見えない境界線
見張りの配置を終えたところで、リオネルはガレンを呼んだ。
「一つ、頼みたいことがある」
「なんでしょう」
「オークの移動方向だ。これまでの記録だと、グレイン王領側に偏っているのはほぼ間違いない。だが、念のため、他の方角――辺境伯領側や、それ以外の方角にも、痕跡が向いていないか確かめておきたい」
「なるほど。用心深いですね」
ガレンは、そう言って頷いた。
「腕の立つ奴を数人、連れていきます。日が暮れる前には戻れるでしょう」
選ばれた狩人たちが、洞窟の周囲へ散っていく。木々の根元、下草の倒れ方、獣道の分岐――丹念に、あらゆる方角を洗っていった。
しばらくして、ガレンたちが戻ってきた。
「どうだった」
「他の方角には、これといった痕跡はありませんでした。あるとすれば、やっぱりグレイン王領側だけです」
その報告に、リオネルは静かに頷いた。
予想していた結果ではあった。だが、実際に確かめておいたことで、この後の判断に迷いは残らなかった。
「よくやってくれた。これで、村に戻る」
*
村への帰路は、静かなものだった。
負傷者を担架で運びながら、それぞれが今日の戦いを噛み締めるように歩いている。
村に着くと、すぐに手当てが始まった。今回の戦闘で浅い傷を負った者たちが、手際よく手当てを受けていく。すでに数日前の戦闘で足を骨折していた一人も、村の一角に設けられた仮設の治療所で、経過を見守られていた。マルタも加わり、加護を使って痛みを和らげながら、村の治療師たちの作業を手伝った。
治療の様子を見届けたところで、リオネルは、これまでの記録を広げた。
四日間の山狩りで得られた、オークの出現・移動に関する報告一式。そして、先ほどガレンたちが確認してきた、洞窟周辺の痕跡の記録。
その全てを、あらためて突き合わせていく。
「――やはり、これだけ揃うと、はっきりするな」
リオネルは、地図の上に線を引き終え、そう呟いた。
カイル、フィーナ、マルタも、その地図を覗き込んだ。
オークの足跡、移動の痕跡、そのすべてが、洞窟からグレイン王領の方角へと、扇状に広がっている。辺境伯領側へ向かう跡は、一つとして見当たらなかった。
「これ、偶然で片付けられる話じゃないですよね」
カイルが、地図を指でなぞりながら言った。
「モンスターの動きが、こんなにきれいに一方向へ偏るなんて、聞いたことがない」
狩人としての経験が、その不自然さを裏付けていた。
「精霊の反応でも、少し引っかかることがありました」
フィーナが、控えめに口を開いた。
「うまく言葉にできないんですけど……何かに、誘われているような、そんな気配があった気がします。確証はないですけど」
誰も、それに反論しなかった。
だが、確かな証拠があるわけでもない。あくまで、それぞれの違和感が積み重なっているだけだった。
「断定はできない」
リオネルは、そう前置きした上で、続けた。
「だが、無視できる話でもない」
*
地図を見つめながら、リオネルは、あの洞窟の入り口を思い出していた。
入口自体は、ごく自然な洞窟だった。だが、その奥から漂っていた気配は、以前のゴブリンのダンジョンと同じものだった。そして今回、辺境伯領の方から、密輸ルートらしき道が続いていたこと。統率されていたとしか思えない、オークの群れ。
バラバラだった点が、また一つ、繋がろうとしている。
「あの洞窟には、まだ手をつけない」
リオネルは、はっきりと言った。
「奥の気配からして、ゴブリンのダンジョンと同種のものだろう。だとすれば、相応の装備を整えてから挑む必要がある」
「見張りは、このまま置いておくんですか」
「ああ。交代で継続させる。日程は、あらためて詰める」
カイル、フィーナ、マルタが、それぞれに頷いた。
*
その夜、館へ戻ったリオネルは、エリオットへ一連の経緯を報告した。
オークの討伐、新たな洞窟の発見、そして、移動方向の不自然な偏り。
「辺境伯領側には、まったく向かっていない、と」
エリオットは、報告を聞き終え、静かに眉を寄せた。
「それは……穏やかな話ではありませんね」
「ああ」
リオネルは、頷いた。
これまで積み重ねてきた違和感が、このオーク討伐を通じて、少しずつ形を持ち始めている。だが、まだ、全ての答えには至っていない。
あの暗い洞窟の奥に、何が待っているのか。
辺境伯の告発の裏に、何が隠されているのか。
答えは、まだ見えない。
それでも、リオネルは、確かな手応えを感じていた。
「次は、あの洞窟だ」
窓の外、夜の闇に沈む山の稜線を見つめながら、リオネルは静かにそう呟いた。
これでオーク退治はひと段落と思いきや、次で新章が始まります。
まだまだ続きます。
(現在5章が終わって11章で完結予定。
10章までは書き終わっています。)
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