風の狩り
態勢を整えるまで、二日を要した。
矢の補充、傷薬の準備、そして何より、フィーナと丸太を呼んで四人で作戦を練る時間が必要だった。
出発の朝、リオネルはカイルに一人での偵察を頼んだ。
「無理はするなよ」
「分かってますって」
カイルは軽く手を振り、単身で森へ入っていった。
*
半刻ほどで、カイルは戻ってきた。
「見てきました。あの塒、思ったより数がいますね」
「どれくらいだ」
「見えただけで十五、六。でも、出入りしてるのを考えると、もっといるはずです。入口は一つ、正面だけ。奥まではさすがに見えませんでしたけど、そんなに広くはなさそうです」
カイルは地面に木の枝で簡単な図を描いた。
入口の位置、周囲の岩、木々の隙間。
「見張りは、入口の左右に一体ずつ。あとは、中で寝てるのか、あんまり出てきませんでした」
リオネルはその図を、自分の地図と重ね合わせた。
「入口が一つだけなら、やりやすい」
*
少し離れた木陰で、四人は車座になった。
「正面から踏み込むと、数の多さに押される。だから、気づかれる前にできるだけ数を減らす」
リオネルは地面に描かれた図を指でなぞった。
「フィーナ、音を消せるか」
「はい、たぶん。風に、音を運ばないでって頼めば」
「頼む。近づく間、足音も、衣擦れの音も、向こうに届かないようにしてほしい」
「やってみます」
フィーナは少し緊張した面持ちで頷いた。
「マルタと私で、見張りを同時に落とす。音を立てずに、できるだけ早く」
「承知しました」
マルタがメイスの柄を握り直す。
「カイルは、少し離れた位置から援護してくれ。見張りを落としたあと、出てくる奴を順に射てほしい」
「風がある分、狙いはつけやすいかもしれませんね」
カイルはにやりと笑った。
「フィーナ、俺の矢にも、少し力を貸してくれると助かる」
「矢に?」
「風を読むのは得意だけど、お前が風を操ってくれるなら、もっと正確に飛ばせる」
フィーナは少し考えてから、頷いた。
「やってみます。上手くいくか分かりませんけど」
「それでいい」
リオネルは全員の顔を見回した。
「音を消して近づく。見張りを落とす。あとは出口を絞って、各個撃破する」
四人は頷き合い、静かに立ち上がった。
*
塒へ近づくにつれ、木々の隙間から焚き火の跡と、うずくまるゴブリンの影が見えてきた。
フィーナが目を閉じ、小さく口を動かす。
周囲の風が、わずかに向きを変えたのが分かった。
草を踏む音も、衣擦れの音も、不思議なほど静かだった。まるで、音そのものが風に吸い込まれていくようだった。
四人は身を低くし、じりじりと距離を詰めていく。
入口の左右に、見張りのゴブリンが二体。だらけた様子で座り込んでいる。
リオネルとマルタが、同時に動いた。
足音一つ立てず、見張りの背後に迫る。
リオネルの剣が一体の首筋を正確に貫き、マルタのメイスが、もう一体の頭を一撃で沈黙させた。
どちらも、声を上げる間すらなかった。
*
だが、そこまでだった。
塒の奥から、異変を察したのか、次々とゴブリンが姿を現し始める。
「来ます」
マルタが構え直す。
狭い入口に、ゴブリンたちが殺到してきた。
リオネルとマルタが並んで前に立ち、押し寄せる敵を受け止める。
入口の狭さが、数の利を殺していた。一体、また一体と、二人の武器が薙ぎ払っていく。
その隙間を縫うように、矢が飛んだ。
カイルの放つ矢は、いつもよりわずかに軌道が滑らかだった。
風がほんの少し、矢筋を後押ししているのが分かる。
狙った通りの位置――ゴブリンの喉元、目、関節の隙間へ、次々と突き刺さっていく。
「フィーナ、いい感じだ」
「無理しないでくださいね、加減、まだよく分かってなくて」
「十分だ」
カイルは軽口を叩きながらも、矢継ぎ早に射続けた。
*
数が減り始めると、ゴブリンたちの動きに焦りが見え始めた。
一体が横合いから回り込もうとするが、フィーナが足元の地面をわずかに隆起させ、体勢を崩させる。
その隙を、マルタのメイスが逃さなかった。
「まだ来る」
リオネルが正面の一体を斬り伏せながら、奥を見据える。
塒の中から、まだいくらかの気配が残っていた。
だが、その勢いは明らかに衰えていた。
最後の数体が、入口に折り重なるように倒れたところで、周囲は静かになった。
*
「……終わった、か」
カイルが弓を下げ、大きく息を吐いた。
リオネルは剣を鞘に収め、塒の中を覗き込んだ。
思ったより狭い。焚き火の跡、寝床代わりの枯れ草、食い散らかされた骨。
やはり、腰を据えた巣というより、当座の拠点という印象だった。
「これで、村の被害は収まりますね」
マルタが、血の跡を布で拭いながら言った。
フィーナはその場にへたり込み、大きく息をついていた。
「疲れました……音を消し続けるの、思ったより大変です」
「よくやってくれた」
リオネルはフィーナに手を貸して立たせながら、塒をもう一度見渡した。
地図に、この場所と結果を書き加える。
被害の点は、これで一つ消える。
だが、あの被害の偏り――エリオット側にばかり集中していた事実は、まだ何も解決していなかった。
*
村へ戻ると、村人たちが安堵の声を上げた。
「本当に、やってくださったんですね」
「エリオット様が、諦めずに掛け合ってくださったおかげです」
村人の一人がそう言うと、エリオットは少し驚いたように目を瞬かせた。
「私は、何も……」
「何年も、ずっと訴え続けてくださってたじゃないですか。私たち、ちゃんと分かってましたよ」
エリオットは何か言おうとして、結局、小さく頭を下げるだけに留めた。
その横顔に、これまでとは違う色が浮かんでいるのを、リオネルは見た気がした。
*
帰り道、馬を並べながら、リオネルは地図を思い返していた。
水路の偏り。豊かさの偏り。そして、モンスター被害の偏り。
三つの点は、同じ方角を指し始めていた。
だが、それを言葉にするのは、まだ早い。
もう一度、確かめなければならないことがある。
ゴルド側の村に、本当にモンスターの被害はないのか。
その答えを、この目で見るまでは。




