山中の遭遇戦(前篇)
洞窟の出口から続く小道に踏み込むと、カイルが自然と先頭に立った。
「俺が先行します。皆さんは、少し間を空けてついてきてください」
斥候としての、いつもの動きだった。四人での探索や討伐は、これまでも何度となく重ねてきている。誰も、それに異を唱えなかった。
リオネル、フィーナ、マルタは、頷いてそれに従った。
道は、進むほどに人の手が入った痕跡を色濃くしていった。木の枝が不自然な角度で払われている場所、踏み固められて土がむき出しになった箇所。獣道特有の、蛇行しながら藪を縫うような伸び方とは、明らかに違っていた。
「ここ、荷を引きずったような跡があります」
カイルが、屈み込んで地面を指した。轍というほど深くはないが、何かを引いた跡が、うっすらと道の中央に残っている。
「あっちには、焚き火の跡が」
少し先の窪地には、黒く炭化した木片が積まれていた。雨風にさらされて古びてはいるが、明らかに人為的なものだった。
「野営、してたみたいですね」
「一度や二度じゃない、ということだろう」
リオネルは、焚き火の跡を検分しながら呟いた。何度も使われた跡が、地面に重なるように残っている。
密輸ルートという仮説が、一歩ごとに確かさを増していく。同時に、これだけの頻度で人が出入りしていたにもかかわらず、これまで誰にも気づかれずに済んでいたという事実にも、あらためて薄気味悪さを覚える。
*
道が緩やかに開けてきたあたりで、フィーナがふと足を止めた。
「……この先、森がざわついてます」
その声に、他の三人も足を止める。
「ざわついてる、というと」
「うまく言えないんですけど」
フィーナは、目を閉じて、周囲の気配を探るような仕草を見せた。
「精霊たちが、落ち着かない様子で……何かを避けるみたいに、揺れてるんです。でも、それが何なのかまでは、はっきりしません」
王都で感じたような、声の遠さとは違う。ここは山の中、精霊の気配が濃い場所だ。それでも、フィーナ自身、この感覚をうまく言葉にできずにいた。
「気をつけて」
リオネルは、前を行くカイルへ、小さく声をかけた。
カイルは、無言で頷き、それまで以上に慎重な足取りで進んでいった。
その直後だった。
先行していたカイルの気配が、明らかに変わった。
しゃがみ込み、片手で後方に静止の合図を送る。それだけで、後ろの三人もその場で動きを止めた。
しばらくして、カイルが足音を殺して戻ってくる。声を落として告げた。
「この先に、オークの群れがいます。数は五体」
「五体……」
マルタが、静かに繰り返した。
フィーナの感じ取った違和感が、カイルの目によって、はっきりとした形になった瞬間だった。
「統率は」
リオネルが、短く尋ねる。
「分かりません。ただ、こっちに気づいてる様子はなかったです」
カイルは、慎重に答えた。
*
リオネルは、素早く周囲の地形を見渡した。
道の脇に、緩やかな斜面を這い上がる獣道が伸びている。そこを登れば、群れを見下ろす形で迎撃できる高台になっている。木々の間隔もほどよく開いており、視界も悪くない。
「迎え撃つなら、ここだ」
四人は、音を立てずに高台へと移動した。
足元の枯れ葉を踏まないよう、一歩ずつ確かめながら登る。息を切らさないよう、呼吸のリズムにまで気を配る。ここまでの数か月、辺境の地で幾度となく積み重ねてきた慎重さが、こういう場面で自然と身体に染みついていることを、リオネルは感じた。
*
高台に着くと、マルタが静かに手を掲げた。
「加護を」
淡い光が、四人の身体を包み込む。力、速さ、身のこなし――その全てが、わずかに底上げされていく感覚があった。
王都で授かった腕輪が、その光をわずかに強めているのが、リオネルの目にも見て取れた。
「作戦を確認する」
リオネルが、声を落として言った。
「フィーナ、群れが十分に間合いに入ったら、蔦で一斉に足を絡めろ。カイルは、絡め取られた個体を弓で仕留めていけ」
「私は?」
マルタが尋ねる。
「お前は、蔦に捕まった側へ突入して、打撃で決めろ。私は、蔦の届かない側――まだ自由に動ける個体を、この高台で食い止める」
「食い止めるって、どうやって」
カイルが、矢筒に手をかけながら尋ねた。
「よじ登ってくる個体の顔を狙う。足は、この高さからでは狙えない」
「なるほど……確かに」
カイルは、納得したように頷いた。
「フィーナの合図で、一気に仕掛ける」
リオネルの言葉に、三人がそれぞれ頷いた。
あとは、群れが近づくのを待つだけだった。
*
しばらくして、林の奥から、五体のオークが姿を現した。
のっそりとした足取り、時折上げる低い唸り声。統率された行進には見えない。だが、単に荒れ狂って徘徊しているだけとも言い切れない、どこか妙な揃い方があった。まるで、見えない何かに、緩く導かれているような。
統率されているのか、いないのか――この距離からでは、判断がつかなかった。
オークたちは、鼻を鳴らしながら、まっすぐこちらの方角へと近づいてくる。
「……来ます」
フィーナが、緊張した声で呟いた。
群れが、高台の下、蔦を仕込んだ範囲に差し掛かる。
誰も、口を開かなかった。
風が木々を揺らす音だけが、やけに大きく聞こえる。
フィーナが、目を閉じ、両手を地面へ向けた。
「お願い」
その一言と共に、地面の下から、無数の蔦が一斉に立ち上がった。




