告発
一週間が経ち、四人は再び王城へ呼び出された。
通されたのは、内務卿の執務室ではなく、謁見の間だった。石造りの高い天井、玉座までまっすぐに伸びる赤絨毯。その場に足を踏み入れただけで、リオネルは事態の重さを察した。
玉座には、国王アルベルク二世。傍らにヴォルフ・ライナーが控えている。
そして――玉座の近くに、見覚えのない壮年の男が、すでに立っていた。
*
「辺境伯、ダグラス・ケイン殿だ」
ヴォルフが、短く紹介した。
「ダグラス卿は、お前たちの報告よりも先に、王都入りしていた」
「先に、というと……」
「馬車を飛ばして、昼夜構わず駆けつけたそうだ。お前たちが手紙を送った、あの日よりも前にな」
その場の誰もが、一瞬、言葉を呑んだ。
「それだけ、事態を切迫したものと捉えていた、ということだろう」
「そう驚くことでもあるまい」
ダグラス自身が、低い声で引き取った。
「それだけ、事態が切迫していたということだ」
値踏みするような目で、リオネルを一瞥する。
「グレイン王領のせいで、我が領地は、いい迷惑を被っている」
「――と、申しますと」
「禁忌キノコだ。我が領内で、以前から見過ごせない量が出回っている」
「禁忌キノコが……」
「出所を辿らせたところ、まさか隣の――しかも王の直轄領から流れてきているとは、正直、耳を疑ったよ」
ダグラスは、苦々しげに続けた。
「本来、流通すること自体があってはならない代物だ。それが、王家の名の下にある土地から出ているとなれば、なおさら看過できん。さらにもう一つ問題も起きている」
ダグラスは、間を置かずに続けた。
「モンスターの数だ。グレイン王領の方角から、明らかに異常な数のモンスターが、我が領地へ流れ込んできている。この数日も、被害の報告が絶えない」
リオネルは、努めて冷静に応じた。
「その件については、既に調査を終えております。禁忌キノコの密売、モンスターの異常な統率――いずれも、悪代官ゴルドによるものです。当人は既に逃亡しておりますが、証拠はすべて揃っております」
「代官一人が、勝手にやったことだと」
ダグラスの声に、皮肉めいた響きが混じった。
「では、その代官を任命し、監督していたのは誰だ」
「……私が着任した時には、既にゴルドが代官として置かれておりました」
リオネルは、正直に答えた。
「着任からまだ日も浅く、すべてを掌握しきれていなかったことは、認めざるを得ません」
「日が浅い、か」
ダグラスは、鼻で笑った。
「だからと言って、責任がないとは申しません」
リオネルは、すぐに言葉を継いだ。
「統治する者として、見抜けなかった落ち度は、私にあります」
「王の直轄領で、これだけの不正が長らく見過ごされ、隣領にまで実害が及んでいる。その事実は、着任間もないという説明だけで、消えるものではあるまい」
*
「ダグラス卿の言い分は、もっともだ」
沈黙を破ったのは、国王アルベルク二世だった。静かだが、重みのある声だった。
「個人の犯行と、統治の失敗は、別の問題だ」
「――仰る通りかと存じます」
リオネルは、深く頭を下げた。
「王の名の下にある土地が、隣領に迷惑をかけた。その事実だけは、動かしようがない」
アルベルク二世は、そう言ってから、ヴォルフへ視線をやった。
「モンスターの流入は、今も続いているという話だったな」
「はい」
ヴォルフが答えた。
「ダグラス卿からの報告によれば、被害は今も収まらず、むしろ深刻化しているとのことです」
「それだけではありません」
ダグラスが、割って入るように言葉を継いだ。
「我が方で記録を確認したところ、国境付近でのモンスターの異常な増加は、この一件が発覚するより、いくらか前から始まっていたようです」
「――ゴルドの逃亡より、前からということですか」
リオネルは、思わず問い返した。
「そういうことになりますな。少なくとも、我が方の記録の上では」
その言葉に、リオネルは違和感を覚えた。
ゴルドが追い詰められ、逃亡したことで、統率を失ったモンスターが暴れ出した――そう考えていた。だが、それより前から流入が始まっていたのだとすれば、話の筋道が変わってくる。
「――なるほど」
リオネルは短く答えたが、頷ききれないものが残った。
「代官一人の企みが片付いたとして、その後もモンスターの異常が続いているのなら」
アルベルク二世が、話を引き取った。
「背後に、まだ何かが残っているということだろう」
国王の目が、まっすぐリオネルへ向けられた。
「これを放置すれば、王の権威そのものが疑われる。すぐにでも、対処してもらわねばならん」
「――承知いたしました」
リオネルは、玉座に向かって深く頭を垂れた。
「必ずや、事態を収束させます」
ダグラス・ケインは、しばらくリオネルを見下ろしていたが、やがて興味を失ったように視線を外した。
「言葉だけは、立派なものだ」
その一言を残し、謁見の間を後にする。
*
城を出た後、リオネルは、しばらく無言のまま歩いていた。
カイル、フィーナ、マルタも、それぞれに重い顔をしている。
「辺境伯自身が、あんな形で先回りしてくるとは、思いませんでしたね」
カイルが、珍しく真剣な声で口を開いた。
「馬車を飛ばして、俺たちの手紙より早く着いたって話でしたけど……そんなに都合よく間に合うもんですかね」
「私も、同じことを考えていた」
リオネルは、静かに頷いた。
「自分たちが事態の深刻さに気づいたのと、ほとんど同じ頃合いで、ダグラス卿もまた察知し、これだけの強行軍で駆けつけている」
「――随分と、間の良いことですね」
マルタが、その言葉を引き取るように呟いた。
「偶然にしては、出来すぎている気がします」
「ゴルドの逃亡より前から、モンスターが流れ込んでいたっていうのも」
フィーナが、不安げに続けた。
「本当なら、私たちが暴いた話と、時系列がずれてます」
「本当なら、な」
リオネルは、その一言に、あえて含みを持たせた。
「今のところ、確かめようがない。だが、鵜呑みにするつもりもない」
王城を振り返る。高くそびえる尖塔が、夕暮れの光を受けて、輪郭だけを浮かび上がらせていた。
ダンジョンの奥で見た人工の構造物。統率されたゴブリンの群れ。そして今、辺境伯までもが、あまりに手回しよく、王都に先んじて訴え出ていた。
バラバラだった点が、少しずつ、一つの大きな影に繋がろうとしている――そんな予感だけが、拭えずに残った。
「戻るぞ」
リオネルは、短く言った。
「グレイン王領へ。今度は、モンスターの流入そのものを、断つ」
「了解です」
「はい」
「――行きましょう」
三人が、それぞれに頷く。
王都での日々が終わり、四人は再び、辺境の地へと歩を進めることになった。




