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布陣

 翌朝、当番の一群と、リオネルたち四人が山へ入った。

 目指すのは、二十体規模のオークが留まっているという地点。総勢、四十人あまりの隊列だった。


     *


 目的地に近づいたところで、リオネルはガレン配下の狩人数名と、カイル、フィーナ、マルタを伴い、先行して様子を探ることにした。


「本隊は、ここで待機だ。無理に動くな」

 エリオットへそう言い残し、少人数での偵察に入る。

 木々の間を音もなく進み、しばらくして、開けた谷筋が見えてきた。

 その中央に、二十体近いオークの群れが、確かにいた。

 だが、こちらに向かってくる気配はない。むしろ、ほとんど動いていなかった。何体かは、その場にうずくまり、残りも、谷の中心――何かを取り囲むような形で、じっとしている。


「……昨日の報告通りですね」

 カイルが、小声で言った。


「何を守ってるんだ、あれは」

 距離があり、谷の中心に何があるのかまでは、はっきりと見えない。だが、統率された様子ではないにせよ、明らかに意図を持って、その場に留まっている。

 フィーナは、谷を吹き抜ける風に、髪を大きく揺らされていた。


「……この谷、風がすごく強いです」


「言われてみれば」

 カイルも、頬に当たる風の強さに気づいたように呟いた。谷という地形のせいか、絶えず一定方向へ風が吹き抜けている。

 フィーナは、しばらくその風の流れに意識を向けていたが、やがて小さく頷いた。


「深追いはしない」

 リオネルは、そう判断した。

「今のうちに戻って、本隊と合流する」


     *


 少し手前まで戻ったところで、リオネルは本隊を集めた。

「谷の中央に、二十体前後のオークがいる。動いてはいないが、何かを守っている様子だ」

 その報告に、集まった者たちの間に、緊張が走る。

「今から、どう仕掛けるかを話す」

 リオネルは、地面に木の枝で簡単な図を描きながら、続けた。

「まず――」


「加護のことなら、私から」

 マルタが、静かに前へ出た。

「これだけの人数に、一度に加護をかけられるかどうか、少し前まで自信がありませんでした。ですが、神殿でいただいた神具のおかげで、この程度の人数なら、一日一度は問題なくかけられると思います」


「そうか」

 リオネルは、頷いた。

「では、まずマルタが全員に加護をかける。話はそこからだ」


「――全員、ですか」

 剣士陣の一人が、驚いたように呟いた。


「はい。お任せください」

 マルタは、静かに、しかしはっきりと答えた。


「加護をかけたら、フィーナが土の壁を作る。カイルと狩人陣は、その裏から矢を浴びせる」


「壁の横から回り込もうとする奴も出るでしょうね」

 カイルが、地図を覗き込みながら言った。


「そこは、剣士陣で固める。両脇を固めて、決して抜けさせるな」

 リオネルは、剣士陣の面々を見渡した。


「ある程度、傷つけたところで、中央を食い破る一手が欲しい」

 リオネルが、そう切り出したところで、マルタが再び口を開いた。


「それなら、提案があります」


「言ってみろ」


「全員への加護とは別に、五人くらいまでなら、さらに力と速さを重ねてかけられると思います。神具の効果を、絞って集中させる形です」


「五人、か」

 リオネルは、少し考え込んだ。

「それだけの人数を、決定的な一撃のために温存する、ということだな」


「はい。私と、あと四人。腕の立つ方を選んでいただければ」


「なら、その五人は今から外に出す。狩人陣、剣士陣、それぞれ一番腕の立つ者を、マルタと組ませろ」

 リオネルの言葉に、ガレンと剣士陣の年嵩の一人が、それぞれ手早く人選を進めていく。

「この五人は、戦闘が始まっても、最後まで動かない。フィーナの一撃を待って、そこで初めて突入する」


「温存、ですか」

 選ばれた一人が、少し戸惑ったように尋ねた。


「ああ。お前たちは、勝負を決める一手だ。無駄に消耗させるつもりはない」

 リオネルの言葉に、五人はそれぞれ表情を引き締めた。


「その前に、一つ」

 フィーナが、そこで口を挟んだ。

「あの谷、ずっと風が強く吹いていました。あれなら、精霊に風の刃をお願いできるかもしれません」


「風の刃?」

 カイルが、聞き慣れない言葉に眉を寄せた。


「詳しくは、私もまだよく分かってないんですけど……」

 フィーナは、少し言葉を選びながら続けた。


「精霊魔法の本に、風を刃のように束ねて放つ術があるって、書いてあったんです。あくまで、文字の上での知識で、実際にやったことはありません。でも、あの谷の風なら、精霊の力を借りやすいと思います」


「刃のように、というのは」


「見えない風の塊を、鋭く固めて飛ばすみたいな感じ、だと思います。うまくいけば、群れ全体を、一度に薄く傷つけられるはずです」

 まだ本人にも、確信めいたものはなかった。それでも、谷を吹き抜ける強い風を思い出しながら、フィーナは静かに続けた。

「突入の直前に、群れ全体へ一撃入れられれば……」


「風の刃、か」

 リオネルは、少し考えてから頷いた。

「初めて使う力を、いきなり実戦で試すことになるな」


「はい……正直、怖いです。でも、あの風の強さなら、やれる気がします」


「突入の直前が、一番効果的だろうな。マルタたちが踏み込む隙を、大きく作れる」


「やってみます」

 フィーナは、緊張と期待の入り混じった顔で頷いた。


「風の刃を放った直後、この五人にマルタが重ねがけをする。そこで、一気に中央へ食い込む」


「二重にですね」

 誰かが、確認するように呟いた。


「突入で群れの一角を崩したら、残りの狩人陣・剣士陣も、弓から剣に切り替えて続け。無理な深追いはするな。合図があれば、即座に引く。それだけは徹底しろ」


「承知しました」

 声が揃った。

 四十人あまりの気配が、静かに、しかし確かに引き締まっていくのが分かった。


     *


 準備が整い次第、動く。

 リオネルは、谷の方角へ目をやった。

 あの群れの中心に、何があるのか。密輸ルート、統率されたゴブリン、辺境伯の不可解な訴え――それらの答えが、あの場所にあるのかもしれない。

 (――終わらせる)

 リオネルは、腰のレイピアに手をかけた。

 布陣は、整った。

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