〜即席魔導人形(インスタントゴーレム)⑪〜
車は、ビルが続く街中を抜けて走る。
オフィス街を抜けてしばらくし、見えてくるゲート。
そしてそのままゲートを抜けて高速道路に乗る。
高い壁が続く、無表情な景色が続く高速道路。
時折壁からはみ出すように建物が飛び出したり、また壁だけになったり。
分岐を示す看板。
地名を示す看板。
交通安全を促す、電光掲示板。
車内は静かだ。
みんな押し黙ってる。
時折確認なのか、佐伯くんがノートパッドをいじってるくらいだ。
先輩は……さっきから目を閉じてうなだれたまま。
…もしかして寝てます?
そっとその横顔を盗み見る。
閉じた瞼に、長い睫毛。眉毛は短くて細いのに、睫毛は長い。
ライオンのような髪といい、鋭利な眉毛といい、ぶっきらぼうなヤンキーっぽさを強調してる風体だけど、顔立ちはどちらかといえば繊細寄りなんだよなあ、先輩。
ああ、素敵です。
「なんだよ」
チラリと薄く目を開けて、先輩がこちらを見た。
やば、見てたのバレてたか。
「いや、別に。ほんとに緊張してないのかって」
「見ての通りだよ」
軽く頷き返して、私はそっぽを向いて窓ガラスに映る自分見る。だってちょっと恥ずかしかったから。
窓ガラスに映る私。
月1でトリートメントしてる、少しカラーの抜け始めたダークブラウンのボブヘアに、そう長くない睫毛を、目立たない程度のマスカラで頑張って少し伸ばした目元。薄めの、角が立たないくらいのメイクに、艶出しの為のリップをまとった唇。
頑張って磨いてるつもりだけど、まだまだだなぁ。
仮に…仮に先輩の隣を歩ける関係になったとして、世の中的に『つり合う』のかな。
すごーい昔に、子役のスカウトくらいなら来たことあるんだけどな。お父さんが追い返したけど。
ダメだ、1人で考え始めると、すぐネガティブな方へいってしまう。
それを打破する為の自分磨きなのに。
その時。
ぴりりりりっ。
携帯が鳴ってる。
私のだ。
「はい」
「御門だ。四季守、今どこにいる?」
「あ、ちょっと外出しています」
「そうか、急に連絡してすまない」
低めの渋い声、4課の御門主任だ。
「『御大』が、君に話があるそうだ」
『御大』。
御門主任のその言葉に、私は背筋を伸ばした。
4課には、課長の更に上の存在がいる。
既に高齢で退職した身なのだが、その膨大な知識と経験をムラクモの為に活かし続けてくれている人で、尊敬と畏敬の念を込めて、多くの社員が『御大』と呼んでいる。
私も数回会った事があるが、背筋の曲がった、そこらの公園で日向ぼっこでもしていそうな、ごく普通のおじいちゃんだった。
その人が、『御大』。
『源田ヨウジ』さん。
「……あ、あー、御門くん、これもう喋れるの?繋がっとるんかね?」
がさごそがさごそいいながら、ボケたおじいちゃんみたいな声が携帯からしてる。
…やっぱりおじいちゃんだ、しかもちょっと足りてない感じの。
笑いをこらえてると、今度はちゃんと耳に当てたのか、しっかりした声で。
「もしもし、源田です。えっと……誰だったっけ」
「あ、四季守です。3課の」
「ああそう、四季守くん。小さいお嬢さんだ、四季守くん四季守くん。確かお尻は大きかったな、ふぉっふぉっ」
余計な言葉が多いですよ御大。敬老割でマイナスポイントはギリギリなしにしときますけど。
スピーカーにしなくて良かった。今確認しようとしてたよ。
………やっぱりお尻大きいんだ、私。
「あの御大、本題をお願いします」
「すまんすまん、若い子と話せるのが年寄りは嬉しいもんなんじゃよ。儂からしたら君なんて孫みたいなもんでな、まして君みたいに小さいお嬢さんはほんと儂からしたら可愛くて可愛くて……」
「あの、本題を……」
「すまんすまん。こないだのな、君が御門くんに渡した携帯、あれについてな、儂もちょっと触らせてもらったんじゃがな…。あれ、あのスパムな、送信元なんておそらく存在せんぞ、あれは」
やっぱり。
私の中で眠らせていた、一つの疑念が確信に変わろうとしている。
「詳しくお願いします」
「スパムに付着していた魔象の感じがな、どれだけ追ってもメル…メル…なんじゃったっけ、メルセデスじゃなくてメルキオールじゃなくて…」
「メルクリウス、ですか?」
「そうそうメルクリウス、あれより以前にはないんじゃよ。というか、そもそもメルキオールから直接送りつけられとる可能性すらある」
「メルクリウスです」
あー、もうややこしい。
もう少ししっかりしてよ、御大なんだから。
「プログラム自体も、クセのない、特徴も何もないもんじゃ。まして魔象を乗せるためかのような『スキマ』みたいなもんまでご丁寧に用意されとる。つまり、あのスパムは元々魔象を付着させて発信しとる。で、メルクリウスの手垢以外まるで付いとらん。儂が思うに、メルクリウスが今回の本丸で間違いなさそうじゃ」
「あの、ついでに聞きたいのですが、メルクリウスって、通信設備ながら魔象の力を持ち、知能があると聞いた事があります」
「うむ、ある。管理データか何かに人工知能か、あるいは自律成長型の魔象的な何かを搭載しとると見てええじゃろ」
やっぱり。
魔象の存在なのだ、メルクリウスは。
知能が最初からか、後付けかで付いてる可能性はずっと抱いてきた。
「もしくは、外部から別の魔象に『汚染』されとるかもなぁ」
大学で操作系魔象学を学んだのは、もちろん自らの傀儡への探究と見識を深める為だ。
でも、その傍ら、傀儡についてだけ学んだという訳じゃない。
世の中には、様々な操作系魔象が存在する。
何せ魔象という現象そのものが、まだまだ研究途上な『超常現象』なんだから。
人形や、道具のようなものだけを操れるのが魔象ではない。
機械、パソコン、人、動物…
あらゆるものが操れる可能性がある。
『汚染』の場合。
世間でいう『怨霊』や『魑魅魍魎』、実体のないアストラル体の存在全般。みんながよく『悪魔』と呼ぶ類いのもの。
それらが、人の作り出した設備やシステムを乗っ取る事ができない、という証明はない。
人が魔象を会得した頃から、そういったものの存在も確認され、しかもどんどん活発になってきている。
私はそういうのの相手は得意ではないけど、3課には得意な社員もいるし、1課の挙げてきた実績の中には『除霊』、『退魔』といったものもある。
「貴重なお話、ありがとうございます。その案件、気をつけて取り組みたいと思います」
「そうせい。3課は思い切りの良さと突進力が持ち味なんじゃ、そこに冷静さと慎重さを加えたらもっと伸びる。それに……うわ、御門くんなにするんじゃ…まだ話が……」
また揉めてる。
しばらくがさごそという雑音が続いて。
「これ以上は長くなるのでな。3課の活動を邪魔したくないのでこの辺りにしておくぞ」
携帯、奪ったんだな。ほんとに只のおじいちゃんじゃん。
渋みのある御門主任の声に変わった。
御門主任も、御大を尊敬してるんだか、おじいちゃん扱いしてるんだか。
多分ほっとくと、延々おじいちゃんの好々爺トークみたいなのが続くんだろうな。
御門主任、グッジョブです。
「はい、ありがとうございました。御大にもよろしくお伝え下さい」
「あぁ、それでは。くれぐれも無理のないように…と3課に言っても無駄か」
「いえ、お気遣いありがとうございます」
いいなあ、御門主任。さりげなく気遣ってくれる。
気遣い…なんだよね?
私が傀儡使いなばっかりに…ほんと、4課で働きたいよ。頼りになる上司に、控えめだけど実直な人ばかり、仕事も確実だ。
でも。
暴れられないんだよなあ。
カゲ先輩みたいに傍若無人したいとかではないよ?
だけど、アザミで『敵』を叩き潰す快感は、確かにあって。
達成感というか、病みつきになる何かがあるんだな。
さて。
そろそろ皆にも話さないといけない。
私の、本当の『作戦』を。
「あの、皆さん、お話があります」
「どうしたの?電話、誰から?」
「4課の御門主任と、御大からです」
「珍しい。御大が電話使うなんて」
バックミラー越しに御手洗課長と目が合う。
こちらこそ珍しい。御手洗課長の目が、何かピリッとしてる。
うそ、もう何か感じ取ってる?
私は、みんなに電話の内容を説明した。
※回収した携帯のデータと、『刻印』付きプログラムについて。
※それはスパムという、不特定に送られたものである事。
※データ解析を4課に依頼した結果。
※そしてそのアプリケーションに付着していた魔象は、ほぼメルクリウスそのものの力で間違いない事。
※メルクリウスには魔象がある事は確定だが、知能もある可能性が高い事。
これらから導き出した私の仮定は……
「今回の一件、私は4つの可能性を考えています。
1、メルクリウスそのものが今回の犯罪を起こしている。
2、あるいは、それに近づける者がメルクリウスを利用している。
3、メルクリウスが敵対的魔象に侵食されている。
4、その全てが、同時に起きている。
今回のメンバーで対処できるかは未知数ですが、今回でケリをつけたいと、私は考えています」
車内を沈黙が満たしていく。
「だから突っ走ってたのか。何かミサらしくねーとは思ってたんだ。でも…望むところだぜ。準備してきて良かったよ」
最初に口を開いたのはカゲ先輩だ。ロングジャケットの内側を私に見せる。
そこには、私でも覚えきれない種類の道具やら、鋭利そうな忍具やらがずらりと並んでいた。
重そうだな。確かにいつもより多いかも知れない。
「はぁ……。ここで私は知らないからね、とは言えないのが管理職の辛い所だよ」
前を見ながら、御手洗課長は嘆息をついた。
ミラー越しに分かる困り眉。いつもの表情だ。
「ちょちょちょ、聞いてないですぞ!僕はてっきりメルクリウスの極秘調査とばかり…武力行使の可能性があるなら他の社員をもっと集めてくだされよ!僕は戦闘は御免こうむりたいが?」
慌てた感じで反論し、身を乗り出す佐伯くんを、カゲ先輩が肩を押さえて座らせる。
「まぁまぁ、覚悟決めろよタイチ。大人数で行ったら、そもそも今回の話自体無くなる可能性あったろ」
「そうかもですが先輩…」
「相手が相手だけどな。俺は俄然面白くなってきたぜ」
喜々とするカゲ先輩と、対照的に困り果てる佐伯くん。
まあそうだろうね、佐伯くんの気持ちも分かる。
「ごめん。でも、これがチャンスなんだよ。ここで決めないと、メルクリウスは頑なになってしまうと思う。だから、よろしくね」
「そんな無茶な…」
「無茶は3課の得意技だろ」
カゲ先輩の言葉に、私はこくこくと頷いた。
もう後戻りはできない。
ここで決めてやる。
はっきりさせてやろう、誰が悪い奴か。
社会貢献とか、会社としてのスタンスとかは一旦置いといて。
ぶっ飛ばしてやるんだ、悪い奴を。
車は、スムーズな乗り心地でするすると、淡々と目的地へとタイヤを回し続けていた。




