入会地の言い分
入会地の裁定を求める訴えが持ち込まれたのは、モンスターの巣を掃討してから数日後のことだった。
執務室に通されたのは、エリオット側の村から来た初老の男と、ゴルド側の村から来た恰幅の良い男の二人だった。互いに一歩も譲らない、険しい顔つきで並んでいる。
「裏山の入会地のことでございます」
エリオット側の男が、まず口を開いた。
「薪や山菜、キノコを採る、あの共有の山です。昔から、両村で分け合って使ってまいりました。ですが、近頃、あちらの村の者たちが、勝手に線を引いて、我々を入れさせないようにしております」
「線を引いた、とは」
リオネルが尋ねると、ゴルド側の男がすぐさま言い返した。
「線を引いたわけではございません。ただ、こちら側の区画で、ゴブリンの被害が相次いでおりますので、危険な場所には近づかぬよう、村の者に注意しているだけのことです」
「被害、というと」
「柵が壊された、畑が荒らされた、家畜が襲われた……色々とございます」
男はよどみなく答えたが、その内容はどこか漠然としていた。
「双方の言い分は分かった。正式な裁定を下す前に、こちらでも現地を確かめておきたい」
リオネルはそう告げ、二人を下がらせた。
*
翌日、四人は入会地となっている裏山へ向かった。
まず話を聞いたのは、エリオット側の村人たちだった。
「被害があったのは、あの沢沿いの、大岩の少し先です。三月ほど前、柵が壊されて」
村人の一人が、迷いなく方角を指し示す。
「その手前の茂みで、足跡も見ました。大きさからして、大人の膝くらいまでの背丈のものかと」
カイルがその場でしゃがみ込み、周囲を検分する。
「なるほど、こりゃ確かにそれっぽい痕がありますね」
別の村人に聞いても、答えはほぼ一致していた。場所も、時期も、被害の様子も、細部まで揃っている。
リオネルは地図にその位置を書き込みながら、内心で頷いた。
証言に、迷いがない。
*
続いて、ゴルド側の村人たちに話を聞いた。
「ええと……確か、山の東の方だったと」
「いや、南だったんじゃないか」
「柵が壊されたのは……いつだったかな」
答えは、村人によってまちまちだった。誰かが誰かに聞いた話を、そのまま伝えているような曖昧さが目立った。
悪意があるようには見えない。むしろ、困ったように首をひねる者が多かった。
「有力者の方から、そう聞いたので……」
一人がぽつりと漏らした言葉に、リオネルは耳を留めた。
「誰から聞いた」
「それは……村の、寄合を仕切っておられる方々から」
それ以上、名を出すことはためらわれたのか、村人はそこで口を噤んだ。
*
その日の午後、カイルが一人で、ゴルド側の証言にあった被害地点を検分しに行った。
戻ってきた時、その顔には珍しく困惑が浮かんでいた。
「どうだった」
「行ってみたんですけど……あそこ、ゴブリンが出るような場所じゃないですよ」
カイルは地図を指でなぞった。
「開けた岩場で、隠れる場所もほとんどない。水も近くにないし、獲物になりそうな家畜が通る道でもない。俺があいつらだったら、絶対に選ばない場所です」
「柵が壊された跡は」
「それらしいのは、ありました。でも……なんていうか、無理やり合わせたような感じがして。壊れ方が、いかにも、って感じなんですよね」
カイルは言葉を選びながら、続けた。
「エリオット側の被害は、痕跡から足跡から、全部辻褄が合ってました。でも、こっちのは……正直、誰かが後から手を加えたんじゃないか、って気がします」
リオネルは地図の上に、二つの村が主張する被害地点を並べて書き込んだ。
一方は、山の奥、獣道の重なる薄暗い一角。もう一方は、開けた岩場、人の目に付きやすい場所。
同じ「被害」という言葉で語られていながら、そこにあるはずの理屈が、まるで違っていた。
*
夕方、マルタが村を歩いて戻ってきた。
「少し、気になることがございます」
「聞こう」
「入会地の話題を出すと、一般の方々は、困ったような顔をされるだけなのです。何を聞かれているのか、よく分からない、という様子で」
マルタは言葉を選びながら続けた。
「ですが、寄合を仕切っておられる方々――村長格の方や、その周りにいる数名だけは、様子が違いました。話が及んだ途端、目が泳ぎ、早口になり、話をすぐに切り上げようとされる」
「有力者だけ、か」
「はい。一般の村の方々には、隠している自覚すらないように思えます。ただ、言われた通りのことを、疑いもせず口にしているだけで」
リオネルはその言葉を、静かに反芻した。
豊かな村を訪れた時に感じた、あの「色々と」としか言わない村長の表情。
あれと同じ種類の重さが、今度は入会地という一点に、より濃く滲んでいる。
*
執務室に戻り、リオネルは地図を広げた。
エリオット側の被害地点、ゴルド側の被害地点、そしてマルタが感じ取った、村人たちの反応の温度差。
三つを並べて見比べながら、リオネルは羽根ペンの先で、ゴルド側の主張する被害地点を軽く叩いた。
「ここには、ゴブリンはいない」
「ええ、まず間違いなく」
カイルが頷く。
「なのに、被害があったと主張してる。しかも、村の有力者が、それを一般の人たちに信じ込ませてる」
リオネルは羽根ペンを置いた。
「これは、被害を偽っているんじゃない」
「じゃあ、何なんですか」
カイルが問うと、リオネルはしばらく地図を見つめたまま、言葉を探した。
「被害を偽る理由が、見当たらない。むしろ逆だ――村の者たちに、この山へ足を向けさせたくない理由がある」
「山へ、入れたくない……」
フィーナが呟くように繰り返した。
「他所の村の者だけじゃなく、自分の村の者にも、あまり奥へは行かせたくない。そう考えれば、辻褄が合う」
リオネルは地図の上、入会地の奥、まだ誰も足を踏み入れていない一帯に、印を一つ書き加えた。
仮の拠点が見つかった時、あの塒は「当座しのぎ」に過ぎないという印象を残していた。
その本当の在り処が、この山のどこかに眠っているのだとしたら。
*
数日後、正式な裁定の場が設けられた。
執務室に、ゴルドとエリオット、そして両村の代表が顔を揃える。
リオネルは、これまでの検分の結果を、淡々と述べた。エリオット側の証言に一貫性があり、実地の痕跡とも矛盾がないこと。ゴルド側が主張する被害地点には、そもそもゴブリンが生息しうる条件が見当たらないこと。
「現時点では、ゴルド側が主張する立ち入り制限に、明確な根拠を認められない」
ゴルドの表情に、目立った変化はなかった。
「現時点、と仰いますと」
「引き続き、調べる必要がある、という意味だ」
リオネルはそれ以上、踏み込んだ言葉は口にしなかった。
結論を急げば、まだ見えていないものを見誤る。
裁定は保留のまま、その日は終わった。
*
全員が下がったあと、執務室に残ったリオネルは、地図に新しく引いた印を、もう一度見つめた。
水路の傾き。豊かさの偏り。モンスター被害の集中。そして、入会地を巡る、根拠のはっきりしない立ち入り制限。
四つの線が、同じ山の同じ一角を指し示していた。
「この違和感は、口先の裁定じゃ拭えない」
リオネルは呟いた。
「奥を、この目で見るまでは」
地図の上、まだ何も描かれていない空白を、リオネルは指先でそっとなぞった。




