山狩り(後半)
三日目、山狩り隊はさらに奥へと進んだ。
これまでの二日間で見つけた痕跡を線で結ぶと、出現方角は一段とはっきりしてきていた。
「やはり、辺境伯領寄りから、こちらに向かって侵入してきているな」
夕刻、報告を受けたリオネルは、地図上に印を重ねながら頷いた。
痕跡の密度は、辺境伯領との境に近づくほど濃くなっている。偶然の分布とは、もう言い切れなかった。
*
その日の戦闘も、これまでより格段に円滑だった。
二日目に得た教訓――狩人の索敵と射撃、剣士陣の踏み込みのタイミング――が、しっかりと根付いている。加えて、休養日にも自主的に稽古を重ねていた効果が、はっきりと現れていた。
「弓、来ました!」
「よし、崩れた、行くぞ!」
声の掛け合いにも、迷いがなくなっていた。オークの群れと遭遇しても、狩人がまず的確に矢を浴びせ、勢いの削がれたところへ剣士陣が畳みかける。三日目までに遭遇した群れは、いずれも大きな怪我人を出すことなく討伐されていった。
夜、報告を聞き終えたマルタが、ふと呟いた。
「順調すぎる、と言ってもいいくらいですね」
「そうだな」
リオネルも、同じことを感じていた。
「だが、それはそれで、少し気になる」
「気になる、というと」
「うまくいきすぎると、人は油断する」
リオネルは、集まった隊長格の者たちを見渡した。
「三日連続で無傷に近い戦果を上げている。だからこそ、明日は改めて気を引き締めてもらいたい」
「承知しました」
その場の空気が、一瞬引き締まる。だが、それも一時のことで、連日の成功が積み重ねた自信は、そう簡単には拭えないものだった。
*
四日目。
朝から、各隊がそれぞれの持ち場へ散っていった。
昼を過ぎた頃、ある一隊が、オーク六体の群れと遭遇した。
これまでで最大の数だった。それでも、三日間の実績からくる余裕もあってか、隊は落ち着いて対応にあたった。
「五体までって話だったけど、この調子ならいけるだろ」
「ああ、いつも通りだ」
狩人の矢が、次々とオークへ突き刺さる。剣士陣も、いつもの型通りに踏み込んでいく。
だが、六体目という、これまでにない数の圧力の中、わずかな判断の遅れが生まれた。
「危ない!」
誰かの叫び声と共に、剣士陣の一人が、避けきれずにオークの一撃をまともに受けた。
鈍い音と、短い悲鳴。
「くそ、足だ! 骨がやられてる!」
仲間が駆け寄り、応急の手当てを始める。残る一体は、他の者たちがすぐさま取り囲み、なんとか仕留めきった。
六体は、なんとか討伐できた。だが、代償は決して軽くなかった。
*
その報告が届いたのとほぼ同時に、別の隊から、もう一つの急報が飛び込んできた。
「二十体規模の群れを、目視で確認しました!」
リオネルは、耳を疑った。
「二十体……?」
「はい。距離を取って観察していますが、こちらに気づいた様子はありません」
伝令の若者が、息を切らしながら報告を続けた。
「すぐに、その隊を退避させろ」
リオネルは、即座に命じた。
同時に、まだ山に残っているもう一つの群にも、撤退の指示が飛ぶ。
「今日はここまでだ。全隊、村に戻れ」
「今、山に残っている隊にも伝えます」
エリオットが、慌ただしく手配に走った。
*
夕刻、続報が入った。
「その二十体の群れですが……動いていません」
「動いていない?」
「ええ。一箇所に留まったまま、まるで、何かを守っているような様子です」
その言葉に、リオネルの背筋が冷えた。
偶然の群れではない。何か、意味を持ってそこにいる。
六体との戦闘で骨折者が出た、まさにその日に、この報告だった。
「――決めよう」
リオネルは、集まったエリオット、カイル、フィーナ、マルタを見渡した。
「明日は、当番の群でその場所へ向かう。私たちも同行する」
誰も、異論を挟まなかった。
これまで積み上げてきた、慎重な一歩ずつの調査。それが、いよいよ核心に近づいている――そんな確信が、四人の間に静かに共有されていた。
*
その夜、明日出撃する当番の群を集め、最後の確認が行われた。
装備の点検、隊列の組み直し、そして退避の合図の再確認。
「二十体という規模だ。これまでの延長線上で考えるな」
リオネルは、集まった者たちに念を押した。
「無理に前進しようとせず、私たちの指示を待て。合図があれば、即座に引く」
「承知しました」
狩人陣、剣士陣、それぞれの顔つきには、これまでの三日間で培った落ち着きと、それでも隠しきれない緊張が同居していた。
骨折した仲間の姿が、誰の脳裏にもまだ新しかった。
「今日みたいなことは、もう繰り返さない」
誰かが、小さく呟いた。その一言に、周囲の何人かが頷く。
夜が更けるまで、装備の手入れの音が、村のあちこちから聞こえていた。




