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水の逃げ道

アンデッド騒動の翌朝、フィーナは朝食もそこそこに、

しきりに空と川の方向を気にしていた。


「どうした」

リオネルが尋ねると、フィーナは箸を止めたまま答えた。


「昨日よりも激しく騒いでる声がするんです」


「昨日より?」


「水だけじゃありません。風も、土も……

 何かが来る前みたいに、落ち着かないんです」


窓の外を見ても、天候はまだ崩れていない。

だが、遠くの空には昨日までなかった厚い雲が広がり始めていた。

リオネルは昨日の墓地で見た、墓石に残る水位の跡を思い出した。


「川辺を、もう一度見ておこう」


執務室を出ようとしたところで、ゴルドが書類から顔を上げた。

「川辺の見回りですか。度々のことで」


「気になることがある」


「はあ……あまり大したことないことで

 騒ぎすぎると領民が不安になります。

 あまり大騒ぎはされないほうがいいかと」


「何もなければ大騒ぎするつもりはない。

 念には念を入れるだけだ」

そう言ってリオネルは館を飛び出ていった。



リオネル、カイル、フィーナ、マルタの四人で、

墓地とその周辺を歩いた。

リオネルは川岸、堤防、墓地、礼拝所、近隣の住宅地を

順に見比べながら、手帳に地形を書き込んでいく。


「この堤防、思ったより低いな。

 大水が来たら耐えられないかもしれない」

図面に線を引きながら、リオネルは呟いた。

「ここが破られれば、水は真っすぐ住宅地へ向かう。

 墓地は、その手前にある低地だ。

 ……この低地、この間、

 人魂が出ていたところと一致している!」


「たしかに!

 水の声が強いのもちょうどここまでです」


「礼拝所は周りより少しだけ高い。

 これ、もしもの時に逃げ場になるためですかね。」


「ということは、

 このあたりは洪水になりやすいってことですか」

カイルが覗き込む。


「ひょっとするとわざとかもしれない。

 洪水になったときに街に水が来ないようにと

 ……それなら話は早い。堤防のこの切れ目さえ塞げば、

 水は自然に墓地側へ流れる。町へは向かわない」

リオネルはしばらく図面を見つめ、結論を出した。


「町へ向かう流れだけを塞ぎ、墓地側へ逃がす。

 すべてを止めるのは無理だが、これなら間に合う。

 そのうえで、この低地の住人は避難させよう」


領主の館に戻り、リオネルは即座に指示を出した。

「もうすぐ嵐が来る気配がする。

 嵐から町を守るため、

 墓地に水を逃がすため工事と住民の避難を行う。

 すぐに用意してくれ」


「わかりました。すぐ用意を始めます!」

若いエリオットはそういうや否や、

先ぶれに飛び出していった。


それに対してごルドはやや否定的であった。

「この程度の天候で大げさではないですか。

 土嚢だ、人足だとなれば、相応の金がかかりますが」


「ことが起こってからでは遅いのだよ」


「ことが起きる前に無駄金を使うほうが、

 私は心配でございますよ」

嫌味とも忠告ともつかない口調だったが、

リオネルはそれ以上取り合わず、館を出た。



そうこうしているうちに、

墓地近くの住民を高い場所へ退避させる手配が始まった。

家財や食料も、運べる範囲で高所へ移される。

堤防の切れ目には土嚢が厚く積まれ、

墓地へ流れる方向には、あえて水の通り道が残された。


カイルは避難していない者がいないか、

一軒ずつ確認して回った。

フィーナは土に手を当て、

崩れやすい地面や水が集まりそうな場所を、

住民たちへ伝えていく。

マルタは作業する住民たちの間を回り、

加護を与えて力仕事の手助けをし、

不安げな顔には静かに声をかけて回った。

「焦らなくても大丈夫です。足腰の悪い人がいたら助けてあげてくださいⅠ」



午後になると、空はさらに厚く曇り、風が強くなった。

やがて、ぽつりと雨が落ち始める。

最初は小雨だったが、半刻も経たぬうちに、

叩きつけるような大降りへと変わった。


川の水位が、目に見える速さで上がっていく。

やがて濁った水が川岸を越えた。

水は積まれた土嚢の列へぶつかり、

そのまま住宅地ではなく、

リオネルが残した墓地側の通路へと流れていく。


「本当に、向きが変わった……」

町の人々が、

図面どおりに水が逃げていく様子に息を呑んだ。

対策は、機能していた。


だが、安堵したのも束の間だった。

上流から流されてきた枝や木材が、

水の逃げ道へ次々と引っかかり始めた。


「まずいな」

リオネルは目を細めた。

このままでは水がせき止められ、

土嚢を越えて住宅地へ流れ込む。

住民たちが長い棒を手に、

岸から流木を押し出そうとする。


「川に近づきすぎるな」

リオネルが声を張るが、

その声は雨音にかき消されがちだった。


一人の男が、他の誰よりも前へ出ていた。

住宅地に家族を残してきた者だった。

「そこまでだ、戻れ――」

リオネルが言い終わる前に、

引っかかっていた流木が外れた。

せき止められていた水が、

堰を切ったように一気に流れ出す。


「うわあっ――!」

男の足元の土が崩れ、

身体が濁流へ呑まれた。


助けるための縄を矢に結わえつけ、

カイルが即座に弓を構える。

だが、流された男の姿は水面に浮いたり沈んだりを繰り返し、

狙いを定められない。


「どこへ撃てば……!」

リオネルは下流へ目を向けた。

川の曲がり方。岸から張り出した倒木。

水面にわずかに生じる淀み。

頭の中に、地形の線が浮かび上がる。


川が曲がる内側では、流れの勢いが一瞬だけ緩む。

そこへ辿り着くまでの、水の通り道。

まだ誰もいない、川面の一点を、リオネルは指した。

「カイル、あの倒木の右へ撃て」


「ですが、誰もいません!」


「今はいない。だが、必ずそこを通る」


カイルは一瞬だけリオネルを見て、

それ以上は問わなかった。

弓を引き絞る。

濁流に呑まれたままの男の姿が、

川の曲がりへと近づいていく。

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