第一階層
人工の通路に入ってすぐ、リオネルはフィーナに声をかけた。
「もう一度、頼めるか。今度は、道の形を知りたい」
「はい」
フィーナは、しばらく目を閉じて、周囲の精霊たちに問いかけていた。
「この先、しばらくまっすぐ続いてます。それと……途中で、横道が一本」
「横道?」
「はい。そんなに奥まで続いてない感じです」
その説明を聞きながら、リオネルは、記憶の中の地図と、今の言葉を重ね合わせていた。
まっすぐな通路。その途中に伸びる、短い横道。
「――待て」
リオネルは、思わず足を止めた。
「これは、ゴブリンの洞窟の道と、同じじゃないか」
その言葉に、マルタとカイルも、顔を見合わせた。
「あの、倉庫があった横道……ですか」
マルタが、確かめるように言う。
「たぶん、そうだ」
リオネルは、記憶を辿りながら頷いた。
「まっすぐな通路の先に、一層の主がいた広間がある。その手前に、短い横道があって、そこに貯蔵庫が隠されていた」
「今度も、同じように?」
「確かめよう」
*
横道に踏み込むと、そこは、記憶にある貯蔵庫と同じ広さの、小さな部屋だった。
だが、棚は空っぽだった。
乾燥した茸も、荷も、何一つ残っていない。埃だけが、静かに積もっている。
「……何もないですね」
カイルが、拍子抜けしたように呟いた。
「今回は、ここは使われなかったのか。それとも、まだこれからなのか」
リオネルは、しばらく空の棚を見つめていたが、それ以上の手がかりは見つからなかった。
「本道に戻る」
*
横道を出て、まっすぐな通路をさらに進むと、やがて視界が開けた。
広間の奥、一段高くなった場所に、この階層の主とおぼしき一団が控えていた。
横一列に並んだホブゴブリンが、五体。その後方左右に、弓を構えたホブゴブリンが一体ずつ。さらに奥、中央には、ひときわ体格の大きい指揮官格と、杖を手にした一体が並んで立っていた。
「これは……」
リオネルは、思わず数を数え直した。前衛が五、弓兵が二、そして奥に二。
「五、二、二。合わせて九。……以前、ゴブリンの洞窟の最奥で見た、あの陣形と、数まで全く同じだ」
「コマンダーとシャーマンが並んでいた、あの時の……」
マルタが、記憶を辿るように呟いた。
「配置も、数も、寸分違わない」
リオネルの声に、緊張が滲んだ。
あれは、ゴブリンの洞窟の、最も奥――三層で相対した陣形だった。それが、今度は一層の入り口近くで、そのまま再現されている。
「誰かが、あの時の戦いを、そっくりそのまま写し取ったとしか思えないな」
カイルが、警戒しながら弓を構えた。
だが、かつてと同じだけの強さを持っていたとしても、今の四人には、もはや通用する相手ではなかった。あの時から積み重ねてきた経験、そして手にした魔道具の数々――かつては死力を尽くして挑んだ陣形も、今の四人にとっては、通い慣れた道のようなものだった。
「フィーナ、まず崩せるか」
「はい」
フィーナが両手を掲げると、鋭い風の刃が、前衛の五体へ向けて放たれた。
悲鳴とともに、横一列の陣形が、たちまち崩れ始める。
「行くぞ!」
リオネルとマルタが、崩れた前衛へ向けて一気に踏み込んだ。レイピアとメイスが、次々と敵を斬り伏せていく。
その勢いに合わせ、カイルが弓を短剣に持ち替え、前衛の残りへ加勢した。三人がかりで、前衛はみるみるうちに数を減らしていく。
前衛が崩れきったのを見て取ると、マルタはそのまま勢いを緩めず、奥に控える後衛――シャーマンと指揮官格へ向けて、単身突っ込んでいった。
「マルタ、無茶を……!」
カイルが声を上げるが、既に加護を纏ったマルタの脚は、止まらなかった。
前衛の陰から、弓兵が一体、マルタの死角を狙って矢をつがえる。
「そっちは、任せてください」
フィーナの手のひらから、小さな火球が放たれた。
直撃を受けた弓兵が怯み、狙いが逸れる。その隙に、マルタは奥まで一気に距離を詰め、メイスをシャーマンへ叩き込んだ。
崩れ落ちるシャーマンを見届けたリオネルとカイルも、前衛を片付けた勢いのまま、残る指揮官格と弓兵へ迫る。
連携の隙をつき、リオネルのレイピアの一撃が、指揮官格の急所を捉える。
崩れ落ちるそれを見届け、リオネルは静かに剣を納めた。
*
「――勝ちましたけど」
戦闘の後、フィーナが、どこか釈然としない様子で呟いた。
「なんだか、変な感じです」
「同じ道筋を、また辿らされている気分だな」
リオネルも、剣についた汚れを拭いながら頷いた。
「配置も、戦い方も、何もかも同じ。まるで、前と同じ台本をなぞらされているような」
「誰かが、意図的に真似た、ということでしょうか」
マルタの問いに、明確な答えは出なかった。
それに、そもそも、ここは本来オークの巣だったはずだ。ゴブリン系統の敵が、これほど再現された形で現れること自体、自然の生態とは思えない。
「この先も、注意深く進もう」
リオネルの言葉に、三人は頷き、次の階層へ続く道へと目を向けた。




