オークの爪痕
グレイン王領の館に着くと、出迎えたエリオットは、頬がこけ、目の下に濃い隈を浮かべていた。
「よくぞ、ご無事で」
「お前こそ、よく持ちこたえた」
リオネルは労いの言葉をかけたが、エリオットの表情は晴れなかった。
「申し訳ありません。手紙を送った後も、被害は止まりませんでした」
「詳しく聞かせろ」
「オークの目撃報告が、複数の村から相次いでいます。重傷者だけで、三十名近く。それに加えて軽傷者も相当数。亡くなった方は――村人だけで十八名、討伐に向かった領主軍からも二名。合わせて、二十名にのぼります」
エリオットは、拳を強く握った。
「防ぎきれず、申し訳ありません」
「お前の落ち度じゃない」
リオネルは、努めて静かに言った。
「今、それを言っても仕方がない」
リオネルは、それ以上エリオットを責めなかった。責めるべきは、自分自身とゴルドだ。取り逃がした報いが、こうして形になっている。
「被害の詳細を、地図に落とし込む。報告書を全部出せ」
「はい」
*
執務室にこもり、リオネルは一人、地図と報告書に向き合った。
村ごとの被害件数、負傷者の数、目撃された方角――一つ一つを、地図上に書き写していく。
書き進めるうちに、傾向がはっきりと浮かび上がってきた。
被害の集中している村は、いずれもかつてゴルドの息のかかっていた村ばかりだった。そして、その村々は、辺境伯領へと続く街道沿いに、点々と並んでいる。
(――偶然、とは思えないな)
地図に引かれた街道の線を、指でなぞる。
被害の分布は、単なる自然発生のモンスター増加とは、明らかに違う形をしていた。
*
翌日、リオネルはカイル、フィーナ、マルタを連れ、被害が最も大きかった村へ向かった。
柵は無残に破られ、畑は踏み荒らされている。村の外れには、真新しい土饅頭がいくつも並んでいた。すでに弔いは済ませたのだろう、真新しい花や供物が、その傍らに供えられている。
村人たちは、皆一様に怯えた顔をしていた。
「また来るんじゃないかって、夜も眠れなくて……」
声をかけてきたのは、まだ若い青年だった。以前の村長格の男が処分された後、急遽この立場を任されたのだろう、板についていない様子で、それでも懸命に村の代表として応対していた。
「村長代理を、務めさせていただいております」
「急な代替わりで、大変だったろう」
「いえ……それより、今は村のことで精一杯で」
青年は、疲れの滲む声で続けた。
「この村だけで、四人も亡くなりました」
その一言に、リオネルは言葉を失った。
「オークは、いつも同じ方角から現れるんです。山の奥、辺境伯様の領地に近い方から」
「決まって、その方角からか」
「はい。間違いありません」
その証言は、リオネルが地図の上で見た予感を、裏付けるものだった。
*
村を後にし、四人は洞窟へ向かった。
以前見つけたゴブリンが統率されていた洞窟。あの時は、内部の隠し部屋や祭壇に注目していたが、今回は違う。
「外に続く道を、もう一度洗い直す」
リオネルの言葉に、三人が頷いた。
洞窟の入り口周辺を、丹念に調べていく。
しばらくして、カイルが声を上げた。
「これ、見てください」
指差す先には、獣道とは明らかに違う、踏み固められた小道があった。草の生え方、地面の締まり具合――どれをとっても、動物の往来だけでできる道ではない。
「人が、頻繁に通ってる道ですね」
カイルは、猟師の目で言い切った。
「しかも、結構な頻度で」
道の伸びる方角を、リオネルは確かめた。
辺境伯領の方向だった。
「……禁忌キノコか」
マルタが、静かに呟いた。
「あれは軽いものです。よほど大量に運ぶのでなければ、人の手だけでも十分に運べます」
「密売の経路、ということですか」
フィーナが、緊張した面持ちで尋ねた。
「まだ、断定はできない」
リオネルは、慎重に答えた。
「だが、無視できる話でもない」
仮説はあくまで仮説だ。だが、これまで積み重なってきた違和感――禁忌キノコの流通、ゴブリンの統率、そして今回のオークの偏った被害――そのすべてが、この一本の道の先に繋がっているような、そんな予感があった。
「行ってみましょう」
カイルが、短剣の柄に手をかけながら言った。
リオネルは、しばらく空を見上げた。日はまだ高い。引き返すには早すぎる。
「そうだな」
頷き、リオネルは道の先へ足を向けた。
カイル、フィーナ、マルタが、それに続く。
洞窟から続く、その不自然な小道を、四人は静かに辿り始めた。
木々の間を抜ける風の音に混じって、遠く、獣とは違う唸り声のようなものが、微かに聞こえた気がした。




