山狩り(前篇)
初日、山狩り隊は予定通り、三箇所に分かれて山へ入った。
狩人陣が先行し、周囲の地形と痕跡を探る。その後方を、剣士陣が固める形で進む。リオネルたちが決めた通りの配置だった。
「まだ、浅いところですね」
ガレンが率いる一隊は、慎重に山道を進みながら、周囲を見渡していた。
狩人たちは、足の運び方一つとっても、剣士陣とは明らかに違っていた。枯れ葉を踏む音を殺し、風向きを確かめながら進む。日頃、剣を振るうことに慣れた者たちにとっては、その静かな歩き方自体が、新鮮な驚きだった。
「これが、狩人の歩き方ですか」
剣士陣の若い一人が、ガレンの後ろ姿を見ながら呟いた。
「慣れりゃ、お前らもできるようになる」
ガレンは、振り返らずに答えた。
しばらく進んだところで、狩人の一人が声を上げた。
「ここ、爪痕があります」
木の幹に、深く抉れたような傷が残っている。近くには、食い散らかされた獲物の骨も転がっていた。
「新しいな。数日は経ってないだろう」
ガレンが、傷の様子を確かめながら言った。骨の周りの土の乾き具合、爪痕の色――そうした細部から、時期を読み取っていく。剣士陣の面々は、ただ感心したように見守るしかなかった。
初日は、こうした痕跡を見つけるのがやっとだった。オークそのものとの遭遇はなく、目立った戦闘も起きない。それでも、複数の隊から寄せられた痕跡の位置を照らし合わせると、出現方角が少しずつ絞られてくる手応えがあった。
*
その日の探索の終盤、別の一隊が、ついにオークと遭遇した。
数は三体。木々の合間から、突然姿を現した。
「来た!」
狩人の一人が叫び、慌てて弓を構える。
だが、初めての実戦での連携は、お世辞にも洗練されているとは言えなかった。
「そっちに逃げたぞ!」
「誰が前に出るんだ!」
指示が交錯し、隊列が一瞬乱れる。狩人は単独での立ち回りに慣れており、剣士は集団戦の型に慣れている。その違いが、噛み合わないまま戦闘に突入していた。
剣士陣の一人が、勢いのまま突出しかけたところを、別の一人が慌てて袖を引く。
「待て、狩人の射線に入るな!」
小さな行き違いが、あちこちで起きていた。それでも、致命的な事態には至らない。
数の有利は大きかった。
狩人陣の矢が、逃げ惑うオークに次々と突き刺さる。的確とまでは言えないが、確実に体力を削っていく。
「今だ、押し込め!」
剣士陣の年嵩の一人が、そう声を張り上げた。
勢いの削がれたオークへ、剣士陣が一斉に踏み込む。バタつきながらも、数で押し切る形で、三体を仕留めきった。
「終わった……のか」
誰かが、荒い息のまま呟いた。
ぎこちなさは残ったが、ともかく、初戦は無事に終わった。
*
夕刻、村へ帰還した隊が、待っていたリオネルたちに報告を上げた。
「バタバタしましたが、なんとか」
「怪我人は」
「かすり傷程度が、数人です」
リオネルは、詳しい状況を聞き取った。指示の食い違い、間合いの取り方の甘さ、狩人の射線に剣士が入りかけたこと――一つ一つ、丁寧に確認していく。
「まず、狩人が的確に射て、削る。そこから、前衛が畳みかける。これが基本の型になる」
リオネルは、そう整理した。
「射線を塞がないこと。これも徹底しておいてくれ」
「わかりました」
「今日戦った隊だけじゃなく、明日出る隊にも、この話を伝えておいてくれ」
その夜のうちに、教訓は他の隊にも共有された。夕食の席や、当番明けの休憩時間を使って、口伝えに広まっていく。
*
二日目、山狩りに出たのは、前日とは別の群だった。
既に伝えられていた型を踏まえ、それぞれの持ち場でオークの小集団と遭遇していく。
「弓、来い!」
「よし、崩れた、行くぞ!」
「射線、空いてるな。よし、突っ込め!」
前日の反省が生きたのか、動きに無駄がなかった。狩人が的確に矢を放ち、剣士陣がその隙を逃さず畳みかける。各隊が一戦ずつをこなし、危なげなく帰還してくる。
「今日は、思ったよりスムーズでしたね」
報告を受けたマルタが、静かに言った。
「昨日の教訓が、ちゃんと活きているようです」
負傷者は多少出たが、いずれも軽傷に留まっていた。
*
一方、前日に出動し、本来なら休養に充てるはずの群は、村の広場で、誰に命じられるでもなく打ち合いの稽古を始めていた。
「昨日の、あそこの間合い、もう少し詰めた方がいいんじゃないか」
「そうそう、狩人が引いた分、俺らが前に出るタイミングがな……」
「射線、開けてくれって言われても、とっさに分からなくてよ」
狩人陣と剣士陣が、互いに意見を出し合いながら、型を確かめ合っている。木刀を手に、実際の動きを再現しながら、昨日のもたつきを一つずつほぐしていくような稽古だった。
その様子を遠目に見て、リオネルは小さく頷いた。
「命令だけでは、こうはならないな」
隣に立っていたカイルが、頷きながら言った。
「自分たちの村を守るためだ、っていう気持ちが、根っこにあるんでしょうね」
自分たちの手で、少しずつ形を作り上げていく――その空気が、確かにそこにはあった。
二日目の夜、リオネルたちは各隊からの報告をまとめながら、連携が順調に育っていることに、静かな手応えを感じていた。




