一度目の攻防
物陰に身を寄せたまま、四人は額を寄せ合った。
「まず、轟音で崩す」
リオネルは、声を潜めて言った。
「これまでと同じやり方だ。フィーナ、頼めるか」
「はい。音と光で、一瞬だけ動きを止めます」
フィーナが頷く。だが、その声には、これまでにない緊張が滲んでいた。
「これまでの相手より、統率が取れてる分、立て直しも早いかもしれない」
カイルが、槍と投石の陣を見やりながら言った。
「その隙に、どこまでやれるか、ですね」
「まずは、様子を見る」
リオネルは、短くそう告げた。
*
「――お願いします!」
フィーナが壁に手を当て、火の精霊に呼びかける。
弾けるような轟音と、目も眩む閃光が、広間いっぱいに炸裂した。
「グアアッ!」
前列の槍兵、後方の投石役が、揃って怯み、体勢を崩す。獣じみた唸り声が、あちこちで上がった。狙い通りの効果だった。
「今です!」
好機と見たマルタが、真っ先に飛び出した。
「いくぞ!」
リオネルも、それに続く。
二人は、乱れた前列へ向けて一気に踏み込んだ。
だが――
「――ッ!」
低く、腹に響くような一喝が、広間に轟いた。
指揮官格の声だった。
その瞬間、怯んでいたはずの槍兵たちが、まるで糸で引かれたように、瞬時に姿勢を立て直す。乱れかけていた陣形が、あっという間に元の形へと戻っていった。
「――嘘でしょう」
マルタが、思わず声を漏らす。
目の前には、既に槍の穂先を揃えた壁が立ちはだかっていた。深く斬り込む隙間など、どこにも見当たらない。
「退くぞ!」
リオネルの声に、マルタは慌てて身を翻した。
二人は、辛うじて槍の間合いから抜け出し、元の位置まで戻った。
*
「立て直しが、早すぎます……」
マルタが、荒い息のまま呟いた。
「これまでのオークとは、まるで別物ですね」
カイルも、警戒を強めながら言った。
一階層、二階層で見せた敵とは、明らかに次元の違う統率力だった。轟音による混乱すら、ものの数秒で立て直してしまう。
「力押しでは、無理だ」
リオネルは、そう判断した。
「別の手を使う」
*
「フィーナ」
「はい」
「敵の右側、投石役の前に、壁を作れるか」
「やってみます」
フィーナが再び地面に手を当て、精霊に語りかけた。
次の瞬間、敵陣右側、投石役の目の前に、突如として土の壁が突き上がる。
視界を、そして投擲の道を、完全に塞がれた投石役たちが、戸惑うような唸り声を漏らした。
「右は封じました!」
フィーナが、息を弾ませながら叫ぶ。
「今のうちに!」
「行くぞ!」
リオネルの号令に、マルタが呼応する。
土壁の展開に意識を割いているフィーナを除き、二人は左翼の槍兵へ向けて、一気に攻めかかった。カイルは、その後方から矢継ぎ早に矢を放ち、援護に徹する。
「一体目、いただきます!」
マルタのメイスが、真正面から槍兵の頭部を強かに打ち抜いた。骨の砕ける鈍い音と共に、その一体はそのまま崩れ落ちる。
続けて、リオネルのレイピアが二体目の腕を浅く斬り裂いた。槍を握る力を失い、後方へたたらを踏む。
「もう一体!」
マルタが返す刀で、三体目の肩口へメイスを叩き込んだ。骨の軋む音とともに、槍を取り落とし、大きくよろめく。
二体目、三体目は、いずれも致命傷には至らない。だが、槍を構えて前線に立ち続けることは、もはやできない様子だった。
その間も、カイルの矢が絶え間なく飛び、負傷した個体の動きをさらに鈍らせていく。
左翼の陣形が、目に見えて崩れ始める。
「このまま、押し切る!」
カイルが、矢を放ちながら勢いづいた声を上げた。
*
だが、その勢いは、長くは続かなかった。
「グルァアアッ!」
指揮官格が、自ら動いた。
巨大な拳を、フィーナの築いた土壁へ叩き込む。一撃、二撃――固く積み上げられていたはずの壁が、無情にも音を立てて崩れ落ちた。
「そんな……!」
フィーナが、崩れた壁を見て息を呑む。
解放された投石役の一部が、すぐさま左翼側へと回り込んだ。負傷して槍を握れなくなった二体も、後方から石を拾い上げる。右翼から駆けつけた投石役と合流し、崩れかけた陣形の穴を、投擲でどうにか埋め直していく。
「危ない!」
カイルの警告と共に、石礫が四人へ向けて次々と飛んでくる。
「散れ!」
リオネルの叫びに、四人はとっさに身をかわした。せっかく崩しかけた左翼も、右翼から回った援護と、負傷者すら投石で戦列に留まったことで、再び態勢を立て直しつつある。
戦況は、ほぼ振り出しに戻ってしまった。
「――これ以上は、まずいな」
リオネルは、肩で息をしながら周囲を見渡した。
消耗は、こちらの方が着実に大きくなっている。フィーナの魔力、マルタの加護、いずれも無限ではない。
「一度、退く」
「退くって……」
カイルが、悔しさを滲ませながら言った。
「悪くない攻めだった。だが、このままじゃ、消耗戦になる」
リオネルの言葉に、三人は渋々ながらも頷いた。
四人は、距離を取りながら、慎重に広間から後退していった。
*
物陰まで下がったところで、四人は互いの様子を確かめ合った。
「統率力が、桁違いですね」
マルタが、悔しそうに呟いた。
「奇襲だけじゃ、崩しきれない」
リオネルも、静かに頷いた。
「一度、態勢を立て直そう。次は、もっと確実な手を考える」
その言葉に、三人は無言のまま、力強く頷いた。
広間の奥、依然として陣形を保ったまま佇む敵の気配を見据えながら、四人は次なる一手を練り始めた。




