統率者戦
広間に、四人と一体だけが残された。
指揮官格は、なおも威圧するような唸り声を上げていたが、その目には、これまでとは違う、明らかな警戒の色が浮かんでいた。
これまで従えていた前衛も、投石役も、既に地に伏している。だが、そのことへの動揺は、指揮官格の姿からは、微塵も感じられなかった。むしろ、ただ一体になったことで、かえって研ぎ澄まされたようにさえ見えた。
「――行くぞ」
リオネルの言葉に、三人が頷く。
「加護を、重ねます」
マルタが、リオネル、カイル、そして自分自身に向けて、力と速さを底上げする光をかけた。これまでの遠征で、幾度となく積み重ねてきた、決め手の一手だった。全身に、じんわりとした熱が染み渡っていく。
「これまでで、一番強く、かけました」
マルタの声には、確かな緊張が滲んでいた。
「フィーナ、頼む」
「はい」
フィーナが両手を掲げ、火精霊へ呼びかける。
「くらいなさい!」
放たれた火球が、指揮官格の巨体へ直撃した。
「グルァアアッ!」
初めて明確な怯みを見せる。分厚い体毛の焦げる匂いが、広間に立ち込めた。その隙を、三人は逃さなかった。
「行くぞ!」
リオネル、カイル、マルタが、一斉に踏み込んだ。
*
だが、そこからが、これまでとは次元の違う戦いだった。
「――速い!」
カイルの短剣が、空を切る。指揮官格の巨体は、その大きさからは想像もつかない俊敏さで、三人の攻撃を次々とかわしていく。獣の勘なのか、あるいは長年の戦いで培われた術理なのか、判別のつかない動きだった。
「くっ!」
リオネルのレイピアも、振り抜いた先には既に何もなかった。かわされた勢いのまま、指揮官格の反撃が、間一髪でリオネルの体を掠める。頬に、鋭い痛みが走った。
「リオネル様!」
「大丈夫だ、かすっただけだ!」
答える間もなく、次の一撃が飛んでくる。三人は、それぞれに身をかわし、防戦一方の展開を強いられた。
「マルタ!」
「大丈夫です!」
メイスで防いだ衝撃に、マルタの足が大きく後ろへ滑る。加護で強化されているはずの力でも、まともに受け止めきれない一撃だった。両腕に、痺れるような痛みが残る。
三人がかりでも、決定打を与えられない。武器は弾かれ、体勢を崩され、防戦を強いられる場面が続いた。
「――これは、まずいですね」
カイルが、息を切らしながら呟いた。
「このままじゃ、削られるだけだ」
リオネルも、荒い息のまま、状況の悪さを認めざるを得なかった。
*
物陰でその様子を見守っていたフィーナは、必死に頭を巡らせていた。
力では及ばない。速さでも追いつけない。ならば、足場そのものを変えられないか。
三階層で戦った、あの沼地を思い出す。足を取られるだけで、動きはこれほどまでに鈍る。
「土の精霊、水の精霊……力を貸してください!」
両方の精霊へ、同時に呼びかける。これまで別々に使ってきた二つの力を、同時に、しかも遠く離れた敵の足元だけを狙って発動する――これまでにない、難しい要求だった。
指揮官格の足元が、みるみるうちに柔らかくぬかるみ始めた。
「グ、グァッ!」
突然の足場の変化に、指揮官格のバランスが、大きく崩れる。
「今です!」
フィーナの叫びに、三人が即座に反応した。
*
「行くぞ!」
リオネルのレイピアが、体勢を崩した指揮官格の脇腹へ深々と突き刺さる。
続けて、カイルの短剣が急所を捉え、マルタの渾身のメイスが、とどめとして叩き込まれた。
巨体が、ゆっくりと泥の中へ沈み込んでいく。
断末魔の唸りが、広間に響き渡り、やがて静寂に包まれた。
「……終わった、のか」
カイルが、荒い息のまま、崩れ落ちた指揮官格を見下ろした。
「ああ」
リオネルも、剣を鞘に収めながら、大きく息を吐いた。
頬の傷が、じんわりと熱を持っている。だが、痛みよりも、安堵の方が勝っていた。
長い戦いだった。一階層のホブゴブリンから、この最下層の指揮官格まで――積み重ねてきた道のりの重さを、四人はそれぞれの形で噛み締めていた。
「これで、この階層は……」
マルタが、そう言いかけたところで、ふと表情を曇らせた。
「……どうした」
「――人の気配が、します」
マルタは、確かめるように、静かに続けた。
「でも、何か……普通じゃない感じです」
その言葉に、リオネルとカイルが顔を見合わせる。
以前、この階層に足を踏み入れた時にも感じた、あの違和感。あの時よりも、今の方が、はるかに近く、はっきりとしていた。
「私も、変です」
フィーナも、周囲へ意識を向けながら、緊張した声で言った。
「精霊の動きが、おかしいです。何かに……引っ張られてるみたいな」
二人の違和感が、静かに重なり合う。
勝利の安堵は、束の間で消えた。
「――行ってみよう」
リオネルは、剣の柄に手をかけ直しながら、静かに言った。
四人は、その気配の方角へと、慎重に足を向けていった。




