つかの間の休息
コアの解析を待つ数日間、四人はそれぞれの場所へと向かった。
*
リオネルとカイルは、再びアーヴェント家の屋敷を訪れた。
門をくぐると、家令が二人を迎え入れる。通された広間には、父オズワルドが、いつものように書斎から出てきたまま椅子に腰掛けていた。
「戻ったか」
「ご無沙汰しております」
リオネルは、型通りに頭を下げた。
父は、しばらく黙ってリオネルを見ていた。前回と変わらない、久しく会っていない息子の様子を確かめる間だった。
「峠で、襲われたそうだな」
「はい。護衛をつけていたおかげで、なんとか凌ぎました」
リオネルは、これまでの経緯を、簡潔に報告した。
父は、話を聞き終えると、表情を険しくした。
「王領の代表者が、命を狙われるとは。これは、以前とは、事の重さが違うな」
「はい。ですが、今回は、備えていました」
リオネルは、静かに続けた。
「事前に、地形から襲撃の可能性を読みました。護衛の編成も、狩人と兵士を組み合わせ、それぞれの得手を活かせるようにしています。実際に襲撃を受けた際も、その場で的確に指示を出し、大きな被害を出すことなく退けることができました」
剣の腕は、決して超一流というわけではない。それでも、部隊を率いる者として、着実に役割を果たしてきた――そのことを、リオネルは事実として淡々と語った。
父は、それに対して、特に言葉を重ねて褒めるようなことはしなかった。
「そうか」
一言だけ答え、視線を書類へと戻す。
だが、その表情には、隠しきれない僅かな緩みがあった。剣の才で名を上げる道とは違う形で、息子が確かに一角の指揮官として育っていることへの、口には出さない喜びが、そこにはあった。
「それと」
リオネルは、さらに続けた。
「剣の鍛錬は、これからも続けます。指揮を執る立場になったとしても、自分自身が前線に立つ場面は、変わらずあるはずですから」
「当然だ」
父は、そう短く答えた。
*
夕刻、リオネルとカイルは、中庭へと向かった。
使用人たちが、いつものように木刀を振っている。リオネルが「私も交ぜてもらっていいか」と声をかけると、慣れた顔ぶれが快く迎え入れた。
「相変わらず、筋は崩れておられませんね」
打ち合いの相手を務めた使用人が、懐かしそうに目を細める。
「お前たちに叩き込まれたものだ」
カイルも、木刀を手に、別の使用人たちの輪へ加わった。
夕暮れの中庭に、木刀の打ち合う音が、しばらく響いていた。
*
同じ頃、フィーナは魔法学校を訪れていた。
「レポート、拝見した。よく書けている」
アルバート校長は、机の上に置かれた分厚い書類を見ながら言った。
「ありがとうございます……!」
フィーナは、素直に喜びを表した。
「それと、コアの件も、報告書に目を通させてもらった」
校長は、表情を引き締めた。
「人工的にダンジョンを作り出す技術など……この国では、もはや伝説の域だ。文献の中にしか残っていないはずのものが、まさか現実に見つかるとはな」
その言葉には、初めて知った驚きというより、報告書を読んで以来、ずっと抱え続けてきたであろう、重い実感がこもっていた。
「あの、生贄にされていた方のことも……」
フィーナが、控えめに切り出す。
「ああ、それも読んだ。痛ましいことだ」
校長は、静かに目を伏せた。
「文字で読むのと、実際にお前たちが目の当たりにしたのとでは、重みが違うだろう。よく、耐えたな」
その一言に、フィーナは、あの日の光景を思い出し、小さく頷いた。
「宮廷魔導士殿とも、既に連携を取り始めている。詳しい解析には、こちらの知見も役立つはずだ」
「よろしくお願いします」
フィーナは、深く頭を下げた。
「そういえば」
アルバート校長が、ふと話題を変えた。
「隣国では、精霊魔法は今も現役でな」
「本当ですか!?」
フィーナは、思わず身を乗り出した。
「じゃあ、そっちの現代語の本を、取り寄せてもらえたりは……」
「隣国の言葉、読めるのか」
「……無理です」
フィーナは、肩を落とした。
古代語よりも、さらに縁遠い外国語。想像しただけで、気が遠くなる。
「古代語、頑張ります……」
それでも、絞り出すようにそう答えるフィーナに、アルバート校長は、涼しい顔で頷いた。
「その意気だ」
*
一方、マルタは、王都の大神殿を訪れていた。
エルンスト神殿長は、いつものように穏やかな表情で、マルタを迎えた。
「詳しい話は、後で。まずは、調べてもらった件を聞かせてください」
マルタが切り出すと、エルンストは、机の上に広げていた記録を示した。
「各地の神殿から集めた、キノコ中毒の治癒実績だ。ここを見てみなさい」
指し示された箇所には、地域ごとの数字が並んでいる。
「辺境伯領での治癒の実績は、他の地域に比べて、明らかに少ない」
マルタは、その数字を、じっと見つめた。
「これは……」
「あくまで、状況証拠の一つに過ぎん。だが、辺境伯殿の言い分とは、噛み合わない数字だ」
「内務卿様には、既にお伝えしてあります」
「よろしい。ただし、この調査内容自体は、機密として扱ってくれ。むやみに広めれば、あちらに勘づかれる恐れがある」
「承知しました」
話が一段落したところで、エルンストは、ふと話題を変えた。
「そういえば、道中、村々で弔いをして回ったそうだな」
「はい。今回の一件で、亡くなった方々のために」
マルタは、静かに答えた。
「治せぬ者を弔うことも、聖職者の大切な務めだ」
エルンストは、深く頷きながら続けた。
「お前は、その両方を、きちんと果たしている」
その言葉に、マルタは、しばらく言葉を返せなかった。
治癒魔法が使えないと知った日、自分には価値がないと思い込んでいた時期があった。それでも、諦めずに続けてきたことが、こうして認められる。
「ありがとうございます」
マルタの声は、わずかに震えていた。
*
夕刻、四人はアーヴェント家の屋敷で顔を合わせた。
フィーナとマルタが、それぞれの用事を終えた足で、リオネルたちのもとを訪ねてきていた。
「それぞれ、収穫はあったか」
リオネルの問いに、二人がそれぞれ頷いた。
「校長先生から、隣国では精霊魔法が今も盛んだと聞きました。あと……人工のダンジョンは、この国じゃもう伝説扱いだそうです」
「神殿の方では、辺境伯領の治癒実績が、他より明らかに少ないことが確認できました」
リオネルは、それぞれの報告に頷きながら、静かに息をついた。
「報告が終わるまでは、まだ何日かかかる。それぞれ、無理のない範囲で過ごしてくれ」
「私は……明日からも、学校に通うことになると思います」
フィーナが、げんなりした様子で言った。
「あのコアのこと、古代語の本と照らし合わせて、もう少し調べておけと。校長先生に、そう言われました。精霊の声も、あまり聞こえないのに、王都で本を読むだけっていうのは……」
フィーナは、うんざりした様子でため息をついた。
「でも、他に手がかりもないですし。仕方ないですね」
宿泊も、学校の寄宿舎を使わせてもらえることになっていた。
「私は、神殿に戻ります。ちょうど、祭事の準備で人手が足りていないようですので、お手伝いをしながら」
マルタは神殿に泊めてもらう手はずになっていた。
「俺とリオネル様は、ここで待機ですね」
カイルが、肩をすくめながら言った。
「呼び出しがあるまで、剣でも磨いておきます」
「ああ。せっかくの時間だ、無駄にはしない」
リオネルの言葉に、皆それぞれ頷いた。
「また、明日」
「はい……」
フィーナは、まだ少し不満げな顔のまま、マルタと共にそれぞれの宿泊先へと戻っていった。
束の間の休息ではあったが、無駄な時間ではなかった。コアの解析結果が出れば、いよいよ事態は大きく動き出す。
王都の夜が、静かに更けていった。




