〜即席魔導人形(インスタントゴーレム)エピローグ①〜
あれから、何日か経った。
小林の遺体は荼毘に付され、丁重に弔われたそうだ。
犯人はメルクリウスなのだが、そこが問題で。
人ではないものである以上、逮捕等はできない。
公には、小林は『事故死』という扱いになった。
遺族にどう知らされているかは分からないけど、小林の扱いで揉めているという話は出なかった。
メルクリウスは、結局3割の通信制限が正式に政府から発令されたんだけど、少しは楽になっただろうか。
『自我』そのものがどうなったのか、私には知らされていない。
もしかしたら西園寺辺りに『抹消』されているかも知れないし、黙って私達社畜のように働いているのかも知れない。
もう施設への立ち入りは許されないだろうから、私には知る由もない。
カゲ先輩は、腹部を刺された事などなんのその、ものの2、3日で職場復帰し、残務処理に当たっている。
何だろう、忍者はフィジカルも鍛えているんだろうか。せっかく休めるのだから、わざわざ社畜に早戻りする事もないだろうに。
面倒な『現場仕事』も今まで通り挟まれてくるそうで、またいつものように口の悪さを発揮しているらしい。
4課は、アザミの新たな機能に戦々恐々としているらしい。
メンテナンスはいつも通りだけど、どこまで触っていいのかますます分からなくなって、御門主任も匙を投げかけているとの事。
そりゃそうだよね。私だって知らなかったんだもん。
代わりに御大がウッキウキでいじくり回してるらしいから、いいのかな?
…いや、壊さないで下さいね、おじいちゃんなんだから色々怪しいので。色々。
この感じからすると、ムラクモは傀儡分野にはどうやら余り強くないみたい。まあ、だからこそ私が所属している意味があるわけなんだけども。
そういえば、インターンの黒ギャルちゃんこと、湯川ユウカは、正式にムラクモから内定をもらったようだ。最近よく社に出入りするようになったから、間違いないだろうって、ヒトミの話。
キヨ先輩と馬が合うらしく、ヒトミ的にはライバルの出現なのか、少し焦ってたな。
でも、きっと何社か入社試験を受けているだろうから、後は本人次第なんじゃないかな。
どこに行っても、回復士はこき使われそうだな、大変だろうな。
さて、私はというと……
「…で、始末書と、今回の件の室内戦闘の報告書、あとはアザミの損傷に伴う修理依頼と、仕損伝票を切る。あとは警察向けへの報告書と、必要経費の領収書の申請ね」
「…うんざりするね」
「まぁ今回は話が大きいから仕方ないよ。観念しなさい」
「…はぁい」
一人暮らしの、2DKの賃貸マンションのリビングで、私は深い嘆息を漏らした。
テーブルに置いた、薄いデスクトップのディスプレイは映像通信で、向こう側のヒトミを映し出している。
今日もメイクばっちり、ぷるぷるの唇。ぱっちりの大きな瞳はうるうる。
相変わらず可愛いなヒトミは。
「でも、とりあえず3課の損害としては大した事なくてホント良かったよ。話聞いた時は心配したんだからね」
「ありがと」
「ミサ、見た目と違ってホント無茶するから。ちまっとしてて小動物みたいで、眼鏡掛けて真面目そうなのに。しかも今回は急だし。あんた意外と激しい所持ってるよね」
「…反省します」
「まあそこが可愛いんだけどね。すぐ歯を剥いて吠えるチワワみたいで」
「褒めてるのか、けなしてるのかどっちなの」
「あはは、ごめん。褒めてるよ、モチロン。可愛いよミサは。戻って来たらよしよししてあげるねー」
画面の向こうのヒトミは可愛く片目を閉じてウィンクして見せた。
1週間の出勤停止と、減給10%を2カ月。
これが、私に下された『懲戒』だった。
課長を、なかば言いくるめる形で動かし、立ち入り制限のある施設に独断で侵入。
ムラクモはここを重く見たらしい。
私も、首謀者は私だとすぐに申告したので、そこは会社も考慮してくれている、とは聞いたけど。
あの後、西園寺から一度だけ連絡が来た。
『楽しいショーをありがとう』
と、ナメた文頭で始まったその連絡は、残りは今回の懲罰内容の説明に終始していた。
会社としては、体裁上どうしても罰は必要だったという事。
けど、実際の私の社内評価には影響がないという事。
むしろ、会社は私のやった事を表向き罰してはいるが、高く評価しているから安心して欲しい、との事だった。
『勿論、私が口添えしたからですよ』
という余計な一言付きで。
…まぁ、それならそれでいいんですけどね。
でも、出勤停止中はリモートによる作業も禁止、会社業務に関わる事は一切できなくて。
だから私の残務処理はほぼ手つかずのまま。
その説明を、今ヒトミに受けていたのだ。
「そういえば、明日から出勤だけど、カラダ大丈夫?」
「うん。むしろ鈍っちゃってるよ。暇です」
「まあ、長期休暇だと思って羽根伸ばせたなら良かったじゃん」
「けど、おかげで残務処理がね」
「それは覚悟しなさい。自業自得」
「…はい」
可愛さ満点のヒトミと逆に、画面のこっち側の私は使い古した、サイズを間違えて買ったぶかぶかのパーカーに、下はパジャマ代わりの短いショートパンツ。
もちろんすっぴんだ。
1週間も働かなきゃ、人間こんなもんですよ。
せめて部屋だけは綺麗に掃除したけど、どうせまたすぐ汚れちゃうんだろうな。
「あ、あとカゲ先輩が、今日多分そっち行くよ」
「えっ、何で?」
急な話に、思わず肩がびくっとなった。
いや、あの、今私こんな恰好なんですけど。
こんな所見られるの、凄く困る。
幻滅されたくない。
私は慌てて卓上鏡を引き寄せ、顔を確認した。
…やば、寝癖付いてるっ。
「あはは、ミサばればれじゃん」
画面の向こうでヒトミがけらけら笑う。
「いや、先輩とか関係なく、来客に応対できる恰好じゃないですから、今」
「分かった分かったー。…あのね、最初の被害者の女の子が『事後覚醒』してないかのチェックに、ミサを同行させるって言ってたよ。まぁ明日の出勤前の準備運動、的な」
事後覚醒。
魔象使いとして覚醒していない普通の人間が、稀に起こす現象だ。
無垢の人間が魔象と関わる事で、魔象使いとして覚醒する場合があるという。
それは恒久的な場合もあるし、一時的ですぐ収まる場合もあるらしい。
今のところ、私は事後覚醒の場面に出くわした事はない。
実際確率はとても低いから、建前上やっているだけの仕事だ。
万が一事後覚醒が確認されたら、あわよくばスカウトしようという会社の魂胆が見え見え。
商魂、といっていいのか分からないけど、たくましいよ、ムラクモさんは。
「ちょ、じゃあ準備しなきゃ」
「はいはい。んじゃね、明日からまたよろしくー」
ヒトミとの通信を切ると、慌てて準備に入る。
パーカーを脱ぎ捨てて、とりあえずそこら辺にぽいっ。
えっと、今日は『C・クレイン』の下着か。まあこのままでいいか。
その上に白いコットンのキャミソールを被り、ショートパンツも脱ぎ捨てて、ぽいっ。
クローゼットの中に…あ、こないだのスーツセットはクリーニングからまだ取ってきてないや。
じゃあとりあえず、同じ感じのダークネイビーのセットアップスーツを…
いやいや、先にシャツだ。
しまった、アイロンをかけてない。
あちこち部屋を走り回る中、
ぴんぽーん。
部屋のインターホンが鳴る。
もう来たの?早いよ!ていうかヒトミ、先輩が来るなら最初に教えてよ。
慌ててインターホンのディスプレイに向かおうとして、今の自分が下着姿なのに気づく。
いかん、こんな姿見せたらまた先輩にイジられる。
こちら側のカメラを手で隠しながら、私は応答ボタンを押した。
「はい」
「おう、俺だ、久しぶり……て、あれ、画面壊れてんのか?」
「あぁ、気にしないで下さい、修理中なので」
「そうか。こないだの即席魔導人形の件、事後覚醒のチェックに行くからよ、ミサもどうだ?休んでたから体なまってんだろ?リハビリも兼ねて」
「あ、了解です…でもいいんですか?まだ一応、今日まで出勤停止中なので、業務は…」
「いいよ、細かい事は気にすんな」
「ですよね、先輩ならそう言うと思ってました。準備があるので下で待っててもらっても…」
「了解。レディは色々かかるんだよな準備。まあゆっくり準備してくれ」
画面の向こうの先輩の様子は見えなかったけど、元気そうだ、良かった。
さて、早いこと準備しなきゃ。
えっと、メイクセット、メイクセット…
「お待たせしました」
大丈夫、玄関出る前に呼吸は整えてきた。息は乱れてない。
寝癖、大丈夫かな。滅多に使わないヘアワックスで撫でて来たけど、途中でハネたりしないかな。
眼鏡、ちゃんと拭けてるかな。
前髪、乱れてないかな。ちょいちょいっ、と手でもう一度ならす。
忘れ物は……多分ない、多分。
「結構かかったな」
「私、これでもレディなので。お待たせしてすみませんね」
「そうだな。今日は派手な………いや、やめとくか」
絶対来ると思った、そのネタ。
先手必勝でキッ、と睨みつけると、カゲ先輩は言いかけてすぐに引き下がった。
今日もカゲ先輩はいつも通りの出で立ちだ。
武器の詰まった特注のロングジャケットに、ライオンの鬣のようにバンドで引っ詰めたウェーブヘア。ブリーチを掛け直したのか、こないだよりも少し明るくなってる気がする。毛先は少し傷んでるのか、ちりちり度合いが少し強い。うーん、切って整えてあげたい。
「んじゃ行くか」
シルバーの社用車の助手席のドアを開け、先輩が紳士のように私をエスコートする。
レディって言ったからだな。子供みたいなイジりだ。もう慣れたけど。
当然のように私は、背筋を伸ばして助手席に座る。
それを確認し、先輩がドアを閉めた。
道中、色んな話をした。
今回の案件、カゲ先輩とこんなに話したのは、入社してから初めてかも知れない。
意外と私達、気が合うのかな。
話してても嫌な感じは一切ない。
たまに子供染みたイジりとかもあるけど、全然嫌じゃない。
例えばそれが佐伯くんだったら正直嫌だし、キヨ先輩だったら周りの視線とか気になってこまってしまう。
ちょうどいい感じ、なんだよね。
「そういや、ミサ、俺と組むのは嫌か?」
唐突にカゲ先輩が切り出してきた。
何、読心術でも使ってるんですか。
そうなら心的プライベートの侵害ですよ。
「何ですか、急に」
「いや、課長がさ、ミサと俺を組ませようとしてんだよ。お前のアザミ、今回の件で相当まともな戦闘できるって分かっただろ?けど、それって諸刃の剣というか、リスクも高いんだよな。だから、ストッパーというか、いざという時のブレーキ役が必要だって話になって」
「はぁ」
乗り気じゃない風に聞こえるかも知れないが、私は今、心の中で御手洗課長に惜しみない拍手を送っている。
「簡単に止める、つってもただ強いだけの奴ではダメだし、そうなると多機能性のある俺に、って課長がな」
「…まぁ、構いませんけど」
「そうか。なら良いんだ。課長は、『桐生くんのブレーキ役でもある』とか言ってたけどよ。俺には別にブレーキ役はいらねーだろ」
「課長、さすが管理職だけあって見る目がありますね。カゲ先輩のような暴言吐きまくり、猪突猛進の素行不良社員には、私みたいな秩序ある風紀委員が必要だってことですよ」
「言ってくれるじゃねーか。猪突猛進はお前もだろうが」
「私は、ちゃんと心にブレーキ持ってますから」
「そうかぁ?あったらああはならないだろ」
こういったくだらないやり取りが、何だか楽しい。
これからもっとカゲ先輩の近くで、色んな忍術を見物できるのか。わくわくするなぁ。
術だけじゃない。
今までよりもう少し近くで、たくさん、この人を見ていられる。
それは私にとって何より活力になる…かも知れない。
思わぬ収穫があったなぁ。それなら、今回の一件も確かなプラスがあったと思えるというものだ。
…今度からはもっと、身だしなみに気合入れなきゃなぁ。
とりあえず、管理職として確かな見る目を持っていた御手洗課長に盛大な拍手を送ろう。
私達は一路、最初に鎮圧に当たった女子高生の元へと向かった。




