偏りは同じ境界を向く
塒を後にした四人は、その足でゴルド側の村へと向かった。
「この間はもう聞いたじゃないですか」
カイルが少し不思議そうに言う。
「豊かさの話は聞いた。モンスターの話は、まだだ」
リオネルは短く答えた。
*
村に着くと、いつものように穏やかな空気が流れていた。
道行く村人に、リオネルは声をかけた。
「この辺りで、モンスターの被害は出ているか」
「モンスター、ですか」
尋ねられた男は、少し考えるような顔をした。
「そういえば、あまり聞きませんねえ。うちの畑も、特に何も」
別の村人に聞いても、似たような答えが返ってくる。
「昔、出たという話は聞きますけど……最近は、とんと」
「柵が壊されたとか、そういうことは」
「さあ……そこまでは」
誰もが、他人事のような口調だった。
深刻さも、実感も、そこにはなかった。
リオネル側の村見ていた光景――壊れた柵、荒らされた畑、消えた家畜――とは、あまりに違う。
「なんか」
カイルが小声で言った。
「これだけ近い村なのに、ここまで差があるのは変ですよ」
「ああ」
リオネルは村を見渡しながら答えた。
道一本、丘一つを隔てただけの距離だ。森の近さも、周囲の地形も、大きくは変わらない。
それなのに、片方は被害に苦しみ、片方はほとんど無縁でいる。
「一度、記録を確かめよう」
リオネルはそう言って、村を後にした。
*
館に戻ると、リオネルはすぐに執務室へ向かい、被害報告の記録を書棚から引っ張り出した。
ゴルド担当の村々の、ここ数年分の報告を遡る。
目を通していくうちに、村人たちの言葉が、そのまま数字として裏付けられていくのが分かった。
この五年で、報告はわずか二件。
しかもいずれも、軽微な被害としか記されていない。
リオネルは記録を机に置き、地図を広げた。
*
地図の上には、これまで書き加えてきた記録が並んでいた。
村ごとの豊かさの違い。水路の分岐点にあった、わずかな傾き。そして、被害報告の集中と、その空白。
リオネルはそれぞれの記録を、指でなぞりながら見比べていった。
「境界を挟んでいるから、というだけなら、まだ分かる」
独り言のように、リオネルは呟いた。
「川を挟めば、多少の違いはあって当然だ。だが、これは違う」
地図の上で、豊かさの点と、水路の点と、被害の点が、すべて同じ側に寄っていた。
しかも、それぞれの村は、決して遠く離れてはいない。
同じ水源を分け合い、同じ地形の上に立ち、同じ気候の下で暮らしている村同士だ。
違うのは、ただ一つ。
担当する代官が、ゴルドかエリオットか、それだけだった。
代官が違う。ただ、それだけの違いのはずだった。
だが、担当が違うというだけで、土地そのものの豊かさまで変わり、水の流れまで変わり、モンスターの出没までもが変わるというのは、道理が通らない。
水路には、わずかな傾きという、線を引ける理由があった。
だが、この被害の偏りには、まだそんな線が一本も引けていない。
「代官が違う、それだけで、ここまでの差が出るはずがない」
リオネルは地図を見つめたまま、呟いた。
「線が、引けない」
*
「最初から、なんか変だと思ってましたよ」
カイルが腕を組みながら言った。
「あの村、綺麗すぎるっていうか。誰かが手入れしてる感じがして」
「わたしも」
フィーナが小さく手を挙げる。
「土地の感じも、やっぱり全然違いました。あっちの土は元気で、こっちの土は……なんだか、我慢してるみたいな感じがします」
「私も、同じように感じておりました」
マルタが静かに続けた。
「村の空気も、ずっと引っかかっていたのです。豊かな村には、どこか踏み込ませない緊張が。貧しい村には、怯えに近いものが」
四人それぞれが、違う角度から同じ結論に辿り着いていた。
地図の線と、痕跡と、土地の声と、人の心。
それぞれが違う言葉で語りながら、指し示す先は一つだった。
だが、その先にあるはずの「理由」だけが、どこにも見当たらない。
「これで、三つだ」
リオネルは地図に、三つの偏りを重ねて色分けしていった。
「偶然で片付けられる数じゃない。だが……」
言葉を切り、地図を見つめる。
「まだ、線が引けない
次は、入会地の件を見ておきたい」
地図の上に、線の引けない偏りだけが、静かに残っていた。




