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26/64

対面

 三層へ降りると、これまでとは明らかに違う空気が漂っていた。

 通路の先、視界が開けたその場所は、これまでの階層とは比べものにならないほど、豪華な内装で整えられていた。

 磨き上げられた石柱、壁に掲げられた燭台、床には見事な意匠の敷物までが敷かれている。まるで、貴族の館の一角を、そのまま地下に持ち込んだかのようだった。


「……なんですか、ここ」

 カイルが呆然と呟く。


「一層も二層も、あんなに殺風景だったのに」

 フィーナも、これまでの薄暗い通路とはあまりに違う光景に、言葉を失っていた。壁際に灯る燭台の火が、静かに揺れている。


 マルタだけは、その豪華さに驚くよりも、どこか苦い顔をしていた。

「これだけの品を、ここまで運び込むのに、いったいどれほどの労力と金がかかったのでしょう」


 その言葉に、リオネルは黙って頷いた。

 油断なく周囲を見渡しながら、地図に手早く書き込んでいく。石柱の位置、燭台の数、敷物の広がり――三層に来て、初めて目にする、明らかに異質な空間だった。

 これまでの階層が、迷宮そのものの荒々しさをどこかに残していたのに対し、ここだけは、まるで違う目的のために作られたかのようだった。


     *


 奥へ目を向けると、そこにはゴブリンの群れが控えていた。

 中央に立つ一体は、これまでのホブゴブリンやシャーマンとも違う、ひときわ堂々とした体躯をしている。纏った装具も、統率を示すように整えられていた。ゴブリンコマンダーだろう。

 その周囲を、シャーマンが一体、弓を構えたホブゴブリンが二体、そしてホブゴブリンが五体、隙のない配置で固めていた。


 リオネルは、その配置を素早く見て取った。

「マルタ、先に頼む。速さを中心に」


「速さ、ですか」


「力だけなら、俺たちの方が上だ。だが、この数を一体ずつ相手にしていたら、後ろの弓とシャーマンにいい的にされる」


 マルタは頷き、すぐさま加護を唱えた。これまでのような、全体を均等に底上げする加護ではない。速さに寄せた、粗い、けれど的確な加護だった。

「――これでいいでしょうか」


「十分だ」

 全身に、軽さにも似た感覚が満ちていく。踏み込みが、いつもより速く出せそうだった。


     *


 そして――その中央、コマンダーの隣に、人が一人、立っていた。

「……ゴルド」

 リオネルは、その名を低く呼んだ。

 モンスターの群れの中に、まるで自分の館にいるかのように、平然と佇む姿があった。逃亡者らしい怯えも、追い詰められた焦りも、その顔には見当たらなかった。


 カイルが、思わずといった様子で呟く。

「……よく平然としてられますね、あんな中で」


 リオネルもまた、同じことを考えていた。

 これまで積み重ねてきた違和感――ゴブリンだけを避けさせる何か、通信の魔道具、燻し出せなかった洞窟。その全ての答えが、今、目の前に立っている。


     *


 リオネルは剣の柄に手をかけ、一歩前へ出た。

「お縄につけ」


 ゴルドは動じることなく、むしろ小さく笑った。

「今までの領主どもは、館でふんぞり返って、わざわざ現地まで足を運ぼうとはしなかった。だから、これほど好き勝手にやれていたわけだが……まさか、お前は違ったな」

 これまでの代官仕事を、当然のように語る口調だった。忌々しさと、僅かな感心が入り混じっている。


「金のためだけに、これほどのことを」

 リオネルが問うと、ゴルドは肩をすくめた。


「他に、理由がいるか」

 悪びれる様子も、弁解する素振りもない。まるで、当然の商いについて語っているかのような口ぶりだった。


「水路を歪め、被害を偽り、山を封じ、村人たちを怯えさせた。それだけでも十分な罪だ。そこに、これだけの規模の企みまで重ねて――お前は、いったいどこまでやるつもりだった」


「さてな」

 ゴルドは、その問いにすら興味がなさそうに、視線を逸らした。

 それ以上、語る気配はなかった。

 ゴルドは、抵抗するでもなく、傍らのコマンダーへ目を向けた。

「まあいい。こいつらなら、お前たちを片付けてくれるだろう」

 その一言を合図に、コマンダーが低く唸り、武器を構えた。

 シャーマンが杖を掲げ、弓のホブゴブリン二体が矢をつがえる。周囲のホブゴブリン五体も、一斉に得物を構え直した。


 リオネルは剣を抜き、三人へ目配せをした。

「――来るぞ」

 カイル、マルタ、フィーナが、それぞれ短く頷き、武器を握り直す。

 広間に、緊張が満ちていく。

 これまでで最大の敵を前に、四人は静かに、戦いの構えを取った。

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