足跡の数
態勢を整えるため、二日を置いた。
傷薬と矢の補充、そして何より、これまでとは規模の分からない相手を前に、どう動くか、四人で作戦を練った。
出発の朝、リオネルは地図を広げ、これまで書き込んできた印を一つずつ辿った。
水路の傾き。豊かさの偏り。モンスター被害の集中。入会地の、根拠のない立ち入り制限。
その先に、まだ何も描かれていない空白があった。
*
エリオット側の森を、まず捜した。
前に掃討した塒よりもさらに奥、地形の険しい一帯を中心に、四人は半日をかけて歩き回った。
だが、それらしい痕跡は見つからなかった。
「こっちじゃないな」
カイルが額の汗を拭いながら言う。
「まえの掃討した時、逆方向へ逃げてった奴らがいたの、覚えてます? あの時は日暮れで追いきれなかったですけど……あれ、もしかして」
「入会地の方角か」
リオネルが地図を指でなぞる。
これまで「危険地帯の奥」とばかり思い込んでいた探索範囲を、入会地側へ広げることにした。
*
入会地の奥へ分け入ると、これまで踏み込んだことのない地形が続いた。
道らしい道もなく、四人は木々をかき分けながら、慎重に進んでいった。
半刻ほど歩いたところで、カイルが片手を上げ、全員を止めた。
「……何か聞こえます」
耳を澄ませると、遠くから、低い唸り声のようなものが、途切れ途切れに届いてくる。
声を潜め、音の方向へじりじりと近づいていく。
やがて、木々の隙間から、崖の斜面にぽっかりと空いた洞穴が見えてきた。
入り口は、さほど大きくない。中規模の群れが出入りする分には十分だが、これなら態勢を整えて燻り出せば何とかなりそうだ――一目見て、そう見て取れる程度の大きさだった。
「これくらいなら、今度出直せば何とかなりそうですね」
カイルが小声で言う。
リオネルも頷いた。
「ああ。だが、まずは数と出入りの様子を見ておきたい」
*
少し離れた木陰に身を潜め、カイルが出入りするゴブリンの数を数えていく。
半刻ほど見張って、目視できた数は、十かそこら。入り口の大きさから見て、妥当な数だった。
だが、カイルはその後、周辺の足跡を検分し始めると、次第に眉を寄せていった。
地面に残る足跡を、一つ一つ指でなぞりながら数えていく。
しばらくして、怪訝な顔を上げた。
「……数、合わないですね」
「合わない、とは」
「出入りしてるのを見た数は、十かそこらでした。でも、足跡の数、明らかにそれより多いんですよ。しかも、古いのから新しいのまで、いろんな時期のがある」
リオネルは、カイルが拾い上げた足跡の位置を、一つずつ地図に書き込んでいった。
巣を中心に、放射状に線を引いていく。
書き終えたところで、羽根ペンを持つ手が止まった。
目視できた数に対して、残された足跡の数は、明らかに多い。
そして、その足跡の向きにも、偏りがあった。
エリオット側の村へ向かう足跡は、複数ある。
だが、ゴルド側の村へ向かう足跡は、一つもなかった。
加えて、今いるこの入会地のさらに奥へ向かう足跡も、同じように一つもない。
「見えている数より、足跡の方が多い。それに、ゴルド側の村にだけは、向かってない」
リオネルは地図を指でなぞりながら、呟いた。
「それに、この先にも」
「え」
カイルが覗き込む。
「言われてみれば……たしかに」
*
フィーナが、その方角――誰も足跡を残していない、入会地のさらに奥――へ目を向けた。
しばらく黙って、目を閉じる。
「……あっちの方、なんか変です」
「変、とは」
「地面からの声が、変な動き方をしてます。近づきたくない、っていうか……ゴブリンだけを、寄せ付けたくない、みたいな」
フィーナは眉を寄せながら、付け加えた。
「鳥とか、他の獣には、そういうのなさそうなんですけど」
「ゴブリンにだけ、か」
リオネルは地図に、その言葉をそのまま書き添えた。
*
マルタが、同じ方角に、ただ目を向けた。
しばらく黙ったまま動かず、やがて戸惑うように口を開いた。
「……あちらに、人の気配がいたします」
「人の気配」
「今ではなく……何度も、何度も。長い間、誰かが通い続けてきたような」
マルタは自分の感じたものを、うまく言葉にできないもどかしさを滲ませながら、それでも慎重に続けた。
「村人たちの怯えとは、違う種類のものです。もっと、静かで、意図のある気配です」
*
リオネルは、地図の上に発見を重ねていった。
見えている数より多い足跡。足跡の空白。地面の忌避。人の気配。
どれも、同じ一点――入会地のさらに奥を指し示している。
しばらく地図を見つめたまま、リオネルは動かなかった。
巣自体は、燻り出せば何とかなる規模だと分かっている。
だが、その巣の脇に、これだけの違和感が重なって残っている。
「見た目の数と、足跡の数が合わない。それに、モンスターの巣のすぐ近くに、モンスターだけが避け、人だけが通う場所がある」
リオネルは低く呟いた。
「これほどの偏りが、自然に起きるとは思えない」
カイルが洞穴の方角を振り返る。
「巣、どうします」
「巣は、いつでも叩ける。だが、この足跡と気配の先に何があるのか、それを知らないまま叩くのは……順番が違う気がする」
リオネルは丸めかけた地図を、もう一度広げた。
「次に来る時は、あの奥から確かめたい」
*
館へ戻る道すがら、リオネルは地図に新しい書き込みを加えていった。
「巣・目視数と足跡数、不一致」
「ゴルド側・入会地奥方向、足跡なし」
「同方向に人の気配、長期にわたり」
夕陽が、地図の余白をゆっくりと橙に染めていく。
その余白の中に、まだ描かれていない何かが、静かに待っているような気がした。




