9.そして現在、歴史家は語る(最終話)
湖国が三代皇帝・趙英龍によって治められていた時代、今は**という名の芯国と正式に貿易が開始された。芯国や、かの国を中継地とした西欧の文化は、怒涛の勢いで湖国に流入し、根づき、当時すでに成熟の域にあった湖国の文化に改革をもたらした。それはまさに改革と呼ぶにふさわしい、有無を言わせない多次元への移行に他ならなかった。
文化とは国の根底にあるものともいえる。では国とは何かと問われれば、その解の一つは『同じ文化を有する者同士の集合体』であろう。
このような変革の境界上に、同時代に生きた楊珪己がどのように関わったのか。それはこの列伝で先に示したとおりで、剣女であるはずの彼女は、なぜか礼部の馬侍郎付の官吏補として働いていた。そのように記録にも残されている。が、具体的に何をしたかまでは分かっていない。ただ、調印式間際に官吏補となり、そして式終了後にはその職を辞したことは確かなようだ。
それでも私がこのような空想の域をでない小説の体をもって楊珪己の活動を記したのは、この後彼女に起こる数々の出来事――試練といったほうがいいかもしれない――に対して、このようなことが起こっていたと考えるのが妥当と判断したためである。
彼女の身に降りかかる数奇な運命とは何ぞや?
それは次巻を参照願いたい。
最後までお読みいただきありがとうございました。
剣女列伝というタイトルに対して、
主人公の少女は1巻では女官、2巻では官吏補、そして3巻では楽士にまでなってしまいました。
色々な職業になっていますが、この小説で何度か触れているとおり、彼女の根本は武芸者です。
実はこの小説を最初に書きだした当初、1巻の新人武官の稽古に記載したような展開のみで小説を構成しようかと思っていました。
つまり、武官となり、仲間と剣で語り合い、だけど女であるのに男のみの典型的な職業、武官であることに悩み……といったことです。よくあるパターンといえばそのとおりです。
なのですが、いつの間にか、このような展開になっていました。
1,2巻の最終話のあとがきや活動報告で書いたとおり、この小説にはプロットは存在しません。宋の国をベースにしたオリジナルな国において、筆者である私がいろいろな登場人物の心の内や行動を考えて楽しむことを目的としているからです。
そのため、話の指針は執筆しながら適宜変更しています。
この剣女列伝がただの戦う少女の話ではなくなったのは、2巻で柳公蘭が登場し動き出したからです。
公蘭のいうとおり、女が武官となることはそう簡単なことではない。
だから国のほうでも色々と策を講じる。
しかし、「戦うこと」を知った少女は、どのような場でもその心を保ち続ける、もしくは保ち続けようとするのではないか?と。
その心根こそが剣女たるゆえんなのではないか、と。
なので、主人公の少女が各種職業に就いたとしても、彼女はやっぱり武芸者であり、この国で初の剣女なのです。
言い訳(?)はさておき、この巻ではさらに武芸の話が減り、逆に登場人物の心情や、愛や恋に焦点を当てました。
次巻はさらにこの傾向が続く予定です。
以降、本巻のネタバレありです。
サブタイトルは今回は非常に悩みました。
なのでお気づきの方もいると思いますが(活動報告にも記載しましたが)、途中、サブタイトルを変更しています。
当初のサブタイトルは「君を想い別れる」でした。
そのとおり、この巻では「別れ」が一つのテーマになっていることは確かです。
なぜ李侑生が自覚した恋心に別れを告げたのか?
なぜ袁仁威が部下を捨てると決めたのか?
自分のこと以上に大切なものがあると気づいてしまった。
だから二人はその別れを選択しました。
ただ、最終章で袁仁威が思索するとおり、
「大切なものは一つしか選べないのか?」という命題がまた芽生えます。
または、「すべてのことに優劣をつける必要があるのか?」ともいえます。
これについては、実は作者自身も答えはでていません。
しかし、答えは一つではなく、登場人物がそれぞれの生きざまの中で、それぞれが適切な答えをを見つけるものだと思っています。
これから執筆をつづけながら、彼らなりの答えを見つけていきたいです。
また、今回は陰の主役ともいえる趙龍崇には、冒頭の「邂逅」からスポットをあてました。
なぜ趙龍崇が気に入りだした少女を異母兄に提供すると決めたのか?
という点でも当初のサブタイトル「君を想い別れる」に通じています。
さて、修正したサブタイトル「君に捧げるべきもの」ですが、
これは捧げるべき「もの」の意味に別れを包括させています。
また、主人公の楊珪己が自分の愛について考察するシーンはここにつながります。
また、皇帝・趙英龍が即位して十年について思い返すシーンも同様です。
というわけで、より多数のキャラクターの内面に添うサブタイトルへと変更した次第でした。
ちなみに「べき」について。
ふつう、「~すべき」「~しなくてはいけない」という考えは心を制御するためにはよろしくないと言われます。そうやって決めつけると、それがかなわないときに心が折れますし、また、他者を束縛し人間関係をこじらせるきっかけにもなるからです。単純にいえば、「~だったらいいけどね」くらいの考え方が幸福になりやすいということです。
それをあえて「べき」としたのは、彼らがそうやって固執しているからに他なりません。なぜ「べき」と考えてしまい捧げてしまうのか?というところに闇があります。
さて、次巻ですが。
本巻ではあまり登場しなかった李清照ですが、彼女は次巻ではもう少し登場する予定です。珪己の武芸の師匠である鄭古亥、そして道場仲間の浩托の登場場面も多くでてきます。
また、本巻ではちょっと名前が出てきただけの、芯国の人々が自己主張し始めます。
そして本巻のR15や残酷描写ありのタグは念のためでしたが、次巻はタグ付け必須の内容になります。R15と残酷描写が必然だと判断したため書くことを決めました。今、次巻の9割方は執筆が終わっています。
本巻の終わり方と次巻の中でのストーリー、時間の進み具合からして、
本巻(三巻)と四巻は上下としてとらえたほうが正解かもしれません。
まだ執筆していない五巻(すでに予定あり)のおぼろげな構想も考慮すると、
三、四、五巻で上中下巻のような内容になる見込みです。
感想をもらえるととてもうれしいです。




