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㈱ムラクモエージェンシーの社畜ども   作者: ケムリネコ
『傀儡士』 四季守ミサオ 編
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10/31

〜即席魔導人形(インスタントゴーレム)⑩〜




いよいよだ。




いつもこういう時は、気合いを入れる意味も込めて、私は勝負下着を着る。

もちろん誰も知るはずがない。ヒトミとかにすら言っていない。

馬鹿馬鹿しいかも知れない。けど、気持ちを奮い立たせる何かが欲しい。

いわば『おまじない』とか、『ゲン担ぎ』の類いだ。


ノワールの、シルク製のビキニタイプショーツに、揃いの3/4カップブラのセット。

色はワインレッド。繊細な蝶の刺繍が手仕事で施されていて、シャンパンカラーの花模様の美しいレースが縁を飾る。

ボディメイク機能にも優れていて、多分今日の私はいつもよりスタイルの良さが3割増しくらいのはずだ。

ちなみに、このセット1つで高級ディナーが堪能できるくらいのお値段。


これを身につける、それを繰り返す度に、気合いを入れてるんだという刷り込みがもうできていて、ばっちりテンションが高まる。

黒のパンツスーツでそれを隠し、私の心の装備は整っている。



「行こう」



トイレの鏡に映る、鏡越しの自分に私は言った。

黒縁眼鏡を通して映る私の顔は、自分でも自信が持てるくらいに凛としていた。


ただ…


お尻が痛い。


フィットネスのやり過ぎだ。

あれから無理して何回も通ったからかな。お尻から太ももにかけて筋肉痛が、まあまあひどい。

…大丈夫、我慢我慢。


トイレを出て少し行くと、カゲ先輩が壁に背を預けて待っていた。

いつものように、鬣のような髪を忍の鉢金のようなバンドでひっつめ、パリッとした、クリーニング済の特注ロングジャケット。

先輩も準備万端か。凛々しくて頼もしい。


「行けるか?」


「はい、行きましょう」


エレベーターに乗り、エントランスへと向かう。

そこにはムラクモの車が停まっている。黒塗りの、ちょっといかつい感じの社用車。来客の送迎などにも使うやつだ。

運転席には、


「じゃあ行くよ。くれぐれも穏便に頼むよ、2人とも」


御手洗課長だ。

いつもは気弱そうな課長も、今日は心無しか強い大人の顔つき…なのかな。

背筋が伸びてるからそう感じるだけなのかも。


「課長、それは約束できないっすよ。手はず通りいきますんで」


「…うん、でも他に方法があったと思うんだけどなあ」


カゲ先輩の言葉に、困ったようないつもの顔に戻った。

何で課長なんだろ、この人。

多分理由がちゃんとあるはずなんだ、信頼しよう。

一瞬逡巡したものの、私はすぐに切り替えて後部座席へと乗り込んだ。

すぐに先輩が隣に乗り込む。


「お、悪い」


先輩の手が私の手に触れる。その手は冷たかった。











数日前。










「課長、お話があります」


ランチ休憩が終わった私は、1人課長のデスクの前に立っていた。

先輩には、『私が話を通すので何も言わないで』と事前に伝えてある。

なので彼は、別件で外出中だ。


「何?え、何か悪い話?」


また困り顔。これがこの人のデフォルトなんだろう。

私は周りを見た。

パソコンを打つヒトミと、他数人の3課社員。あと、管理部の一般社員が何人か。雑務ってところか。


「ここではちょっと…会議室にでも行きましょう」


「えっ、ああ、うん」


普通この展開だと、社会人なら身構えるよね、そりゃそうだ。

私は課長を先導し、別室へと移動した。




「例の、携帯を使った魔動人形の件です」


「なんだぁ。てっきり辞めるとか休職とか、そういう話かと思ったよ」


少し安心したのか、座ったあと表情を崩して頭をかく課長。

席を1つ離して、私も着席する。


「あれから、山神警部から情報提供がありまして…」


私はすぐに本題に入った。




メルクリウスの捜査許可は望みが薄い事。


ヤマさん達警察は、メルクリウスの設備関係者への任意聴取を取り付けた事。


そこへ、ムラクモを立ち会わせてくれるよう計らってくれた事。


 


ここまでは普通に、ありのままを伝える。


「うん、そうか。ありがとう。じゃあ人選しなきゃね」


「…そこで、提案があります」


ここからだ。

私は続ける。




任意聴取は、メルクリウスのある特別庁舎で行われる事。


つまり、『メルクリウスに近づける』事。




そこまで話すと、課長は眉根に皺を寄せた。

さすが課長役職だけあって察しがいい。


「…まさか、そこを強引に突破する気じゃないだろうね?」


「…私は暴れたいわけじゃありません。真実を突き止め、これ以上被害を増やさないようにしたい。求めているのは早期解決です。これまで、同様の被害が既に5件。私含め、他の社員の疲労も著しい。まして、貴方の部下である3課の社員の疲労度はことさら大きいです。4課に回復士を特別に回してもらうくらいには」


「しかし、相手は国の直轄設備だよ。しかも魔象を持ったコンピュータ設備だ。下手を打ったら、ムラクモが国に睨まれる事になるよ」


「そこまででしょうか?ムラクモは、社を挙げて警察、国に協力し、貢献しています。実績は着実に積み上げているはずです。3課が問題を起こしても、今まで国からのお咎めはない。つまり、私達がこれまで積み上げてきた『信頼』があるのだと考えます。ましてや、3課だけじゃない。1課や、2課は私達より更に大きく確実な実績を挙げている。ムラクモ全体として考えれば、私達ムラクモが、最も国に貢献している魔象企業だといっても過言ではないはずです。相手が魔象絡みなら尚更、我々が対処する必要があるはずです」


「し、しかしだね…」


「では課長は、このままムラクモ社員が疲弊していくのを黙って見てるつもりなんですね?」


「いや、そういう訳ではなく…」


課長が黙った。私はじっ、と課長を見つめる。

次に続く言葉を、待つ。

沈黙が続くなら、更に畳み掛けるだけだ。


しばしの沈黙の後。


「分かったよ。3課らしいといえばらしいね。その代わり、私も同行する。いいね?」


「はい、もちろんです、ありがとうございます」


…よし。

こういうの、カゲ先輩にはできないもんな。

いや、3課で誰ができるんだ?笑えてくる。


課長が戦力になるかどうかは未知数だ。私は課長と一緒に行動したことが余り無い。正直、課長の魔象の力自体、どんなものかよく知らない。

でも、跳ねっ返りや捻くれ者、弾かれ者ばかりの3課の長、きっと相応の力を持っているはず。

…いつも弱気で、おろおろしてるのを思い出すと、ちょっと…いや、結構不安ではあるんだけどね。


「じゃあとりあえず、私と四季守くんは確定だ。相手がよく分からないから、君の知識を頼りにするよ。あとは…」


「万一の為にも、『前衛』社員が欲しいですね。相手が相手です、何もない方が可能性は低い」


「万一、か。はぁ…気が重いよ。じゃあ桐生くんにしよう。何があっても万能に対応できるだろうし。…手綱は四季守くんがちゃんとにぎっておいてくれよ?彼、私の言う事全然聞かないから」


「私の言う事も聞きませんよ?」


「そうかな?私よりは上手く懐柔できてるじゃない」


課長、大変なんですね、分かります分かります。

あの人、権力的なものには一層反抗的というか、素直に指示も聞かないですもんね。

管理職って大変なんですね、課長。


「…でも、セキュリティとかどうなの?メルクリウスが入ってるんだから、特に周辺のセキュリティは固そうだよね?」


「そうですね、おそらくは。『佐伯くん』も同行してもらえたら心強いかも知れません」


「佐伯くんかあ」


3課所属、『佐伯タイチ』。私と同い年の同期入社だ。

彼はネットや、コンピュータ関係に強い。魔象の力はそれほどでもないけど、自らの魔象と知識を詰め込んだお手製のノートパッドを常に持ち歩く、3課のヲタク社員だ。

何かと理由をつけてはリモートワークで出社せず、出社してもネットサーフィンばっかりしてる。3課らしいといえばらしい人。

性格も正に『ヲタク』って感じ。好きな事には早口でまくし立て、興味がなければ見向きもしない。変な言葉遣いが多くて、だらしなく太ってて、いつも眼鏡が汚い。人との距離感を掴むのが下手で、妙に馴れ馴れしかったり、逆によそよそしかったりするめんどくさい奴。


…ダメだ、悪口が多くなってしまった。


「じゃあ彼には私から打診してみるよ」


「メルクリウスに入れるかも知れないんですよ、必ずウキウキで来ると思いますね」


機械ヲタクだからな、彼は。絶対乗ってくるはず。正直、余り一緒にいたくないけど。


「…で、どうするつもり?一応の手はずは聞いておかないと、ね。私これでも課長なので」


「はい。…私が考えたのは…………」














どすんっ。

車の助手席のドアが開いて、汗ばんだ肥満体型が乗り込んできた。意識を現実に戻し、後部シートに深く座り直す。


「デュフフ、いよいよこの時が来ましたなぁ」


何だよ、その何ともいえない笑い方は。

相変わらず眼鏡汚いし。レンズを拭きなさいよ。


「おせーよタイチ。お前が一番後輩なんだから、一番先に居ろよ」


「やや、桐生先輩、僕は四季守さんと同期ですぞ?お間違えなく」


「お前、でもあんまり会社にいねーじゃん。実績の分だけミサが先輩だと思えよ」


「……うぃ」


まあね。私、同期の中では一番実績ありますので、ふふん。

カゲ先輩、ちゃんと見てくれてるなぁ。ポイント付けときますね。もう振り切ってますけど。


「あのさ佐伯くん、お願いだから眼鏡綺麗にして。曇ってるし指紋だらけで汚い」


「ん、そうかい?じゃあ四季守くん、眼鏡拭き貸してくれたまえよ」


「やだ」


「じゃあ仕方ない」


佐伯くんは車内のティッシュを2、3枚取ると、雑にレンズを拭き始める。

…私は、そういうの好きじゃないです。はい、マイナスポイント。


「…で、何やってたんだよ」


「デュフ、緊張してきたらお腹痛くなって、トイレ行ってたんでござるよ」


「楽しみじゃねーのかよ。ウッキウキでこの話乗ってきたじゃねーか」


「それは楽しみです!楽しみですが…外も苦手だし、国の設備内ですぞ!?魔象の力を持つテクノロジー設備、ハイテクとマジックのマリアージュ、緊張しない方がおかしい!」


早口でまくし立ててる。

そりゃそうだよね。

私だって勝負下着着けるくらいには気合い入れてる。それはきっと緊張の裏返しだ。


「確かにそうかも。カゲ先輩は緊張してないんですか?」


「いや?いたって普通」


凄いな。確かに平常心って大切。いざという時にさがつく。

やっぱり忍の一族だし、メンタルやリズムについても何かしら訓練を受けてるのかも。


「さすが忍ですなあ。その勢いでPC関係も強ければ無敵ではないですかな先輩」


「…おめー、分かって言ってるだろ」


言い返してやったと言わんばかりに得意気な顔で、佐伯くんは手製のノートパッドを見せる。

そう、カゲ先輩、ネットやパソコン関係には弱い。おじいちゃんかってくらい弱い。

携帯だって、未だに半分も使いこなしてない。

大丈夫です先輩。

欠点は愛すべきポイントなんですよ。よくテレビに出てる美容整形の先生が言ってました。


「お前のそれも何だよ。ベタベタシール貼りまくって、小汚い」


確かに。佐伯くんの自慢なんだろうけど、ノートパッドはアイドルやらのシールやら写真が貼られてて、お世辞にも見た目はスマートじゃない。


「失礼な。貴方がたは、これのお世話になるんですぞ、今日は」


そう言って佐伯くんはノートパッドをてしてしとタップし始める。


「第7特別庁舎のマップはばっちり入れてありますのでな。これがなきゃ先輩方は迷子になるし、セキュリティも…」


「ねえ、車の中でもあんまり口に出さないで。そういう油断、いざという時に首絞めるよ。緊張してるなら、それなりの気持ち持ってよ」


ピシャリと私が注意すると、佐伯くんは口をモゴモゴさせて黙った。


「失礼。緊張と高まる気持ちが同居してましてな」


「分かるけどな。頼むぜ、タイチにも頑張ってもらわねーと困るんだからよ」


「うぃ」


「おほん、じゃあ出発するよ、いいかな」


課長の言葉に、全員頷く。



3課は締まらないなあ、やっぱり。

いいんだか悪いんだか。

みんな緊張してるんだよ、ほんとに。

でもなんだろ、オフィスに居る時と変わらない。


頼りにならない上司に、

口悪、素行不良のヤンキー先輩に、

引きこもりでコミュ障のヲタク同期。


やっぱり私がしっかりしなきゃ。

今日は忘れないように首から下げた、バチカン付きのペンダントの先の、チョーク。

私の相棒と繋がる、大切なツール。

それをぎゅっと握り、私は覚悟を決める。




……お尻、痛いなぁ。

座ってると更にしんどい。




……やっぱり私も締まらないなあ。






















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