崩し方
広間は、これまでの階層とは比べものにならないほど広かった。
ホブゴブリン五体が横一列に広がり、その後方左右に、弓を構えたホブゴブリンが一体ずつ。さらに奥、中央にシャーマンとコマンダーが控えている。
意図的に距離を取った配置だった。
リオネルは、その布陣を一目見て、これまでのやり方が通用しないことを悟った。
「……広すぎる」
フィーナも、同じことに気づいていた。
「これじゃ、閃光も爆発も、一発で全部は巻き込めません」
「散らばってるから、な」
これまでは、狭い通路や、限られた空間だからこそ、フィーナの一撃で敵全体の動きを止めることができた。だが、この広間では、一方向を潰しても、別の方向から矢が飛んでくる。
「今までみたいに、一度に崩すのは無理だ」
リオネルは、素早く頭の中で盤面を組み立て直した。
*
「フィーナ、右側全体を、閃光でよろめかせられるか」
「はい、あっちの一角だけなら」
「カイル、左は任せる。向こうの弓を、先に黙らせてくれ」
「了解です」
リオネルは自分自身の役割も、即座に決めていた。
「私は左で時間を稼ぐ。マルタ、崩れた右へ突っ込め」
「加護は、もう十分にいただいています」
マルタが短く答える。すでに全身へ満ちている、速さに寄せた加護の感覚を確かめるように、一度だけ足元を踏みしめた。
四人それぞれの持ち場が、一瞬で定まった。
*
フィーナが、右側一帯を狙って、局所的な閃光を放つ。
「ウガアッ!?」
右翼のホブゴブリン数体と弓兵が、揃って目を庇い、体勢を崩した。
その隙を、マルタが逃さなかった。
速さの加護をまとった体が、これまでとは比べものにならない鋭さで踏み込む。
よろめく右翼の只中へ、そのまま突っ込んでいった。
メイスの一撃が、体勢を崩したホブゴブリンを次々と打ち払っていく。
左側では、カイルが弓を構え、左の弓兵を狙い撃っていた。
「そっちは、行かせません」
放たれた矢が、左のホブゴブリンの肩を射抜く。致命傷には至らないが、確かに怯ませた。
カイルはすぐさま視線を右へ移した。
閃光でまだ混乱の残る右翼の弓兵が、体勢を立て直せずにいる。
「――今のうちに」
カイルは狙いを変え、右の弓兵へ向けて矢を放った。
混乱したままの一体は、避けることもできず、肩を射抜かれてよろめいた。
マルタの突撃を追撃する形になり、右翼の崩れが、さらに深まっていく。
左では、リオネルが、迫るホブゴブリン数体の攻撃を、一人で受け止めていた。
速さの加護を纏った動きは、これまでよりも軽く、危なげなく相手の攻撃を捌いていく。
「――このまま、時間を稼ぐ」
右側が崩れかけているのを見て、コマンダーが、低く咆えた。
「フゴォッ!」
その声に、左側にいたホブゴブリンの一体が、素早く右へと回り込んでいく。
「――配置を、変えてきたか」
リオネルは、その動きを見て取り、舌打ちした。
言葉こそ通じずとも、意図は明確だった。崩れた側へ、即座に増援を回す。単なる数の暴力ではなく、コマンダーは、こちらの狙いを察して、即座に対応してきていた。
左では、カイルの矢を受けたホブゴブリンが、傷を負ったまま後退しかけていた。
だが、シャーマンの杖が、すぐさまその傷を癒していく。
「またか」
カイルが顔をしかめる。
「フィーナ、あのシャーマン、なんとかならないか」
「やってみます」
フィーナは、右側への閃光の余力を残しつつ、意識をシャーマンへ向けた。
「火よ、あの杖の周りだけ、揺らして」
小さな熱の揺らめきが、シャーマンの視界と集中を乱す。杖を掲げる動きが、わずかに遅れた。
その一瞬の遅れが、癒しの発動を、確実に一拍遅らせていた。
右翼の混乱が、少しずつ収まり始めていた。数を減らしながらも、態勢を立て直そうとするホブゴブリンたちの動きが、目に見えて鈍い。
「カイル、そっちはもういい。剣に変えて、マルタの援護に回れ」
「了解です!」
カイルは弓を背に回し、短剣を抜くと、右翼で戦うマルタの側面へと駆け寄っていった。
二人がかりになったことで、右翼の崩れは、もう誰の目にも明らかだった。
左を一人で支えることになったリオネルへ、フィーナが目を向ける。
「こっちも、援護します」
風に頼み、リオネルへ迫る敵の足元を、わずかに乱す。
土にも声をかけ、踏み込みの勢いを削ぐ、小さな嫌がらせを重ねていった。
完全に止められるわけではない。だが、リオネルが凌ぐには、十分な助けだった。
右でカイルとマルタが押し込み、左でフィーナがリオネルを支える。
崩れた均衡は、もう元には戻らなかった。
「――いたちごっこじゃない」
リオネルは、正面のホブゴブリンを退けながら、口元に力を込めた。
「押せてる」
広間の均衡は、確かに、こちらへ傾き続けていた。




