山中の遭遇戦(後編)
地面から立ち上がった蔦が、群れの脚に絡みついた。
五体のうち、三体が動きを封じられ、もがくように暴れ始める。残る二体は、蔦の範囲から外れ、なおも自由に動いていた。
「カイル、絡んだやつからだ」
リオネルの合図とほぼ同時に、高台からカイルの矢が放たれた。
一矢が、蔦に絡まったオークの首元に突き刺さる。獣のような咆哮が、山中に響き渡った。
続けざまに、二射、三射。カイルの矢は、動きの止まった個体を的確に射抜いていく。
「マルタ、行け」
「はい!」
マルタは、加護で強化された脚で高台を蹴り、蔦に絡まった側へ一直線に飛び込んだ。
矢傷を負い、なおも暴れる一体へ、メイスを振り下ろす。骨の軋む鈍い音と共に、オークの巨体がぐらりと傾いだ。
治癒魔法は使えない。だが、この一撃には、確かな力が宿っていた。
*
高台の下では、マルタが二体目に取りかかっていた。
蔦に絡まったまま暴れる巨体へ、加護で強化された踏み込みで距離を詰め、メイスを叩き込む。一撃、二撃と、確実に急所を捉えていく。抵抗らしい抵抗もできないまま、二体目もほどなく地に伏した。
「マルタ、そっちは!」
カイルが、高台から声を飛ばす。
「問題ありません。三体目、片付けます」
残る三体目にも、マルタは危なげなく取りかかっていった。
一方、高台の縁では、リオネルが二体を相手に、なおも顔面への牽制を続けていた。数を捌ききれず、押し込まれるというほどではないが、二体同時では、決定打を打ち込むだけの隙が作れずにいる。
この高さからは、足を狙うことはできない。だが、顔への正確な一撃さえ叩き込めば、よじ登る勢いを削ぐには十分だった。
その様子に気づいたフィーナが、両手を再び地面へ向けた。
「こっちにも、お願い」
落ち着いた声で、もう一度蔦を呼び出す。慣れた動作だった。地面から新たな蔦が這い上がり、二体のうち一体の足に、しっかりと絡みついた。
「助かる」
リオネルは、動きを封じられた一体をひとまず後回しにし、残るもう一体だけに集中する。顔面への突きが、これまでよりも確実に決まるようになった。
フィーナは、次の指示があればいつでも動けるよう、その場に構えたまま様子を見ていた。
その隙に、カイルは弓を捨て、代わりに腰の短剣を抜いた。
あの日、実家で父から贈られた品だった。
「リオネル様、加勢します!」
高台を飛び降り、リオネルの方へ駆け寄る。
弓では、これ以上の削り役にはなれない。ならば、近接で数を減らす方が早い――カイルの判断は速かった。
二人がかりになると、状況は一気に変わった。
リオネルが顔面への牽制で足を止め、その隙にカイルの短剣が、急所を正確に捉えていく。
狩人としての、獲物を仕留める勘。マッパーとしての、相手の重心と踏み込みを読む観察眼。異なる二つの力が噛み合い、二体はほどなく地に伏した。
「終わったか」
カイルが、短剣についた汚れを拭いながら、高台の下を見やる。
そこでは、マルタが三体目にとどめを刺し終えたところだった。
「そちらも、片付いたようですね」
マルタが、涼しい顔で歩み寄ってくる。
息を切らしている者は、誰一人としていなかった。
*
「五体、危なげなく片付いたな」
リオネルは、周囲を見渡しながら言った。
「かすり傷一つ、ありませんね」
カイルが、少し得意げに言う。
息を整えながら、リオネルは倒れたオークたちを一体ずつ検分していった。
統率されていたと断言できる証拠は、これといって見当たらない。だが、単なる野生の群れとも、どこか印象が違う。判然としない違和感だけが、後に残った。
少なくとも、確かなことが一つあった。
「この規模なら、対応できる」
五体という数を、四人だけで危なげなく討伐できた。これが、一つの目安になる。
戦闘を終えたリオネルは、あらためて頭の中に地図を思い描いた。
密輸ルートらしき道も、今回遭遇したオークの群れも、辺境伯領に近い山の方角から続いていることは、もう間違いなかった。
だが、被害を受けた村は、この一帯だけでなく、他にも点在している。
「この一箇所だけを見ていても、足りないな」
リオネルは、そう呟いた。
「他の村の被害も、本当にこの方角から来ているのか。それとも、別の発生源があるのか――それを確かめる必要がある」
「網を広げる、ということですか」
マルタが尋ねる。
「ああ。村や領内の人手を動員して、広い範囲を同時に洗い直す」
リオネルは、頷いた。
「密輸ルートの先――この道の奥に、まだ何があるのかは気になる。だが、それは後回しだ。今は、被害を止めることを優先する」
「了解です」
三人が、それぞれに頷いた。
*
四人は、道を引き返し始めた。
辺りはすでに、夕暮れの色を帯び始めている。
「山狩り隊、ですか」
カイルが、歩きながら尋ねた。
「ああ。村の狩人と、領主軍を組み合わせる。広い範囲を、効率よく調べるにはそれが一番だ」
リオネルは、頭の中で、早くも編成の構想を巡らせ始めていた。
館へ戻る足取りは、行きよりも速かった。




