決着
広間の均衡が、目に見えてこちらへ傾き始めていた。
右翼はマルタとカイルによって押し込まれ、左ではリオネルがフィーナの援護を受けながら、確実に敵を減らしている。
その変化に、ゴルドの顔色が初めて変わった。
「――くそっ」
余裕を崩し、傍らの壁際に駆け寄る。何かを掴み、口元へ運んだ。
「まだ、手はある」
低く吐き捨てるように呟いた声に、リオネルは反応した。
「何をした」
答えは、すぐに返ってきた。
頭上、広間の奥に開いた通路から、複数の足音が響いてくる。
「上から、来ます!」
カイルの声に、全員が一瞬、身構えた。
新手のゴブリンが数体、階段状の通路を駆け下りてくるのが見えた。
「フィーナ!」
「はい――土よ、お願いします!」
フィーナが叫ぶと同時に、通路の入り口を塞ぐように、岩の壁がせり上がった。
駆け下りてきたゴブリンたちが、壁に阻まれ、足止めされる。
「これで、しばらくは持ちます!」
増援を封じたことで、四人は目の前の敵に集中できるようになった。
右翼では、残るホブゴブリンの数も、既にわずかだった。
「こっちは、俺一人で十分です!」
カイルの声に、マルタは頷き、戦線をわずかに下げた。
両手を組み、これまでとは違う呪を唱える。
「速さは、もう十分に果たしました。今度は――力を」
リオネル、カイル、そして自分自身へ、これまでで最も重く、濃い加護が満ちていく。
全身に、圧倒的な力の感覚が宿った。
「行きます」
マルタが、真っ先に踏み込んだ。
シャーマンが杖を掲げようとした、その一瞬。
力の加護をまとったメイスが、防御ごと叩き潰すように振り下ろされる。
シャーマンは、抵抗する間もなく、その場に崩れ落ちた。
「――今のうちに!」
マルタは、そのままコマンダーへと迫っていった。
カイルとリオネルも、力の加護を受けた一撃で、目の前のホブゴブリンを次々と打ち倒していく。
これまでの速さとは違う、確実に相手を沈める重さが、剣にも短剣にも宿っていた。
右翼を片付けたカイルが、返す刀でコマンダーの側面へ回り込む。
左を抑えていたリオネルも、力の乗った一撃で最後のホブゴブリンを退け、コマンダーの正面へと詰めた。
残るは、コマンダー一体だけだった。
マルタが正面から、カイルが側面から、リオネルが逆側から。
一対三の構図に、コマンダーは初めて、明確な焦りを見せた。
「フゴォォッ!」
咆哮とともに、力任せに武器を振り回す。
だが、三方からの連携に、その一撃は届かなかった。
マルタのメイスが武器を弾き、カイルの短剣が脇を突き、リオネルの剣が止めを刺す。
コマンダーは、大きな音を立てて、その場に崩れ落ちた。
*
広間に、静けさが戻る。
だが、まだ終わってはいなかった。
「――壁、そろそろ限界です!」
フィーナの声に、四人はすぐさま通路の入り口へと向き直った。
岩の壁が崩れると同時に、押し留められていたゴブリンたちが雪崩れ込んでくる。
だが、既にコマンダーもシャーマンも失った烏合の衆に、四人を止める力は残っていなかった。
カイルの矢、マルタのメイス、リオネルの剣が、次々と数を減らしていく。
最後の一体が倒れるまで、そう時間はかからなかった。
*
広間に、完全な静寂が満ちた。
四人は肩で息をつきながら、武器を構えたまま、ゴルドの方へと向き直った。
頼みの綱を全て失ったゴルドは、壁際に追い詰められ、青ざめた顔で立ち尽くしている。
「もう、終わりだ」
リオネルは、剣を突きつけながら、静かに告げた。
「大人しく、お縄につけ」
だが、ゴルドの目に、諦めの色はなかった。
懐に手を入れ、何かを握りしめる。
「――終わってねえよ」
その手の中で、小さな石のようなものが、鈍い光を放った。
「まさか」
カイルが目を見開く。
「舐めるなよ、小僧」
ゴルドが低く笑った、次の瞬間。
その姿が、光の粒子に包まれ、掻き消えた。
残されたのは、静まり返った広間と、四人の荒い息だけだった。
「……逃げられた」
カイルが、悔しげに拳を握る。
「脱出用の魔道具、ですかね」
「ああ、間違いない」
リオネルは、ゴルドが立っていた場所を、しばらく見つめていた。
ここまで積み上げてきた戦いの果てに、肝心の男には、また逃げられた。
「必ず、追う」
リオネルは、静かにそう呟いた。
広間に、四人の荒い息だけが、しばらく響いていた。




