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㈱ムラクモエージェンシーの社畜ども   作者: ケムリネコ
『剣士』 近衛キヨマル 編
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24/30

〜彷徨い人と、迷い猫 2 〜





『魔象企業』。



企業と謳ってはいるし、見た目は普通の会社に見えるかも知れないけど、中身は結構違う。

どちらかというとやってる事は警察や、シークレットサービスのようなものに近い。


武力鎮圧を基本に、警護、公人護衛、危険物の処理からテロ組織の制圧まで。

そう、最近は魔象を使ったテロ行為も起きるようになってきて、企業は人材確保に躍起になっている。

ムラクモは大手だから本社のビルもデカいし、支社も幾つかはあるし、もちろん労働組合も存在する。


魔象使い社員への福利厚生の優遇。

魔象使い自体レアな存在だから、それを社員として必要とする企業は、有能人材の確実な確保は常に重要課題。

サービスとしての意味合いも含め、魔象使い向けの手厚い福利厚生は、最近の魔象企業が重点的に取り組んでいるものの一つだ。


その点ムラクモは大手だけあって特に優秀だと思う。

怪我をして病院へ行けば、全額会社負担で済むし、魔象使い社員への特別休暇制度もある。


ムラクモならではのものといえば、大型の魔象を操る、ミサちゃんのような魔象使いの為に、『法陣』を使った収納システム。

これにより、どんな形状の魔象使いでもクイックに行動できるようになる。


あとは、魔象武器や兵器のメンテナンスを行う『魔象4課』の存在も大きい。

今まで、魔象企業は魔象使いの使う武器、兵器に対するメンテナンス維持は個人に任せてきた所が多かった。

けど、ムラクモは大手として培ってきた技術や知識を動員し、バックアップ部署として4課を創設した。

これにより、多くの魔象使い社員は煩雑だったり大変だった武器兵器の維持という負担から解放されている。


魔象を使う事によるデメリットへの対処もムラクモは前向きに取り組んでいる。

これは人によって異なるけど、ムラクモは色んな形で対応してくれて、助かっている社員は多いはず。


そして、僕が今呼び出されたのも、僕が使う魔象に対するデメリット対応の一環だ。




僕の使う魔象は、朝から肌見放さず持っているこの刀。

神をも斬ると云われる魔性の魔象刀、『十六夜宗茂(いざよいむねしげ)』。

見た目はただのよくある日本刀。

黒漆の、糸巻太刀拵のそれは、鞘も含めて刀そのものが魔象の塊のようなものだ。

この刀に掛かれば斬れないものはなく、僕の供給する魔象に合わせてその刀身を長くも短くも変えられる。

金属質の刀身だけど、材質は不明。

4課のみんながメンテナンスしてくれているおかげで、見た目はとても美しい。

抜けば神をも真っ二つに出来ると言われる、名刀中の名刀。

シンプルではある魔象だけど、だからこそ扱いやすい。

僕は自分の魔象の力と、刀自身の魔象によって強く結ばれている。

『呪い』といってもいいくらいに、強く。

それは、僕にはデメリットや負担も大きい部分があって。

だから僕にとっては、『名刀』というよりは『妖刀』なんだけどね。

まあ改めてみんなに言う必要もないし、不安にさせたくないから余り言わないけどさ。






『特別会議室』。


その名の通り、特別な会議室だ。

表向き、企業っぽく会議室なんていってるけど、ここで会議なんて行われる事はない。きっとない。

僕の魔象へのデメリットや負担。

それをチェック、解消する為に使われる場所だ。

少なくとも僕は、それ以外でここに来た事はない。


かちゃり。


だって、この内装は会議をやる場所ではないでしょ。

窓ガラスは無く、隅に数カ所配置された間接照明だけが灯る部屋。

その中央は少しだけ高くなっていて、祭壇のように周りは縄でできた仕切りに囲まれている。

仕切りの真ん中の床には法陣が描かれていて、いかにもって感じの雰囲気だ。


そして、そこには一人、僕を待っている人物がいた。


「おはようございます、『芦屋』さん」


「うむ、おはようキヨマル」


男か女かも分からない顔立ち、ショートカットの風貌。

その髪色は、白髪とも銀髪ともいえる、真っ白。こんな薄暗い中でも艶々と光っている。

色素の薄い、薄茶色の瞳が僕を捉える。

眉も睫毛も真っ白で、髪が染めたものではなく、この人の天然色である事を教えてくれる。

肌も白蝋のように白く、表面は毛の1本もなく、そしてただ艶だけが主張する、色香すら感じさせる美しさ。


アルビノの人。


全ての色が薄いから、まるでそんな感じだ。

服装も、ゆったりとした純白のローブ1枚。

体のラインは隠れているけど、のぞく脚は細くて、それを見る限りは女性っぽさがある。

全身全てが、無垢な真っ白の出で立ち。

白兎や白馬みたいで、この人のミステリアスさと妖艶さに一際拍車をかけている。

妖精を思わせる、整った幼さの残る顔。この人、一体何歳なんだろうか。


性別不明、年齢も不明。

ムラクモの魔象1課所属、


『芦屋 シズル』


さんだ。

勿論この人も魔象使いなのだが、僕は能力の詳細は知らない。

誰か知ってるんだろうか?

この人の何も、僕は知らない。

分かるのは、この人は僕の『味方』であろうという推測だけ。


「朝ご飯はちゃんと食べてきたか?」


「…いや、食べてないです」


「駄目だぞ。朝ご飯はちゃんと食べなさい。健康である事が、お前にとっては何より大切な事だ」


「はい」


お節介なお母さんのような言葉が、潤った唇から放たれる姿は、見た目とのギャップもあって本当にミステリアスで、そして可愛らしい。

…男か女かは、分からないんだけど。


「さて、宗茂とお前の『点検』を始めようか」


「はい」


芦屋さんに促され、僕は部屋の中央の、法陣の中へ足を踏み入れる。

そして、靴を脱ぎ、着てきた一切の衣服を、下着を残して脱ぐ。

あっという間に、僕は目覚めた時と同じ、C・クレインのパンツ1枚という姿になる。


保護袋から十六夜宗茂を取り出すと、それを芦屋さんに預ける。

芦屋さんは自分とは対照的な黒塗りの鞘を握り、そのまま僕の体にそっと触れる。

優しい、柔らかな指のシルキータッチ。

妖艶なこの人の見た目と相まって、嫌でも体が反応してしまう。

…男か女かも分からないのに。


そっ、と指が体をかすめる度に、ぞくぞくとした反応が体を駆け巡る。

女の人と、例えばこういう事になったとしても、僕は本来慣れっこだから、体が即反応するなんて事はないはずなんだけど。

何か、この人は別だ。

胸が大きいわけでも、魅力的なヒップラインがあるわけでもなく、性的なものなど一切分からない見た目なのに。


「…ふふっ、いい加減慣れて欲しいものだ」


僕の下腹部にチラリと視線を送って、芦屋さんは妖艶に微笑む。

見なくても分かる。僕の男性は、芦屋さんの指に『反応』してしまっている。


「す、すみません…どうしてもまだ慣れなくて」


「ふふっ、いいよ。そういう反応は、別に嫌いじゃない」


どういう意味だよ。

このまま『コト』が起きてもいいっていうのか?

この人は、本当によく分からない。





だが、その『反応』は、やがて少しずつ僕の中でその色彩を激しく、極彩色のものへと変貌させていく。

欲情、ではない。

怒りでも、哀しみでも、ましてや喜びでもない。

よく分からない感情が渦を巻いて体の中で暴れまわり、サイケデリックな衝動になって溢れようとしてくる。


それに呼応するように、芦屋さんが握る宗茂が、カタカタと震え始める。

芦屋さんの手が震えているんじゃない。

刀自身が、僕の衝動とリンクしている。

まるで、刀にも感情や衝動があるかのように。


「…ぐッ…!ふぅっ……!」


「丹田に力を込めろ、キヨマル。体幹に芯を通すんだ」


冷静な芦屋さんの声が、ぼやけて聞こえ始める。

鳩尾辺りに力を込め、もう一度背筋を伸ばし、内なる衝動を抑える努力をするが、右手が、芦屋さんの握る宗茂へと伸びる。


「ぐっ…ううっ」


頭の中で衝動が割れ鐘のように響く。

「抜け」と言っている。

宗茂を抜き、衝動に身を任せろ、と。


それでも必死の思いで、握った鞘を芦屋さんから奪い取らないよう衝動を抑えつける。


「…ふむ、少し弱ってきているな。分かったよキヨマル、今楽にしてやろう」


芦屋さんはどこからともなく紙製の札を取り出すと、それを僕の丹田…つまり鳩尾辺りに当てる。

その札は、まるで掃除機のように僕から魔象と、それにリンクして暴れ回る衝動を吸い取っていく。

札はみるみるうちに赤黒く染まっていって。


「…ふぅっ」


張っていた力が抜け、脱力感と疲労が全身を軽く満たしていく頃、僕の中の衝動も霞のごとく霧散していくのが分かった。


「だから朝ご飯をちゃんと食べろと言っているんだ。お前の力が弱ると、宗茂に『支配』されるぞ」


「…すみません…次からは食べるようにします」


法陣の上に座り込む。朝起きた直後のように、やんわりとだけど体に力が入らない。


「戻すぞ。もう一度丹田に力を入れて」


芦屋さんが、先ほど僕から魔象を吸った札に唇を当てる。すると札から、どす黒い赤色がするする抜けていく。その色の源である穢れた魔象が、今芦屋さんの体内へと取り込まれているのだ。

芦屋さんはそれを表情一つ変えずに呑み干す。


「座ったままでいいから、顔をこちらへ向けて」


言われた通り、顔を芦屋さんへと向ける。

彼?彼女?の、目鼻の整った顔がこちらへ近づいてきて、ふわっと芦屋さん自身のいい香りがしてくる。

芦屋さんは、鼻が当たらないように少しだけ顔を傾けて…


そのまま、芦屋さんの唇が僕の唇に触れる。


恋人同志のキスではない。

僕の魔象を、芦屋さんが体内で浄化して僕に口移しで返してくれているのだ。

そう分かっていても、年甲斐もなく心臓が少し早く波を打つ。

今まで何度もこうしているけど、こればかりは慣れる事なんてできない。

青春を謳歌するティーンエイジャーでもあるまいに、たかが口移しのキス一つに、毎回僕は不覚にもドキドキしてしまうんだ。


刹那、唇を合わせているだけなのに、それは何分もしているように長くも感じて。


「…よし。どうだ?」


「…ありがとうございます、楽になりました」


「少し弱ってはいたが、前よりも長く、そして効率的に宗茂を抑えられるようになってきたみたいだな。やはりお前は才能があるよ」


「…だといいんですけどね」


「…ふふっ、ついでに『それ』も、私が鎮めてやろうか?随分『大きくて立派』になってるみたいだが…」


そう言って、芦屋さんは再び僕の下腹部を指差す。

…あ、いけね、毎回コレだ。

口移しって頭に理解させていても、何故か芦屋さんと唇を重ねると体が反応してしまう。

吸い取られた時に一度落ち着いてるはずなんだけどな。


「…け、結構ですよ。第一芦屋さん、男か女かも分かんないじゃないですか。いい加減教えてくれてもいいんじゃないですか?」


「くすっ、ナイショだ。『秘密』がある人間は魅力的でいいだろう?だからずーっとナイショだ」


1課の、超がつくエリート社員とは思えない、悪戯っぽく微笑む芦屋さんの魅力に、ますます反応が強くなることを悟られたくなくて、僕は急いで服を着る。


これは宗茂を抑える為の『業務』としての行為なんだけど、見方によっては僕の『特権』なんだろうか。

芦屋さんとこうしたい社員、多分たくさんいるだろうし。

…いや、そもそも芦屋さんの存在や、見た目を知らない社員の方が多いか。

この『業務』だって、ごく内密なものだ。


「キヨマルは可愛いな。そういう誠実なところ、私は好きだよ」


「でもチャラい奴だと思われてますよ、社内では」


「いいじゃないか。周りに『秘密』として大切に抱えておきなさい。それがお前の魅力になる」


「…持論ですか?その、秘密についてのこだわりって」


「ただのアドバイスだよ」


芦屋さんは屈んでいた体を起こすと、宗茂をこちらへ返す。

それを再び保護袋に入れ、僕はいつもの、3課社員の出で立ちへと戻る。

その頃には、下腹部の『衝動』も収まっている。


「私で『感じて』くれるのは嬉しい事だけど、キヨマル、常に平常心でいなさい。色んな感情を昂らせる事なく、可能な限り平静で、落ち着いていなさい。宗茂はお前の『感情』の高まりに反応し、それを『破壊衝動』へと変換している可能性が高い」


「はい、分かってます」


「大変だとは思うけど、これはお前の、もしかしたら生涯の課題となってしまうかも知れない。宗茂との付き合いが随分になっているのは理解しているけど、常にそれを忘れないように」


「はい、ありがとうございます」


きっと3課の誰も、僕が穏やかで常に平静な人間だと思っている事だろう。

でも、僕はその裏で、激情や衝動と戦っている。

その原因は、僕が扱うこの、たかが一振りの刀のせいだ。


気付かせたくないし、気付かせてはいけない。

3課は、僕がようやく手に入れた、大切な『居場所』なんだ。

それを自分の手で壊すような事はしたくない。

今までたくさんの人の手を借りて、たくさんの人に助けられて、ようやく僕は『普通の魔象使い』として過ごしていける。


だから、今日も僕は笑う。




笑顔の仮面を、しっかりと顔に貼り付けておくんだ。



それこそが、僕がここで生きていく、何よりの処世術なんだから。









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