いとしての能力を大きく下げる事になる。
近衛キヨマル自身と、十六夜宗茂の共存。
これが、おそらく今の僕の一生の課題だ。
全てを否定するのではなく、共に生きていく道を探る。
何だか、生涯の伴侶みたいだ。
さすがに、僕も刀と結婚はしたくないんだけどな。
もう僕もいい歳なんだし、その辺はちょっと思うところがあるんだけど、この能力を抑えられない限りは、それすらままならないよ。
…やれやれだ。
「キーヨ先輩っ。また瞑想ですかぁ?」
きゃぴきゃぴした女の子の声に、僕は閉じていた目を薄く開いた。
芦屋さんの『点検』が終わり、意識を改めて自制に取り組んでいる僕を、悪いけどこの子は邪魔している。
けど、僕は薄目のまま、笑顔で応える。
「そうだよー。僕には必要な事だからね」
「大変ですね。あ、コーヒーどうぞ」
その子は紙コップを僕の前に置いて笑顔を見せた。
ゆるウェーブのロングヘアから、ふわっとフローラルな香り。
ぱっちりした子鹿のような潤んだ瞳を更にメイクで強調した、愛らしい顔立ち。
…今日は無地のロングスカートに白のパフスリーブのブラウスか。相変わらずフェミニンでキュートだな。
「ありがとう、ヒトミちゃん」
3課の『結界士』、『結城ヒトミ』だ。
ウチのエージェントの一人で、もちろん魔象使い。使う能力は『結界』を使う結界士。対象を一定の場所に閉じ込めたり、エージェントを守る壁を作り出したり、何かを隔離するフィールドを作り出して操作する能力だ。3課では後方支援の部類に入る。
いつも愛らしい笑顔を振りまく、3課のアイドル的存在だ。実際モデルみたいにスタイルも良く、顔立ちもそこらのアイドルと遜色ない美形。
…けど、正直僕は苦手なタイプだ。
空気を読まない能天気さと、ぐいぐい来る肉食系女子の行動パターン。特に僕に対してそれは露骨に展開されているから、多分僕は狙われている。
実際、今だって本当はそっとしておいて欲しいシーンなんだよ。これ、例えばミサちゃんだったら、僕に声をかけたりはしないだろう。
ただ、ミサちゃんは明らかに僕に特別な好意はない。彼女は、多分そういった色恋感情は会社の人間に持っていないんだろうな。
ヒトミちゃんも、少し見習って欲しい所だ。
…だって…ここ、3課のオフィスじゃないんだよ。
準備室。
ここは主に現場に出るタイプの社員が使う多目的部屋だ。
何もないだだっ広い部屋で、エクササイズで使うフロアみたいに、北側の壁のみ鏡張りになっている。
現に今だって居るのは僕とヒトミちゃんだけじゃない。
もう一人、僕と同じように瞑想?だろうか、美しい胡座で目を閉じている男がいる。
それなのにお構い無しで来るんだよなヒトミちゃんは。
もう少し…手心というか…気遣いが欲しいところだ。
「…あのよ、瞑想中に他人に声かけんなよ。俺だったら頭はたいてるぞ」
案の定、その男はヒトミちゃんを容赦なく注意する。
強めの口調にも関わらず、ヒトミちゃんは、
「はぁい、さーせーんっ」
と、まともに受け止めている気配はない。
彼女を注意した男は、瞑想するのを諦めたのか、目を開けて立ち上がった。
3課の前衛を務める、間違い無く3課のエースといえる男、『桐生カゲナリ』だ。
僕とは同じ3課の前衛同志、『キヨ』『カゲ』と呼び合える仲。口は悪いけど根はいいヤツで、実力も確か。
ライオンの鬣のような、ウェーブのかかったボリュームのあるツイストヘアを、金属の付いた忍者が付けるようなバンドでオールバックに引っ詰めた髪型。髪色はブリーチをかけたゴールドからブラウンへのグラデーション。一見するとヤンキーっぽい。まあ口も悪いし、上層部への態度も良いとは言えない。
けど、魔象使いとしての能力は高くて、会社もそこは大きく評価している。
彼は古流忍術集団『忌流』の正統な血統を受け継ぐ忍だ。見た目は全然忍んでないけど、そこはご愛嬌で。
理由は知らないけど本家からは独立した状態らしく、ムラクモの3課で働いている。
忌流は、本来警察や政府、国に直接仕えるいわば『御庭番』のような存在らしいんだけど、本家の血筋でありながらムラクモに居るって事は…まあ追い出されたか何か事情があるんだろう。
事情のない社員なんて、3課の魔象使いにはほとんどいないから、別にそこは僕は気にしてないし、掘り下げる気もないんだけどね。
実力は、まさに3課の多機能エースってとこ。
徒手空拳による戦闘はもちろん、忍ならではの術(ここで魔象使いとしての能力を発揮してる)による撹乱や情報収集など、社員としての機能面は本当に申し分ない。僕と前衛を2人だけで張ることも多く、僕とカゲが3課の看板を背負っているといっていい。
欠点は…決定的な口の悪さと素行不良な態度、あと書類関係のヘタクソさかな。
書類関係は僕もカゲの事を偉そうに言える立場じゃないけど。
「…で、俺にはコーヒーないのかよ」
「えっ、カゲ先輩も欲しかったですか?気づかなくてごめんなさーい」
「…うぜぇ」
これ、いつものやり取りだから気にしないで。
ヒトミちゃんなりのイジりなのか、2人はいつもこんな感じだから。
「カゲ、珍しいね瞑想なんて」
「あぁ、明日から『森羅主任』と出張だからな、色々精神的な準備だよ」
森羅主任は、3課の主任で、勿論エースだ。だからこそ主任なわけだし。
主任は『人ならざるモノ』専門の能力を持った魔象使いだから…まぁそういう仕事なんだろうな。大変そうだ。そりゃカゲでも気合入れなきゃいけなくなるか。
「そういえば、こないだ大変だったらしいね」
「『メルクリウス』の件か?まあこのザマだからな」
そう言ってカゲは脇腹辺りをさする。
1週間くらい前、国の直轄設備『メルクリウス』に関する魔象を使った事案があったそうで、その時カゲは脇腹を負傷したらしい。
普通なら入院するレベルの怪我だったらしいけど…今既に復帰してる辺りはさすがといったところだ。
「カゲ先輩、ちゃんとみんなを助けたんでしょうねえ?」
「当たり前だろ、コレだって名誉の負傷なんだよ」
「ホントですかぁ?先輩が突っ走っただけだったりして」
「突っ走ったのは俺じゃねー……けど、まぁ、色々あったんだよ」
…カゲにしては歯切れの悪い言い方だな。
本当に色々あったんだろう。
「ミサちゃんが相当頑張ったみたいだね」
「あぁ。実質あいつがその件ではMVPだよ。それは認める。おかげでアザミが使える傀儡って分かったからな、これからはこき使ってやるぜ」
意地悪く笑うカゲに、ヒトミちゃんは不満そうだ。
「ひどーい。ミサはいたいけな女子なんですよぉ?只でさえ女子で前衛やってるだけで凄いのに。キヨ先輩もひどいと思いません?」
「…まぁ実力がある人はどうしても過酷な場面は増えてくるからね。それはミサちゃんも分かってるでしょ」
そうだ。
正確な自分の能力の把握は、魔象使いの必須事項だ。
ミサちゃんもだけど、僕やカゲは、過酷な場面がどうしても多くなる。
今回のカゲの出張にしても、きっと大変な場面が待っている事だろう。
僕にしてもそうだ。
はぐれ者集団である3課の前衛は、スマートには片付けられない場面での汚れ役をやらされる事だって多い。
『3課だから、多少被害が大きくなっても仕方ない』
『3課だから、乱暴な片付け方をしても仕方ない』
良かれ悪かれ、それが会社や世間一般での3課の評価なんだから。
その時。
ぴーっ、ぴーっ。
部屋に設置されたスピーカーからアラーム音が鳴った。
続けざま、放送が入る。
「こちら管理部です。101発生、101発生。3課社員はオフィスへ集合して下さい。」
101。その数字が何を意味するかすぐに理解した。
武力による鎮圧行動の依頼だ。
「おい、行くぞ」
「はぁーい」
僕も含め、今いるのは全員3課社員だ。
瞑想はまた今度だな。
僕はヒトミちゃんが用意してくれたコーヒーを一気に飲み干すと、足早にオフィスへと戻る事にした。
「揃ったか。7地区で魔象を使ったテロ行為が発生した。警察からの協力要請だ」
オフィスへ集まった3課の面々。
座ってる者、立ってる者、一部声の元へ集まる者、みんな態度が揃ってない辺りが3課らしい。
声の主は、やたら大柄なスキンヘッドの男。
年齢は40代なかばくらいか。
一歩間違えば悪の組織にでもいそうな、厳つい雰囲気とドスの効いた目つき。見た目だけで『悪人』のレッテルを貼られそうなビジュアルをしている。
強面な上に大柄な体格、でもってスキンヘッド。
普通に怖い。見た目からして怖い。
久しぶりに見ると、改めて怖いな、この人。
3課主任、『森羅シドウ』さんだ。
しょっちゅう出張に行っているから、余り社内で見かける事は少ない、3課の大黒柱にして対外担当。
多分、明日にはカゲと再び出張だから、居るのは今日だけだろう。
「近衛、四季守、結城に出てもらう。私と桐生は出張を控えているから温存させてもらう。いいな?」
「了解ですー」
「えぇー、私もですか?」
「当たり前だろう。相手は複数だ、結界士に結界を張ってもらわんと、周囲への被害が大きくなりかねん。なので結城は速見と一足先に現場へ行ってくれ」
「げっ、速見バイクやだなぁ、怖いもん」
「へへ、ちゃんとスカート押さえててよ。パンツ見えても責任取らないからねー」
フルフェイスのヘルメットをさっさと準備しながら、少し小柄なヤンチャ少年のような男がニヤニヤ笑う。
『速見アキラ』、3課の移動要員だ。
使うバイクは当然、普通のバイクではない。
可変機能を備えた、バイク型の『魔導人形』だ。
渋滞や悪路、道無き道も、その可変能力で何とかできる、良く言えば3課のスピードスター。
悪く言えば、只のスピード狂だ。
「速見は状況に応じてその後は後方支援だ」
「うぇーい、了解っす」
「何で私だけ……ぶつぶつ」
文句をぶつぶつ言いながら、ヒトミちゃんはアキラと一緒に小走りでオフィスを出ていく。
「…じゃあ私達も行きましょう。準備でき次第、エントランスへお願いします。私、車の手配もしておきますから」
「うん、よろしくね」
いつも通りの冷静な口調、冷静な落ち着いた足取りで、ミサちゃんは荷物を手早くまとめて出て行く。
僕も宗茂を手に続こうとして、
「近衛くん」
急な呼び掛けに足を止めた。
「はい?」
声をかけてきたのは御手洗課長だ。
「終わったら、少し頼みたい事があるからまた声をかけてもらっていいかな」
「分かりました」
…何だろう、改まって。
まぁ、まずは目の前の事案解決が優先だ。
僕は自分の武器でもあり、同時に諸刃の剣でもある片刃の刀を肩に掛けると、足早にミサちゃんを追いかけた。
…テロ行為か。
最近増えてきてるな。
この国の治安もいよいよヤバくなってきた感じがする。
警察だけじゃ間に合わないか、色々と。
…大した事ないと良いんだけどな。




