王都到着
王都カレスタに着いたのは、出発から十日ほど経った頃だった。
久々に見る王都の城壁は、王国の威厳を体現したかのように立派なものであった。
城門に近づくと、居並ぶ衛兵たちの、判で押したように揃った立ち姿が目に入った。
「さすがに領地と違い統率が取れてますね」
カイルが、感心とも呆れともつかない声で呟いた。
市壁の内側は、あらゆる方向から人が押し寄せる賑わいだった。行商人の呼び声、荷車の軋み、露店に並ぶ異国の織物や香辛料。
「懐かしいです、この匂い」
フィーナが目を細めた。驚きというより、久しぶりに戻ってきた場所を確かめるような口ぶりだった。
「学校にいた頃、よくこの辺りの店を覗いてたんです」
むしろ懐かしさに気を取られている様子のフィーナを横目に、リオネルもまた、見慣れているはずのこの光景を、あらためて眺めていた。
市場を抜けると、街の様子が一変した。石畳の道が広く整えられ、左右に建ち並ぶ館は、庭木の刈り込み方から紋章の位置まで、統一された美意識が貫かれていた。喧騒は、この一帯には一切入り込んでこない。
貴族街だった。
そして、その先に、王城が見えてきた。幾重にも重なる城壁、遥か頭上まで伸びる尖塔。門の左右に立つ兵の視線は、通行証を渡すたび、こちらの全身を一瞬で検分していく。値踏みというより、危険がないかを確かめる視線だった。
磨き上げられた大理石の床、歴代国王の肖像、天井近くまで届く彫刻の柱――どれもが、ここが辺境の田舎とは根本から違う場所であることを、無言のうちに突きつけ
てくる。
「……緊張しますね」
カイルが、珍しく小声で言った。
「ああ」
リオネルは短く答え、内務卿の執務室へ続く長い廊下を、四人は黙って歩いていった。
*
執務室に通されると、内務卿のヴォルフは書類から顔を上げ、四人を順に見渡してから、静かに口を開いた。
「先の手紙、確かに受け取った。禁忌キノコの件、詳しく聞かせてもらおう」
リオネルが、経緯を順を追って話し始めた。
禁忌キノコの密売と、代官ゴルドの加担。そして、その先で見つかった、人工的に整えられたダンジョンと、統率されていたとしか思えないゴブリンの群れ。
ヴォルフは、最初は時折頷きながら、黙って耳を傾けていた。
だが、話が人工ダンジョンとゴブリンの統率に及んだところで、ヴォルフの手が、ふと止まった。
「――待て」
低い声で、話を遮る。
「今の話、もう一度、詳しく」
リオネルが、隠し部屋の様子や、モンスターが村を避けていたことを語ると、隣でカイルが付け加えた。
「足跡を見ても、ゴブリンだけが避けてる場所とか、通路とか、明らかにありました。偶然とは思えません」
「私も、感じました」
マルタが続く。
「洞窟の奥にいたはずのゴルド様から、煙を炙られても逃げようとする気配が、一切なかったんです。普通なら、あり得ないことです」
そう言いながら、マルタはふと、ヴォルフの視線が自分に向けられているのに気づいた。
値踏みというのとも、少し違う。話の内容そのものより、話す自分たちの様子を、じっと窺っているような視線だった。
「人工的にダンジョンを作るとか、モンスターを意のままに操るとか」
フィーナも口を開いた。
「そんな話、学校でも聞いたことがありません。普通の技術じゃないと思います」
ヴォルフは、四人の話を一つずつ、黙って聞き取っていた。
その間、視線だけが、時折リオネルから他の三人へ移り、また戻ってくる。話の筋を追っているというより、四人それぞれの言葉が食い違わないか、あるいは何かと符合しないか、確かめているような目だった。
最後に、リオネルがゴルドの逃亡と、人一人を丸ごと転移させる魔道具について語り終えると、ヴォルフはしばらく無言のまま、机の上で指を組んだ。
「一介の代官が、それだけのものを、一人で仕切っていたと」
「はい。少なくとも、私たちが見た限りでは」
「――実は、似たような訴えが、他からも来ている」
「他から、というと」
「近隣の領主たちからだ。モンスターの異常な増加や、原因不明の被害について、いくつか報告が上がっている」
その口ぶりには、単に情報を共有する以上の、何か含みがあった。
「詳細は、まだ言えない」
ヴォルフはそう前置きしてから、四人へ目を向けた。
「お前たちには、しばらく王都に留まってもらう。一週間ほどだ。確かめたいことがある」
「確かめたいこと、とは」
リオネルが尋ねると、ヴォルフは短く答えた。
「今は、まだ言えない」
同じ言葉が、繰り返された。
*
執務室を出たリオネルは、しばらく廊下で立ち止まっていた。
初めて明かされる危険な兆候を報告したのなら、多少なりとも、その情報自体を重く受け止める反応があってしかるべきだった。だが、先ほどのヴォルフの態度は、そういうものではなかった。
驚きよりも先に、確かめる目が来た。まるで、こちらの話が、既に手元にある何かと、食い違っていないかを測っているかのような。
初耳の情報に対する反応ではない。
既に何かを知っていて、それとの整合性を見ている――そんな態度だった。
(信じられていない、というわけじゃない。だが、額面通りに受け取られてもいない)
自分でも、うまく言葉にできない違和感だった。
*
宿へ戻ると、リオネルはヴォルフとのやり取りを、あらためて三人に振り返って伝えた。
「一週間か。まあ、査定に時間がかかるのは、どこの職場でもよくある話ですよ」
カイルが気楽に肩をすくめた。
「ボーナスの算定待ちみたいなもんでしょう」
「そう単純な話だといいんだが」
リオネルは、先ほどの内務卿の表情を思い返しながら呟いた。
フィーナは、特に気にした様子もなく、隣で荷解きを続けている。
「王都って、土も水も声も、みんなの声がすごく遠いんです。だから、雰囲気とか、あんまり分からなくて……」
どこか申し訳なさそうに言うフィーナに、リオネルは小さく頷いた。田舎育ちの彼女にとって、自然の気配が薄いこの街では、いつもの勘が働きにくいのだろう。
一方、マルタは、宿の窓辺で、ずっと何か考え込むような顔をしていた。
「どうした」
「……いえ。内務卿様の、あの視線が、少し気になっただけです」
「視線?」
「話の中身に驚いている、というのとは違う気がしたんです。むしろ、私たちの言うことと、他の誰かの言うことと……どちらが正しいか、見極めようとしているような」
マルタは首を振り、それ以上は説明できないという様子で言葉を切った。
「考えすぎかもしれません」
誰も、その理由を掴めないまま、話はそこで途切れた。
*
「とにかく、一週間だ」
リオネルは、地図を広げながら言った。
「その間、各々の用事を片付けておくといい。カイル、私と一緒に来い。実家に顔を出しておく」
「了解です」
「フィーナは、魔法学校で構わないか」
「はい。人工ダンジョンのこと、少しでも手がかりがないか、調べてみます」
「マルタは」
「神殿に、戻ってみようと思います」
リオネルは、三人の顔を順に見た。
「城から呼び出しがあれば、宿の方に連絡を入れる。それまでは、それぞれの場所で待っていてくれ」
四人は頷き合い、それぞれの行き先へ向かって、王都の雑踏の中へ散っていった。




