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㈱ムラクモエージェンシーの社畜ども   作者: ケムリネコ
『傀儡士』 四季守ミサオ 編
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22/30

〜即席魔導人形(インスタントゴーレム)エピローグ③〜




かったるい。


あー、本当にかったるい。


私は現実から一旦目を背け、窓から外を眺めた。

立ち並ぶ高層ビル群。そのほとんどがオフィスビル。その中は、多分私と同じように仕事と格闘している社畜がわんさかいるんだろうな。ご苦労様です。

さて、ではそのかったるい現実と向き合うとしますか。

私は視線を目の前に戻す。


まるで漫画のワンシーンのように、あり得ない量の書類やらファイル、紙ペラ等々が私のデスクにうず高く積み上げられている。

それは夜の灯りに照らし出され、邪教の崇拝する塔か何かのような邪悪さを醸す。


はぁ…ホントにウンザリする。

処理しても処理しても終わらないじゃんっ。

気がつけばオフィスには私だけ。

みんなほとんど退社している。

ふと時計を見ると…もう21時を過ぎてる。

これは日をまたぐかも知れない。

…いや、今日中に終わらせたい。終わらせるぞ。


寂しく、私のデスク付近だけ照らし出す天井のライト。そこにちょこんと座り、ひたすら書類整理に勤しむ。

ライトは、もう一箇所同じように照らしているデスクがある。


カゲ先輩のデスクだ。


でも、そこに先輩はいません。

デスクは無人。私程ではないけど、ケリのついていないであろう書類がデスクに投げ出されたまま。

…あいつ、逃げたな。

さっきまではおとなしく、また珍しく無言で書類整理してたはずなのに。

カゲ先輩らしいといえばらしいけど、私がこんなに苦労してるのに、と思うと腹が立ってくる。

土壇場で逃げる人間はダメです。カゲ先輩といえど、マイナスポイントですねコレは。


「…あのー」


急な声に背中がビクッとなった。

べ、別に一人でも怖くないよ、お化けとか平気だし。ちょっとびっくりしただけ。

現場でもそういう類に遭遇した事あるからね。ほ、ホントだよ。


振り向いた先にいたのは、2課隊員の制服姿。

ムラクモは、オフィス警備も2課が行っている。

おそらく、当直の警備さんだろう。


「…はいっ」


「まだ続けられますか?」


「…あー、はい。まだちょっとかかりそうです」


「大変っすね、お疲れ様です。じゃあ、退社の際は警備室に一声お願いしますね」


「はい、すみません」


それだけ告げて2課隊員は去り、再び私は一人、デスクでキーボードをカタカタ鳴らす。

だから私は現場の方が好きなんだよ。一人でひたすら画面に向かって座り続けるなんて苦痛。

先輩め、明日覚えてろよ。


……と。


「おーい」


また私を呼ぶ声。

今度は聞き慣れた声だ。


「…先輩、逃げたんじゃなかったんですね」


カゲ先輩だ。少しうんざりしたような、先輩らしくないしょんぼりした顔。

くそっ、それはそれで可愛いな。

心無しか、いつものライオン頭もしょげてるような雰囲気で、ちょっと笑えてきてしまう。

もちろん顔には出さない。ポーカーフェイスが私の武器なので。


「逃げたいけどな。さすがに俺も大人だから、夏休みの学生みたいにはならねーよ」


「…さては先輩、夏休みの最終日まで宿題溜め込むタイプですね」


「正解。こういうのしんどいんだよ。ミサも分かるだろ?」


「分かりません。私、宿題は最初に全てやっちゃうタイプなので」


「ちっ、いい子ちゃんがよ」


いつもなら長い脚で颯爽とした足取りの先輩も、今日はさすがにお疲れ、とぼとぼと元気がない。

こちらへ向かってくる、その手にはレジ袋が2つ下げられてる。


「もう長丁場になるの覚悟だな。ほら、夜食買ってきたからよ、休憩しようぜ」


「先輩はあと少しじゃないですか。やり切って早く帰ればいいのに」


とさっ、と私のデスクにレジ袋を置き、先輩は少しバツが悪そうに目を背けながら。


「…女子一人にしてさっさと帰るのも、何か申し訳ねーじゃん」


おっ、予想外の回答。

ちょっとキュンと来ちゃうじゃん。

先輩、そういう事も言えるんだ。ポイント付けときます。


「それに今回暴れたのは俺もだからな。ちょっと貸せよ、手伝うから」


「ホントですか?」


「あぁ。ミサ一人やらせるのも悪いしな」


そう言って先輩は、私の書類を半分くらい持っていく。

顔がぐっと近づいてきて、嫌でも心臓がうるさくなる。

…そうか、今この空間、私とカゲ先輩だけなんだ。

そう思うと、より一層心臓はバクバクと騒ぐ。

ほら、こういう時ってさ、ちょっとしたきっかけで、あんな事やこんな事が始まったりしちゃうでしょ?しちゃうよね?

ドラマやアニメの見過ぎかな。

このドキドキが、先輩に悟られませんように。


「でも、まずは休憩しようぜ。飯も冷めちまうし」


「…そうですね、先輩が手伝ってくれるならいいかな」


私は手を止め、袋の中身を取り出す。

ホカホカマンの海鮮かき揚げ丼だ。

ここ、安いけど美味しいんだよな。

しかも熱々で出してくれるから、私もたまに夕飯用にお弁当買って帰ったりする所だ。


「こっち親子丼なんだけど、こっちのが良かったか?」


「…いえ、私好きです、これ」


「そうか、良かった」


お弁当屋さんの丼だけど、先輩と二人きりの『ディナー』か。

どうせなら、少しでも良い気分で過ごしたい。

せっかく二人だけなんだし。

まだ充分にあったかい器を一旦袋に戻し、私は一つ提案した。



「先輩、せっかくだし、いい景色の所で食べませんか?」
















ふうっ。

風が気持ちいい。

滞ったオフィスの空気より、やっぱりこっちの方がご飯も美味しいはずだよ、きっと。

おかげでドキドキも少し落ち着いたかも。


「んーっ、確かに景色はいいよな」


「でしょ?」


伸びをするカゲ先輩を、月明かりとライトが照らす。

ムラクモビルの屋上。

いつもは昼休憩の時、たまに来るくらいだ。

夜の屋上は、いつもとは違う空気感。月の光とビルのライトが混ざり合って、この雰囲気私は好きだな。

屋上は、やはり気分転換に使う事が多いからか、会社も気を使っているらしい。ちょっとしたグリーンスペースがあり、土に植えられた草花やら観葉植物やらが置いてある。ベンチも幾つかあって、私達はその一つで晩御飯を平らげたところだ。


海鮮かき揚げ丼、美味しかったな。

ちょっと幸せな気分だ。

お腹が満たされたからか、もう残業やる気なくなってきてる。

これだけ頑張ってるんだから、もう少し休憩させて欲しい。

せっかく、先輩と二人なんだし。


「…あの」


「…どうした?」


「今回、ありがとうございました。カゲ先輩のおかげで色々成長できたと思います」


「何だよ、急に改まって。気持ち悪ぃな」


「ホントにそう思ってるだけですよ」


ふっ、と思った。

もしかして、この状況…なかなかの機会なのではないだろうか。

お腹が満足しているからか、気分も少し柔らかくなってるみたい。

ちょっと意識しただけで、またドキドキに火がついてしまう。種火だったのに、心のコンロは中火まで簡単に火力をアップさせる。


何か、気持ちが溢れ出そうだ…。

カゲ先輩への、本当の気持ちが…。


目の前のカゲ先輩は、やっぱりとても格好良くて、嫌でも気持ちが高まってきてしまう。

鼓動が、彼には分からないうちに勝手に昂ぶって強く鳴り始めている。


「…こうして街を見ると、平和なんですけどね」


慌てて私は話題を探った。

じゃないと、今ここで突拍子もなく気持ちをさらけ出してしまいそうで。


…それはダメだ。


私にカゲ先輩は不釣り合いだもの。

背も高くて、能力も凄くあって、顔も整っていて、何より追放扱いとはいえ由緒正しき、歴史ある忌流の人間。

親もなく、背も小さくて、凶暴な傀儡持ちの、考え無しの私となんて…。


…って、何で私、上手くいく前提で考えてるんだろ。


上手くいく訳なんてないのに。

先輩はきっと、もっと可愛くて、スタイル良くて、それこそヒトミや湯川ユウカのような女の人が似合うんだ。

先輩自身の好みとも、絶対私は違う。

背が低いのだって、ずっとイジられてる。

こないだだって、きっと背の高い、スタイルのいい人が好きだっていう隠れた主張なんだ。

どこぞの限界ヲタクじゃないけど、私は見守る立場が一番なんだよ。

落ち着け、私。この気持ちはずっと仕舞ったままの方が美しいんだ。


「それに貢献してるんだぜ、ミサも。自信持てよ」


そんな私の、隠れた彼への気持ちを焚き付けるように、カゲ先輩…彼は、珍しく柔らかに微笑み、私の肩をぽんっ、と叩いた。


肩に触れた手が、思い出させる。

あの時、強く抱かれた事。

身を挺して助けてくれた、あの時の事。

これは、あの時の温もりと同じだ。

心が、中火から強火に上がってくのが分かる。


ダメだ…気持ちが…溢れてしまう。


気持ちの堤防が…決壊してしまう…。


「あの、カゲ先輩…あの…」


「…どうした?」


今は彼の目どころか、顔すらもまともに見ることができない。

多分、顔が赤くなってる。頬が火照っているのが、嫌でも自分の気持ちを思い知らせてくる。


もう、止められない…。


「あの、私…私は、先輩が…」






かちゃんっ。





…ん?何の音?

少しだけ重い金属音。

その音にカゲ先輩はすぐさま後ろを振り返った。

彼の視線の先には、屋上への出入り口の扉がある。


…え。まさか…。


「…やべ。扉、施錠されたかも」


…えっ?


私の目の前30センチくらいにいたカゲ先輩は、すたすたと扉へ向かう。

そして、ドアノブをがちゃがちゃと何回かひねる。

…扉が開く気配はない。


…えっ、もしかして…。


「ははっ、閉じ込められたなこれは」


…はぁ?

こんな時に?

何で空気読んでくれないんだよ!警備員の馬鹿っ!

いや、いや、落ち着けミサオ。これは『やめとけ』という神様の思し召しだ。

もう一度冷静になるんだ、私。


「…どうしましょうか。警備室に連絡します?私、番号知らないんですけど」


「そう言われたって俺も知らねえよ」


「えっ、どうするんですか、このまま朝まで屋上ですか!?」


前代未聞だよそんなの。

空気ぶち壊しどころじゃない。

そんな事になったらまた始末書書かされるのはこっちだ。

ああ、屋上なんて誘うんじゃなかった。

何より、朝までどうしていろと?

こんな事が3課の皆に知れ渡ったら、気まずいどころじゃない。

それどころか、カゲ先輩とすら気まずくなるかも知れないじゃないか!


甘酸っぱい私の心は、一気に寒風で冷まされた。

どうしよう…。


けど、先輩は特段慌てた様子はない。

少し考えた後、彼が口を開いた。


「ここから下まで降りてってもいいんだけどよ、俺一応は(しのび)だし」


「…できるんですかっ!?」


「まあな。けど、面倒臭ぇんだよなあ。道具があるといいんだけど、今持ってねーし」


更に長考するカゲ先輩。

面倒臭い、くらいの感覚で、ビルを降りる事ができるのか。

ヤバいなこの人。

道具って、何使ったらそんな事できるんだ。

というか、『あるといい』って、もしかして無くてもできるのか。

ヤバいなこの人。


「仕方ねぇな」


観念した様子で、カゲ先輩は夜空に手を上げ、指を折り曲げ片手で『印』を作る。

それを、夜空に見せるように。


「緊急事態だ。ちょっと出てこいよ。いるのは分かってんだ。気配消してるつもりでも、俺は誤魔化せねーぞ」


虚空に向かって声を張るカゲ先輩に応えるように、人影がどこからともなく現れた。


「…さすが『遠雷』の若。こんな時でも探知するとは、お見逸れしました」


上半身は黒のダボッとしたオーバーサイズのパーカーで、フードを目深にかぶり、下は黒のショートパンツ姿の…女の人。

ダボダボのパーカーのシルエットからでも、はっきり分かる胸の膨らみ。この人、多分すっごいバスト持ってる。

ショートパンツから伸びる、黒いぴったりしたタイツ越しの脚はすらりとしていて、まるでモデルかセクシー女優みたいな妖艶さ。

顔は大きめの黒いマスクで覆われてるけど、瞳は大きくてぱっちり。顔も相当な完成度だぞ、これは。


…っていうか誰!?


「…夜風(よるかぜ)か。久しぶりだな。今日の監視当番はお前か」


「ふふっ、ここ最近は私ばかりですよ。忌流も人手不足なので」


そう言って、その…夜風さん?…は、足音も無く私に近づく。ハイカットの真っ黒なダッドスニーカーなのに、足音一つ無い。


「…はじめまして。忌流の中忍、『夜風』と申します。『遠雷』の若の監視を仰せつかっている者です」


「…えっ、あ、はい、どうも」


…マジか。あの話、ネタじゃなかったんだ。

てっきりカゲ先輩の自虐ネタかと思ってた。

…ちょっと待った、ならさっきの…いい感じの雰囲気だった所も見られてた!?

…あ、あぶなぁ…勢いに任せて私の気持ち、告白しなくて良かった…。


「『遠雷』か。久しぶりに呼ばれたな、その名前」


「若が本家を出られてから随分経ちますから」


親しげに話す2人を見てると、何だかモヤモヤしてくる。


…多分夜風さん、めっちゃいい女だ。だって近づいて来た時、凄くいい匂いがしたもん。香水でもなく柔軟剤とかでもなく、これは『いいオンナ』の匂いだ。

それに、近づいて来たから尚更分かる、バストの主張。パーカーで隠してても凄い存在感。これ、多分FとかGとかどころじゃないぞ。


…くそっ、悔しい。


…何で私、悔しがってるんだろ。馬鹿みたいだ。


「…あの、2人はどういったご関係で…?」


「昔、若の身の回りのお世話を少々していました。若が出ていってからは、こうして監視当番をしているくらいですよ」


大人の色香がマスク越しの表情でも分かる。隠しきれていない。忍として主張が強すぎるよ。

これ、忍失格でしょ。


「まあこいつは本来、薬の調合と色事(いろごと)担当だからな。こいつに監視当番やらせてるなんて、本家も腐ったな」


「まあまあ。忌流本家は忌流本家で頑張っていますから」


毒づく先輩を、夜風さんがふんわりたしなめる。

多分私より歳上のはずなのに、まとっている雰囲気は私くらいか、少し若い年頃の女性みたいだ。

…ちょっと待った、『色事(いろごと)』担当って言った、今!?

え、やっぱり忍ってそういう仕事もあるの!?


「い、色事…」


「くすくすっ、気になりますか?」


私をおちょくるように、夜風さんはその主張が強い胸を両手で服越しに寄せ上げて見せる。

…やばっ、凄い迫力…しかも多分めっちゃ柔らかい…これは女でもドキドキする。


「やめろよ夜風、悪いクセだぞ。こいつ見た目よりピュアなんだから」


「…それは失礼しました、若。私、これくらいしか得意な事がないので。忍としてはポンコツなんですよ、ふふっ」


そう言って、私に優しく笑いかける夜風さん。いや、充分でしょ。破壊力半端ないよ、これは。


「昔は若とも色々ありましたねぇ…」


「もういいから!余計な事言うなよ!この状況で呼んだんだから、俺の頼みくらい分かるだろ!?早く屋上の扉開けてきてくれよ!」


「クスッ、若、怖い怖い」


珍しくカゲ先輩が両手を上げて降参してる。先輩、この人にはタジタジみたいだ。

色んな事…何だろう…胸が凄くモヤモヤする。

あんな事やこんな事…する関係だったんだろうか。


「では、若にホントに怒られる前に行きますね」


私とすれ違いながら、夜風さんはとても上手に私に向けて片目を閉じて見せた。


…?どういう意味だろ…。

また彼女のいい匂いが、ふわっと私の鼻をくすぐる。

あぁ、絶対いいオンナだ、この人。


複雑な気持ちの私をよそに、夜風さんは颯爽と屋上の高いフェンスを容易く越える。

そして腰のバッグからフック付きのワイヤーみたいな物を取り出すと、次の瞬間にはもうそこにいなかった。







「…ったく、余計な事しか言わねーなアイツは」


「随分仲が良さそうでしたね」


「まあな。忌流(ウチ)の女衆はあんなんばっかだからな。一応女の忍である『くノ一』だから、やれ色仕掛けだの、ハニトラだの謀略要員だらけよ。俺も蜜罠系の回避訓練や耐久訓練させられたわ」


ハニトラの回避訓練はともかく、耐久訓練って…

やっぱりカゲ先輩、そういう事、平気なのかな…。

何か、ちょっと…いや結構複雑な気持ち。


「だからさ」


「…はい」


「俺、ああいう『女らしさ』を前面に押し出してるタイプは苦手なんだ。思わず罠を疑って身構えちまう」


…ここで先輩の好みじゃないタイプ分かってもなぁ。

あ、でもとりあえずヒトミや湯川ユウカは好みじゃないって事は分かったから、収穫ではあるのか。


「その点…その、ミサはいいよ。一緒にいてもそういうの気にならないし」


えっ…。

不意打ち気味に言われた、その言葉の意味する所を私はすぐには考えられなかった。

一緒にいても気にならないって事は、私は苦手じゃないって事…だよね?

ホント?ホントにですか?私、結構先輩にズバズバ言うタイプですけど、苦手意識とかもなく、一緒にいて大丈夫って事ですよね?

…えっ、でも、ちょっと待って…それって…


「…それ、私に女らしさがないって事ですか!?」


だってそうでしょ。

私を『女』として意識してないって事じゃない?

私に女らしさがないと?

だから平気って事でしょ?

確かに私は夜風さんほどの色気もバストもないよ。

けど、一生懸命頑張って女らしさを磨いてるのに!

毎日ボディラインを鍛えたり、お尻や太ももを小さくしようとフィットネスも通ってるのに!


「…そういう意味じゃなくて」


一つ大きな溜め息をついて、カゲ先輩は夜空を見上げる。

そこには大きな月。今日は一段と光も強く感じる。




「…お前といると、何か安心できるんだよ」




…えっ。

そんな事言われるの初めてで、私は戸惑ってしまう。

一緒にいて、安心してもらえる。

それが、先輩を想ってる私にとってどれだけ嬉しい言葉なのか、この人は分かってるんだろうか。

本当に、分かって言ってるんだろうか。

分からない。分からないけど…

私の中で、カゲ先輩への気持ちが一気に高まる。

今まで、そんな事言ってくれる人なんていなかった。

学生の頃から、とにかく『空気』になろうとしていた私。

周りから疎まれる事が多かった私。

そんな私といて、安心してくれる。

それを、私の好きな人が言ってくれている。


…カゲ先輩、その意味…ホントに分かって言ってるんですよね…?


月が、私と先輩を照らしてる。

今だけは、私と先輩『だけ』を照らしているように、私は錯覚している。

でも、今だけは錯覚でも、その気持ちを抱き締めたい。

今だけは、きっと本当にここに二人きりなんだもの。


「カゲ先輩…」


「ん?」










          「月

           が

            、

           綺

           麗

           で

           す 

           ね」










そう言うのが、精いっぱいだった。

たったそれだけの言葉を、破裂しそうな心臓を押さえながら、震える唇で紡ぎ出す。

それだけで、人生の勇気の全部を使ってしまった。

私の気持ち…伝わったかな。

ごめんなさい、『好き』とか、『愛してる』なんて言葉は強すぎて、私の頭が、唇が許可してくれなかったんです。



カゲ先輩は黙ったまま、ずっと月を見上げている。

私は、彼の次の言葉を待った。





そして、彼が、口を開く。






「そうかぁ?今日半月だぞ?満月なら分かるけどさ。お前、半月が好きなのか?」






……は?





…えーっと…、これは…





…こいつ、多分分かってないな。

必死で紡いだ私の言葉の意味、理解してないな!理解してないなコレ!

教養あるだろうなぁと、意味が分かるだろうと思った私が馬鹿だったわ。

…こいつ、ダメだ。ほんっっっとうにダメだわこいつ!!



ばしぃぃぃっ!!



「痛ってぇ!何だよ急に!背中叩くなよ!まだ傷にちょっと響くんだよ!」


「もういいです!傷なんか開いたらいいんだ!」


「ひでぇ!意味分かんねぇ!」


「分かんなくていいです!馬鹿!ばーか!」


「何だよマジで!ホント意味分かんねぇよ!」


半分しかない、月。

強く光っていても、半分しかない。

あれは、きっと私だ。

半分しかなくても、必死に何かを照らそうと光って、その光は冷たいけど、私には心地良くて。


もうあと半分…その半分を、誰かが満たしてくれたら、満月として輝ける。


それは、やっぱりこの人であってほしい。

でも、今はどうやら違うみたいだ。


…今は、もうそれでいいや。


やっぱり締まらないなぁ。


でも、これが今の私だ。


半人前だけど、頑張るんだ。



これからも。






この先も。












『傀儡士 四季守ミサオ編』  完















お付き合い頂き、ありがとうございました。

次回作にもご期待下さい。

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