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隠れていたもの

 マルタが感じた人の気配、フィーナが感じた精霊の乱れ――その方角へ、四人は慎重に進んでいった。

 だが、行き着いた先は、ただの壁だった。


「……ここで、行き止まりですか」

 カイルが、壁に手をつきながら首をひねる。


「気配は、間違いなくこの先です」

 マルタが、確信を持って言った。


 カイルは、壁の表面を、指先で丁寧になぞり始めた。継ぎ目、僅かな段差、周囲との色の違い――狩人として培ってきた観察眼を、余すことなく壁に向ける。

「……ここ、扉ですね」

 しばらくして、カイルがそう告げた。

 見つけてしまえば、あとは単純だった。仕掛けを探り当てると、拍子抜けするほどあっさりと、壁の一部が音もなく横へとずれていく。

 その奥に、隠された通路が続いていた。


 通路の先、開けた小部屋の中央に、何かが安置されていた。

 近づくにつれ、真っ先に足を止めたのは、フィーナだった。

「……この魔力、変です」


「変、というと」

 リオネルが問う。


 だが、フィーナは、しばらく答えを返せずにいた。目の前の光景に、意識を吸い寄せられているようだった。

 部屋の中央にあったのは、淡く光る、球状の結晶だった。


「これ、ひょっとしてダンジョンコア……」

 マルタが、緊張した声で呟く。


 フィーナは、その周りをゆっくりと回りながら、慎重に観察を続けた。

「本来、ダンジョンコアって、自然に生まれるものなんです。だから、形も、いびつなことが多いって、本に書いてありました」

 フィーナは、目の前の球体を指差した。

「でも、これ……ほとんど完全な球です。しかも、光ってて、表面には、細かい文字が刻まれてます」


「文字?」

 リオネルが、目を凝らす。言われてみれば、球の表面には、確かに何かが彫り込まれているようだった。


「古代語です」

 フィーナが、静かに言った。

「自然にできたものが、こんな風になるはずがありません。人の手が、入ってるとしか思えません」

 そこまでは、他の三人にも、理解できる話だった。


 だが、フィーナは、それに続けて、自分でも整理しきれない様子で、さらに言葉を重ねた。

「古代語で書かれてるってことは……これ、精霊魔法の術式じゃないはずなんです」


「精霊魔法じゃない?」


「はい。精霊魔法は、詠唱にも魔法陣にも頼らない術のはずなんです。だから、こんな風に文字で刻まれた術式とは、根本的に違う体系のもので……」

 フィーナは、球体に触れないよう、少し距離を保ったまま、じっと目を凝らした。

「なのに、中の精霊が……まるで、力ずくで縛られてるみたいに感じます」


 その言葉に、リオネル、カイル、マルタは、揃って困惑した顔を見せた。

「異なる体系の術式の中に、精霊が閉じ込められている、ということか」

 リオネルが、確かめるように尋ねる。


「……そう、だと思います。でも、うまく説明できません。とにかく、おかしいんです」

 フィーナ自身も、実感としてまだ整理しきれていない様子だった。魔法に明るくない三人には、その「矛盾」の意味を、実感として掴むことはできなかった。それでも、フィーナの表情の深刻さだけは、十分に伝わっていた。


     *


 その時、フィーナが、ふと視線を横へ向けた。

「――あれ」

 球体から、幾筋もの、淡く光る糸のようなものが伸びている。

 その先を辿ると、部屋の隅、壁の一角に、人の姿があった。


「――!」

 四人は、一斉に息を呑んだ。

 そこにいたのは、ゴルドだった。

 全身を、コアから伸びる光る糸で縛り付けられ、壁に磔にされている。頬はこけ、目は虚ろで、以前の面影は、もはやほとんど残っていなかった。


「……お前、たちか」

 かすかに息のあるゴルドが、リオネルたちに気づき、掠れた声を漏らした。


「ゴルド……」

 リオネルは、思わずその名を呼んだ。

 ゴルドは、うわ言のように、途切れ途切れに言葉を紡いだ。


「お前たちを、倒せば……辺境伯様に、重用して、もらえるはずだった、のに」

 その言葉に、四人は動揺を隠せなかった。

 ゴルド自身は、自分が今、この糸によって生命力を吸い上げられ、生贄として捧げられていることに、まるで気づいていない様子だった。最後まで、自分が利用されるだけの駒だったとは、思ってもいないのだろう。


「――待っていろ」

 リオネルは、拘束を解こうと、糸へそっと手を伸ばした。

 だが、指先が触れた瞬間――


「ぐ、あああっ!」

 ゴルドが、激しい痛みに悲鳴を上げた。

 リオネルは、慌てて手を引いた。

「……糸が、生命そのものと、一体になっているのか」


「私も、試してみます」

 マルタが、加護の力で、少しでも苦痛を和らげられないかと、そっとゴルドへ手をかざした。だが、淡い光が触れた途端、糸がかえって強く反応し、ゴルドの呼吸が一層苦しげになる。

「駄目、です……逆効果みたいです」

 マルタは、慌てて手を引いた。


「フィーナ、糸そのものを、精霊の力で解けないか」


 リオネルの言葉に、フィーナも、慎重に糸へ意識を向けた。

「やってみます」

 だが、しばらく試みても、糸はびくともしなかった。

「これ……普通の魔法の糸じゃないです。精霊の力も、弾かれてしまいます」

 フィーナは、悔しげに首を振った。


 カイルも、刃を使って物理的に断ち切れないか、糸の一本に短剣の先を当ててみる。だが、触れた瞬間、ゴルドが再び苦悶の声を上げ、慌てて刃を離した。

「――どれも、駄目みたいですね」

 カイルが、重い声で言った。


 四人それぞれが、できる手立てを一通り試した。だが、そのどれもが、ゴルドの苦痛を長引かせるだけに終わった。

「もう、助けることは……」

 マルタが、痛ましげに目を伏せながら呟く。


「できない」

 リオネルは、静かに、しかしはっきりと答えた。

 これ以上、苦しみを長引かせるわけにはいかなかった。


 リオネルは、剣を静かに構えた。

「――すまない」

 短い言葉と共に、剣先が、ゴルドの胸を貫いた。

 苦悶に歪んでいた表情が、やがて静かに緩んでいく。

 最後まで、辺境伯の名を口にしたこと以外、何も語らないままだった。それを裏付ける物証は、周囲のどこにも見当たらない。瀕死の男が漏らした、その一言だけが、四人の手元に残された。


     *


 しばらくの沈黙の後、フィーナが、あらためてコアへ目を向けた。

「これ……持ち帰った方がいいと思います」


「解析できるのか」


「ここでは、無理です。でも、王都に持ち帰れば、もっと詳しく調べられるかもしれません」

 フィーナの言葉に、リオネルは頷いた。


「分かった。丁重に運ぼう」

 四人は、慎重にコアを回収し、静かにその部屋を後にした。


 ゴルドの遺体に、せめてもの弔いの言葉を残し、四人は洞窟を出た。

 地上へ続く道を歩きながら、リオネルは、これまでの出来事を振り返っていた。

 辺境伯への疑い。人工的に作られたダンジョン。その中で、生贄として使われていたゴルド。そして、今、手にしているこのコアが示すかもしれない、さらなる真実。

 答えは、まだ見えない。

 それでも、確かに一歩、核心へ近づいた実感があった。


「戻ろう」

 リオネルの言葉に、三人が頷く。

 洞窟の入り口から差し込む光の中へ、四人は静かに歩を進めていった。

これでこの部は終わりです。

ここで物語はほぼ折り返しになります。

この後どのように進むか、ぜひ今後にご期待ください。

なお、ブックマークや高評価を頂けると作者が大変喜びます。

もしよろしければブックマークや高評価、よろしくお願いいたします。

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