残されたもの
広間の奥、これまでゴルドが立っていた辺りを、四人は改めて検分した。
豪華な調度品、磨き上げられた石柱、敷物――それらは、すべてそのまま残されていた。
だが、書類らしきもの、記録らしきものは、どこにも見当たらない。
「何も、ないですね」
カイルが、部屋の隅々まで見て回りながら言った。
「これだけの物を運び込んでおきながら、証拠になりそうなものだけは、最初から置いてない」
リオネルは、その徹底ぶりに、かえって薄気味悪さを覚えた。
「最初から、こうなることを見越していたということか」
屋敷の私室で見た、灰になった帳簿と同じだった。だが、あちらは慌てて燃やした跡があった。ここには、燃やす必要すらない。最初から、何も置かれていなかったのだ。
*
来た道を戻る途中、リオネルはふと違和感に気づいた。
「……静かだな」
三層でコマンダーとシャーマンを倒して以来、これまで何度も遭遇したはずのゴブリンの気配が、一つもなかった。
二層を抜けても、一層まで戻っても、同じだった。
あれほどいたゴブリンたちが、一匹残らず、姿を消していた。
「逃げた、んですかね」
カイルが首をかしげる。
「それにしては、静かすぎる。争った跡も、逃げた跡もない」
マルタも、怪訝な顔で辺りを見回していた。
「気配そのものが、ないです。まるで、最初から誰もいなかったかのように」
誰も、その理由を説明できなかった。
リオネルは、その不可解さを頭の片隅に留めながらも、今は先を急ぐことにした。
*
一層で拘束していた中ボス格の男は、依然として同じ場所に縛られたままだった。
「連れて行くぞ」
四人は男を引き立て、洞窟の外へと連れ出した。
入り口では、見張りに立っていた従者たちが、ほっとした様子で出迎えた。
「ご無事で……!」
「この男を、村まで運んでくれ。他の者たちと合わせて、まとめて尋問する」
*
村に戻り、拘束していた村長格の男や、他の見張りたちを含め、改めて尋問を行った。
だが、誰の証言も、似たようなものだった。
「私共は、ゴルド様に言われた通りに、荷を運んでいただけです。ダンジョンの奥まで持って行った先のことは……何も」
「見張りを頼まれていただけで、詳しいことは、聞かされておりません」
全てを取り仕切っていたのはゴルド一人であり、それより先を知る者は、誰もいなかった。
*
リオネルは、これまでの発見を地図と手帳に整理しながら、フィーナに尋ねた。
「あの、逃げる時に使った魔道具だが」
「はい」
「あれほどのものは、簡単に手に入るものなのか」
フィーナは、少し考えてから、首を振った。
「いいえ。転移の魔道具は、学校でも座学でしか習わないくらい、貴重なものです。あれほどのものは、そう安くは手に入らないはずです」
「では、この一連の、ダンジョンそのものや、モンスターを操るような技術は」
「……それは、聞いたことがありません」
フィーナは、はっきりと首を振った。
「人工的にダンジョンを作るとか、モンスターを意のままに操るとか、そんな話、学校でも一度も」
*
執務室に戻り、リオネルは地図を広げた。
水路の傾き、豊かさの偏り、被害の集中、入会地の制限――それらすべての先に、ゴブリンの巣があり、ダンジョンがあり、そしてゴルドがいた。
だが、その最後に残ったのは、答えではなく、さらに大きな疑問だった。
なぜ、一介の代官に過ぎない男が、これほど高価な魔道具を持ち、誰も知らない技術を扱えたのか。
「代官一人の企みには、大きすぎる」
リオネルは、地図を丸めながら、低く呟いた。
誰も、その先に何があるのか、まだ見当がついていなかった。




