出発
二つのコアの解析結果をまとめた報告を送ってから数日後、内務卿ヴォルフから返信が届いた。
「証言や解析の報告だけでは、正式な証拠として扱うには弱い、か」
リオネルは、書状に目を通しながら呟いた。
「実物を携えて、出頭するように、とのことです」
エリオットが、書状の内容を確認しながら言った。
ほぼ同時に、フィーナのもとにも、魔法学校から返信が届いていた。
「学校からも、同じことを言われました。コアそのものを、持ってこないと」
「なら、二つとも運ぶしかないな」
リオネルの言葉に、フィーナが頷いた。
*
前回、王都へ向かった時は、道中に危険が及ぶことは一度もなかった。だが、今回は事情が違う。
辺境伯の不正を裏付ける、動かぬ証拠――このコアの実物を、王都まで運ばなければならない。もし、この動きが辺境伯側に漏れれば、証拠ごと自分たちを消そうとする裏工作が仕掛けられる可能性は、十分にあった。
「今回は、護衛をつける」
リオネルは、そう決断した。
二つのコアは、道中で破損することのないよう、布と木箱で幾重にも梱包された。
護衛の編成には、館直属の兵士たちに加え、気配察知に長けたガレンを中心とした、腕利きのハンター数名が選ばれた。山狩り隊での実績もある面々ばかりで、選定は速やかに進んだ。
出発前、館の前庭に、兵士とハンターの双方が集められた。
「今回の護衛は、館の兵士とハンター、両方で組んでもらう」
リオネルは、集まった面々を見渡しながら言った。
「山狩りで、既に何度も肩を並べた顔ぶれだろう。今更、名乗り合う必要もないな」
その言葉に、あちこちから小さな笑いが漏れた。兵士とハンターの間にも、既に顔見知りが多く、初めての顔合わせという緊張感は薄い。
「これまでの遠征で、共に戦ってきた顔ぶれだ。頼りにしている」
「任せてください」
ガレンが、代表するように答えた。兵士の指揮を執る一人も、力強く頷く。
「出発する」
リオネルの号令で、一行は王都へ向けて動き出した。
*
道中の前半は、これといった異変もなく、順調に進んでいった。
ただ、徒歩のハンターや護衛が交じっている分、前回のように馬車だけで移動するよりも、幾分か日数がかかる。夜営を重ねながら、一行はゆっくりと王都を目指した。
*
王都入りを翌日に控えた夜、宿営地でリオネルは地図を広げた。
「明日、峠道に差し掛かる」
その一言に、火を囲んでいた面々の視線が集まる。
「切り立った崖、鬱蒼とした木々。視界が悪く、伏兵を仕掛けるには、うってつけの地形だ」
リオネルは、地図上の峠道を指でなぞりながら続けた。
「もし、こちらを狙う手を打ってくるとすれば、明日だろう」
「――やっぱり、そう思われますか」
カイルが、静かに頷いた。
「俺も、なんとなくそんな気はしてました」
「わしも、同じ立場なら、この地形を使いやすね」
ガレンが、腕を組みながら相槌を打った。
「峠道に入ったら、馬車を降りる。全員、徒歩で進む」
「馬車の方が、早いのでは」
護衛の一人が尋ねる。
「速さより、気配を読みやすくすることを優先する」
リオネルは、はっきりと答えた。
「もし異変があれば、声は上げるな。合図は、これで」
リオネルは、手を軽く握り、指を二本立てる仕草を示した。
「これで、右からの異変。左なら、こう」
いくつかの手信号を、一同で確認し合う。
「静かに、だが素早く伝わるように」
その夜、火を囲む一同の間に、これから迎える緊張への、静かな覚悟が広がっていった。
*
翌朝、一行は峠道へと差し掛かった。
予定通り、馬車を降り、全員が徒歩で慎重に足を進める。徒歩の者が増えたことで、これまでより歩みは遅くなったが、その分、周囲の気配を探りやすくなっていた。
切り立った崖が両側に迫り、木々の影が、道の上に複雑な陰影を落としている。誰もが無言のまま、周囲へ神経を尖らせていた。
峠道に入って間もなく、フィーナがふと足を止めた。
周囲の精霊たちが、明らかに落ち着かない様子で揺れている。
同時に、カイルも、わずかに眉を寄せていた。物音の少なさ、あるいは、あるはずの物音の不自然な欠如――何かが、そこにいる気配。
そして、少し遅れて、マルタの表情にも、緊張が走った。
殺気とも呼べる、剣呑な感情の揺らぎが、確かにそこにあった。
三人は、それぞれの感覚で、ほぼ同時に、同じ結論に辿り着いていた。
誰も、声を上げなかった。
フィーナが、指を二本立てる。
カイルが、それを見て、無言のまま頷き返した。
マルタも、同じ手信号で、リオネルへと伝える。
リオネルは、その合図を受け取ると、静かに頷いた。
やはり、予想は的中していた。
声を出すことなく、リオネルは、あらかじめ決めていた配置を、手振りだけで一同へ伝えていった。
護衛の兵士たちが、音もなく散開し、ハンター陣が、それぞれの得意な位置へと身を寄せる。
誰もが、緊張した面持ちのまま、迎撃の陣形を静かに整えていった。
峠道に、重い静寂が満ちていく。
その静寂の向こうに、確かな敵意が、じりじりと近づいてきていた。




