〜即席魔導人形(インスタントゴーレム)エピローグ②〜
よく考えてみたら、あの時と同じだ。
女子高生の通う高校の正門前まで来て、私は気がついた。
あの時、窮屈に押し込められた、私がいた。
社会に、高校生活に、集団に。
それは私が魔象使いとして覚醒していなくても、きっと感じていただろう。
普通の女子高生として生活していても、きっと私は抑圧感を感じて生きていた事だろう。
そこへ現れた、西園寺という今への『きっかけ』。
その役を、今私がもらい舞台へ立とうとしている。
私は、着実に成長できている。
そう感じられる一方で、被害者の女子高生が何となく自分とダブる。
だとしたら、もしかしてあの女子高生は『覚醒』してしまうのだろうか。
何となくそんな予感をさせながら、私はカゲ先輩と正門を通り抜ける。
時間的に、下校時間なのかな。
何人もの制服姿が、私達とすれ違う。
カゲ先輩が、猫背に両手をポケットという姿で歩いていくのを、何人もの生徒が振り返って見てる。
威圧感あるのかな。それとも、先輩スラッとしてるから、カッコ良いからかな。
以前はやれやれくらいに思えたのが、今は少し焦りに似た気持ちだ。
そうだよな、先輩、キヨ先輩の影に隠れてるから忘れがちなんだけど、なんだかんだで見た目もカッコ良いからなぁ。
凄いイケメンがいない、先輩単品だと、そりゃあ一番カッコ良いよ。
そう思うのは、私の贔屓目なのかな。
目的の女子高生が、校舎玄関にいるのが見える。
靴を履き替えている姿に、やっぱり西園寺と出会った時の自分がダブる。
そういえば、あの子もいじめられていたんだっけ。
そもそものきっかけはそれで、だからあの『刻印』入りアプリを動かされたんだった。
案の定、数人の女子生徒が彼女を囲みだした。
結局、状況は余り変わっていなさそうだ。
あの時と同じだ。
私なら…どう判断したかな。
今の私なら、どうするかな。
「…ちっ」
止めようとしたのだろうか、先輩が一際強めに歩き出そうとする。
その一歩目を、私は先輩の袖を引いて止めた。
「…おいミサ」
「待って。私達が介入しても、あれは彼女個人の問題です。中途半端に私達が絡むのは良くないと思います」
心からそう思っているのか聞かれたら、はいとは言えない。
私だって、止めたい気持ちはある。
けど、一時的な気休めにしかならない。
私達は、いつまでもあの子に関われる訳では無いんだ。
…もしかしたら、西園寺も?
…だから、止めなかったのかな。
何やらやり取りの後、女子高生は肩を突き飛ばされたりしていた。
…はぁ、ホントにあの頃みたいだ。
私も、ああやって突き飛ばされたりしていたな。
…やっぱり止めた方がいいか。
迷った末、今度は私がそこへ踏み込もうとしてしまう。
その一歩目を、今度は彼女の言葉が止めさせた。
「いいの?そんな事して」
はっきりした否定の声は、こちらまでちゃんと届く音量。
私は思わず足を止めた。
「あのさ、あの一件から私、『覚醒』したかも知れないんだよね。何か不思議な事が何回かあってさ。だから…」
そう言って彼女は手を、突き飛ばした相手生徒へ向ける。
「ちょ、待って。やめてよ」
「どうしようかなぁ」
意地悪な笑みを浮かべた彼女と、目が合った。
彼女は顎で私達を指すと、
「ほらね、だからお話があるってムラクモの人が来てるんだよねぇ」
と畳み掛ける。
「ちょっと、マジなの?ヤバっ」
「もうやめとこ、行こうよ」
明らかに狼狽えた女子集団はざわつき出し、その子を置いてそそくさとその場を離れる。
小走りですれ違ったその集団は、完全にビビっている雰囲気だった。
そうか、やっぱり『覚醒』しちゃったのか。
私はカゲ先輩と顔を見合わせた。
カゲ先輩は、「そうか?」と言わんばかりに訝しんだ表情を女子高生に向ける。
そうしているうちに、その子はこちらへと走ってきた。
「こんにちは。ご無沙汰してます。その節はお世話になりました」
丁寧な挨拶。きちんと育てられているのが分かる。
制服も着崩しているなんて事もなく、おそらく校則通りの、おとなしい出で立ち。
お辞儀の角度も深々としていて、さっきまでの空気とは大違いだ。
真面目なんだろうな、この子。
いつもそうだ。真面目に生きている人間ほど、変な奴にちょっかいをかけられ、イジられる。
真面目に生きているだけなのに。
「えっと…お名前は確か」
「深田です。深田ミワです」
そうだった、ミワちゃんだ。すっかり忘れてた。
名前忘れてた事、悟られちゃったかな。
だって1週間、会社の事は何もタッチできなかったんだよ、許して下さい。
最初の被害者だから、提出書類に名前があっても忘れちゃうよ。
…という心の中の言い訳はともかく。
私が次に何か言うより早く、カゲ先輩が口を開いた。
「…なぁ、ホントに覚醒したのか?」
ミワちゃんは、清々しい程の笑顔で首を横に振った。
…え、してないの?
ここは完全に覚醒してる流れじゃないの?
「そんな訳ないですよ。してたらまず連絡してますし、親に相談してます」
そ、そうだよね。そりゃそうだ。至極真っ当な判断だ。やっぱり真面目だ、この子。
「ああいう風にでも言わないと、あの人達にまたやられちゃうでしょうから。ハッタリカマしてやりました」
そう言って彼女は笑い飛ばす。
…凄い。あの頃の私とは大違いだ。
そうか。
全ての人間が、私みたいな訳ではないんだ。
私は誤解していたのかも知れない。
世の中の人間が、自分と同じな訳ないし、自分の想定通りに動くとは限らない。
虐めを受けている全ての人間の適解が、私の行動と同じなんて訳ないんだ。
だから、社会は難しいし、生きていくのは難しいし、でも面白いんだ。
私と同じ事が、いつも何処かで繰り返されているなんて事はないんだ。
彼女の笑顔に、つられて私も少し笑った。
「強いな。同じ事が繰り返されないように、ちゃんと考えてるんだな」
「この先どうなるかは分かりませんけどね。でも、私も今回はいいきっかけになりました。もっと強く『自分』を持たなきゃな、って」
少し、彼女が羨ましくなった。
私も、あの時もう少し自分を強く、周りに出していたら何か変わっていただろうか。
少なくとも、ミワちゃんは私と同じにはならないだろう。
例え覚醒していなくても、彼女の中に『強さ』はある。
ちゃんとあるんだ。
「いい心掛けだよ。んじゃ、一応形式だけだけど、検知器通させてもらうな」
カゲ先輩は、手に持っていたツールケースから検知器を取り出し、彼女に向ける。
携帯より少し大きく、厚いプラスチック製のケースに覆われたそれは、魔象に反応すると中の計器の針が動く仕組みになっている。
彼女の申告通り、その針が動く事は…なかった。
ぴくりとも動かない。
…ホントにハッタリなんだ。
見た目に寄らず、この子、度胸あるな。
「ホントに出ないですね。凄い…私ならあんなハッタリできない」
心底感心して、思わず言葉に出す。
「私、正直言うとあなたと似たような状況だった事があったの。だから、少し心配してた」
「私も怖いですよ。もしかしたら、ハッタリがバレて、より一層キツい目に合うかも知れないって。でも、変わらないといけないなって思ったんです。ムラクモの皆さんもですけど、私のせいで大人に迷惑かけたくないなって。何より、自分で何とかしなきゃなって」
強いなぁ。こんな若い子でも、ちゃんと色々考えて生きてるんだな。
「でも、今回の件で私、魔象に興味が湧きました。将来、ムラクモみたいな魔象企業に就職して、私も人助けしてみたいなって思うようになりました」
「ははっ、やめといた方がいいぞ。ムラクモは人使い荒いから。俺らムラクモの社畜だからよ、毎日毎日危ない現場やらされて、ひいひい言わされてんだから」
カゲ先輩の冗談(半分以上事実だけど)に、ミワちゃんはふふっと笑った。
「あの、魔象が無くても、ムラクモには就職できるんですか?」
「できるよ。管理部とか人事部は、一般の社員ばっかりだし、現場仕事に携わる部署以外は、案外普通の会社だから」
「…じゃあ、もしかしたら何年か後、また会うかも知れませんね」
「…本気?今の話聞いて怯まないの?」
「少なくとも、今はムラクモに就職したい気持ちの方が強いです」
「そっか。じゃあ、その時はよろしくね」
「はい!ありがとうございました」
そう笑顔で、また頭を下げる彼女に、何だか勇気づけられるというか、気持ちを新たにさせられてしまうな。背筋が伸びる気分だ。
誰かを、前向きに変えられる仕事。
いつもそうではないけど、深田ミワという未来ある若者にとって、ムラクモはそういう存在になれたみたい。
良かった。
Win-Win、ってやつかな。
ミワちゃんに幸せをお裾分けしてもらって、多少上機嫌で車へ戻る私を、カゲ先輩が鼻で笑った。
「良い気分のとこ悪いけどよ、明日からちょっとミサはキツいぜ」
「…何がですか」
「書類」
たったその一言で、上機嫌が消し飛ぶ。
あの、カゲ先輩、言うならもう少し後にして欲しかったです。
今は高揚感に身を任せ、一日を幸せに終わりたかったのに…。
顔に出てたんだろう、先輩はケタケタ笑う。
「そうなるよなぁ。ごめんな、こんな時に言って」
「…でも、先輩だって溜まってるんじゃないですか、提出書類。元々苦手ですよね?書類まとめるの」
「うっ…。お前、ほんと可愛くねーな。素直に落ち込んどけよ」
「嫌です。私は事実を言ったまでです」
私は渾身の作り笑いを先輩に向ける。
「明日は仲良く残業しましょうね、カゲ先輩」




