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谷の底の敵(後編)

 裂け目を抜けたマルタたちは、そのまま群れの中心へと突っ込んでいった。

 重ねがけされた加護が、動きの一つ一つを研ぎ澄ませている。振り下ろされたメイスが、傷ついたオークの一体を、一撃で沈めた。


「これなら……!」

 選ばれた剣士陣の一人が、驚きの声を漏らす。いつもより格段に軽い身のこなしで、次々とオークの間をすり抜けていく。


「一気に崩します!」

 マルタの声に、突入隊が呼応する。中心へ向かって、まっすぐに切り込んでいった。


     *


 その勢いに押され、群れの一角が、目に見えて崩れ始めた。

「今だ、続け!」

 カイルが、壁の裂け目越しに叫んだ。

 弓を担いでいた狩人陣が、次々と得物を短剣や斧に持ち替え、マルタたちが切り開いた中央の裂け目から雪崩れ込んでいく。


 同時に、それまで壁の両脇で押し寄せるオークを食い止めていた剣士陣にも、号令が飛んだ。

「今だ、側面から突っ込め!」

 剣士陣の年嵩の一人が、声を張り上げる。防御に徹していた盾を構えたまま、今度は前へ。壁の側面から、一気にオークの群れへと切り込んでいった。


 中央からは狩人陣、側面からは剣士陣――二方向からの同時攻撃に、統率を欠いたオークたちは、もはや組織立った反撃ができなかった。あちこちで孤立し、複数人がかりで囲まれ、次々と倒れていく。

 谷全体が、怒号と剣戟の音に包まれた。


     *


 その乱戦のさらに奥では、マルタが単身、群れの中心を切り開き続けていた。

 中央から流れ込んでくる狩人陣、側面から迫る剣士陣――その両方の勢いに背中を押されるように、マルタは誰よりも深く、敵の懐へと踏み込んでいた。

 重ねがけの加護がある限り、この機を逃す手はない。一体、また一体と、メイスの一振りで沈めていく。


「マルタ様、速い……!」

 共に突入した仲間の一人が、その動きに目を見張った。

 だが、深く踏み込みすぎたことで、周囲を囲まれる形になっていることに、マルタ自身、気づくのが一瞬遅れた。

 乱戦の喧騒の中、視界の端で、一体のオークが横合いから襲いかかってくる。

 振り向くには、わずかに遅い。


「マルタ!」

 叫び声と共に、横から飛び込んできたのはカイルだった。

 側面から突入していた剣士陣の中にいたカイルは、マルタの危うさをいち早く見て取り、迷わず駆け寄っていた。

 短剣を逆手に構え、迫るオークの腕へ深く突き立てる。狙いを外されたオークが、大きく体勢を崩した。


「大丈夫か!」


「――助かりました」

 マルタは、一瞬遅れて振り返り、詰めていた息を吐いた。

 カイルは、そのまま流れるような動きで、体勢を崩したオークにとどめを刺す。

「油断すんなよ、いくらお前が強くなったってな」


「はい」

 二人は、互いに背を預けるようにして、次の敵へと向き直った。


     *


 乱戦は、さらに続いた。

 だが、風の刃で受けた傷、マルタたちの猛攻、二方向からの同時攻撃、そして数の有利――積み重なったすべてが、じわじわと群れを追い詰めていった。

 最後の一体が地に伏したとき、谷には、荒い息遣いと、疲労の色濃い静寂だけが残った。


「終わった……のか」

 誰かが、呆然と呟いた。

 周囲を見渡す。数人が浅い傷を負ってはいたが、深刻な負傷者はいない。


「全員、無事か!」

 リオネルの声が、谷に響いた。

 あちこちから、「無事です」という声が返ってくる。安堵の空気が、静かに広がっていった。


     *


 戦いが終わり、四人と一部の狩人・剣士が、谷の中心へと歩みを進めた。

 オークたちが、あれほど頑なに守り続けていた場所。

 そこにあったのは、岩肌にぽっかりと口を開けた、洞窟の入り口だった。


「また……」

 フィーナが、息を呑んだ。

 入口は自然、だがその奥からは以前のゴブリンのダンジョンと同様の気配がしていた。


「新しい、ダンジョン……」

 マルタが、震える声で呟いた。

 リオネルは、しばらくその入り口を見つめたまま、動かなかった。

 密輸ルート、統率されたオーク、そして辺境伯の不可解な訴え――これまで積み重なってきた違和感の全てが、この暗い入り口の奥に繋がっているような、そんな予感があった。


「今日は、ここまでだ」

 リオネルは、そう言うと、周囲を見渡した。

「探索の準備が整うまでは、手を出さない。見張りを立てて、一度戻る」


「承知しました」

 ガレンが、すぐさま数名を選んで見張りの配置を始める。

 夕暮れの光が、谷の岩肌を赤く染めていた。

 リオネルは、暗い洞窟の入り口を、もう一度だけ見つめた。

 この先に、何があるのか。

 答えは、まだ見えない。

 だが、確実に、核心へと近づいている――その手応えだけは、確かだった。

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