対面
三層へ降りると、これまでとは明らかに違う空気が漂っていた。
通路の先、視界が開けたその場所は、これまでの階層とは比べものにならないほど、豪華な内装で整えられていた。
磨き上げられた石柱、壁に掲げられた燭台、床には見事な意匠の敷物までが敷かれている。まるで、貴族の館の一角を、そのまま地下に持ち込んだかのようだった。
「……なんですか、ここ」
カイルが呆然と呟く。
「一層も二層も、あんなに殺風景だったのに」
フィーナも、これまでの薄暗い通路とはあまりに違う光景に、言葉を失っていた。壁際に灯る燭台の火が、静かに揺れている。
マルタだけは、その豪華さに驚くよりも、どこか苦い顔をしていた。
「これだけの品を、ここまで運び込むのに、いったいどれほどの労力と金がかかったのでしょう」
その言葉に、リオネルは黙って頷いた。
油断なく周囲を見渡しながら、地図に手早く書き込んでいく。石柱の位置、燭台の数、敷物の広がり――三層に来て、初めて目にする、明らかに異質な空間だった。
これまでの階層が、迷宮そのものの荒々しさをどこかに残していたのに対し、ここだけは、まるで違う目的のために作られたかのようだった。
*
奥へ目を向けると、そこにはゴブリンの群れが控えていた。
中央に立つ一体は、これまでのホブゴブリンやシャーマンとも違う、ひときわ堂々とした体躯をしている。纏った装具も、統率を示すように整えられていた。ゴブリンコマンダーだろう。
その周囲を、シャーマンが一体、弓を構えたホブゴブリンが二体、そしてホブゴブリンが五体、隙のない配置で固めていた。
リオネルは、その配置を素早く見て取った。
「マルタ、先に頼む。速さを中心に」
「速さ、ですか」
「力だけなら、俺たちの方が上だ。だが、この数を一体ずつ相手にしていたら、後ろの弓とシャーマンにいい的にされる」
マルタは頷き、すぐさま加護を唱えた。これまでのような、全体を均等に底上げする加護ではない。速さに寄せた、粗い、けれど的確な加護だった。
「――これでいいでしょうか」
「十分だ」
全身に、軽さにも似た感覚が満ちていく。踏み込みが、いつもより速く出せそうだった。
*
そして――その中央、コマンダーの隣に、人が一人、立っていた。
「……ゴルド」
リオネルは、その名を低く呼んだ。
モンスターの群れの中に、まるで自分の館にいるかのように、平然と佇む姿があった。逃亡者らしい怯えも、追い詰められた焦りも、その顔には見当たらなかった。
カイルが、思わずといった様子で呟く。
「……よく平然としてられますね、あんな中で」
リオネルもまた、同じことを考えていた。
これまで積み重ねてきた違和感――ゴブリンだけを避けさせる何か、通信の魔道具、燻し出せなかった洞窟。その全ての答えが、今、目の前に立っている。
*
リオネルは剣の柄に手をかけ、一歩前へ出た。
「お縄につけ」
ゴルドは動じることなく、むしろ小さく笑った。
「今までの領主どもは、館でふんぞり返って、わざわざ現地まで足を運ぼうとはしなかった。だから、これほど好き勝手にやれていたわけだが……まさか、お前は違ったな」
これまでの代官仕事を、当然のように語る口調だった。忌々しさと、僅かな感心が入り混じっている。
「金のためだけに、これほどのことを」
リオネルが問うと、ゴルドは肩をすくめた。
「他に、理由がいるか」
悪びれる様子も、弁解する素振りもない。まるで、当然の商いについて語っているかのような口ぶりだった。
「水路を歪め、被害を偽り、山を封じ、村人たちを怯えさせた。それだけでも十分な罪だ。そこに、これだけの規模の企みまで重ねて――お前は、いったいどこまでやるつもりだった」
「さてな」
ゴルドは、その問いにすら興味がなさそうに、視線を逸らした。
それ以上、語る気配はなかった。
ゴルドは、抵抗するでもなく、傍らのコマンダーへ目を向けた。
「まあいい。こいつらなら、お前たちを片付けてくれるだろう」
その一言を合図に、コマンダーが低く唸り、武器を構えた。
シャーマンが杖を掲げ、弓のホブゴブリン二体が矢をつがえる。周囲のホブゴブリン五体も、一斉に得物を構え直した。
リオネルは剣を抜き、三人へ目配せをした。
「――来るぞ」
カイル、マルタ、フィーナが、それぞれ短く頷き、武器を握り直す。
広間に、緊張が満ちていく。
これまでで最大の敵を前に、四人は静かに、戦いの構えを取った。




