第24話 入学許可
一人暮らしと勉強を両立させながら、未輝はファウンデーションコースを修了した。
簡単ではなかった。
課題に追われ、思うようにいかず、何度も立ち止まった。
ひとりの部屋に戻れば、静けさに息が詰まりそうになる夜もあった。
それでも未輝は、途中で投げ出さなかった。
大学の入学許可がおりたことがわかった瞬間、未輝はしばらく動けなかった。
うれしい、と思うより先に、胸の奥が静かにほどけていくような感覚があった。
ここまで来られたこと。
途中で投げ出さなかったこと。
ひとりで考えて、迷って、それでも進んできたこと。
その全部が、ようやくひとつの形になった気がした。
未輝は椅子にもたれ、ゆっくり息を吐いた。
窓の外は、いつもと変わらないロンドンの空だった。
曇っていて、少しだけ光が鈍い。
けれど今日の未輝には、その見慣れた景色が少し違って見えた。
しばらくしてから、未輝はスマートフォンを手に取った。
誰に最初に伝えたいかと考えて、すぐに未沙の顔が浮かんだ。
少し迷った。
こんなふうに自分から電話をかけるのは、なんとなく照れくさい。
けれど今日は、声を聞きたかった。
発信ボタンを押す。
呼び出し音が数回続いたあと、電話がつながった。
「もしもし」
聞こえてきたのは、いつもと変わらない未沙の声だった。
それだけで、未輝の肩から少し力が抜ける。
「……大学、入学できるよ」
一瞬の間があった。
「そう」
未沙はそれだけ言って、少しだけ笑った気配をにじませた。
大げさに喜ぶでもなく、泣くでもなく、ただ当然みたいにそこに立っている。
その静けさが、未輝にはありがたかった。
「よかったわね」
「うん」
「頑張ったものね」
「……うん」
その短いやりとりだけで、胸の奥がまた少し熱くなる。
褒めちぎられるわけでもない。
感動的な言葉が並ぶわけでもない。
それでも、未沙の声にはちゃんと、未輝がここまでやってきた時間を受け止める響きがあった。
少しの沈黙のあと、未沙が言った。
「じゃあ、残るのね」
「うん」
「決めたの」
「決めた」
「そう」
反対も、引き止めもしない。
未沙はそのあと、家賃のこと、治安のこと、通学時間のことを順に聞いた。
今の部屋をそのまま使うのか。
大学までどれくらいかかるのか。
夜道は大丈夫そうか。
生活費はどう見積もっているのか。
どれも現実的なことばかりだった。
けれど未輝は、そのひとつひとつにかえって愛情を感じた。
喜びを大きく言葉にしなくても、心配してくれていることはわかる。
浮ついた祝福ではなく、これから先の生活ごと受け止めようとしてくれているのだとわかる。
自分の選んだ道を、自分の選んだ暮らしごと、認めてもらえた気がした。
「無理しすぎないでね」
最後に未沙はそう言った。
「うん」
「困ったらちゃんと言いなさい」
「……うん」
「でも、まずは自分で考えなさい」
「わかってる」
未輝がそう返すと、電話の向こうで未沙が少しだけ笑った。
「ならいいわ」
通話が終わったあともしばらく、未輝はスマートフォンを手にしたまま座っていた。
うれしかった。
ちゃんと、うれしい。
けれどそれ以上に、胸の奥に残っていたのは、静かな安堵だった。
認めてほしかったのは、結果だけではなかったのかもしれない。
大学に入れたことだけではなく、そこへ行きたいと思ったこと。
残ると決めたこと。
ひとりで暮らしながら、自分で選んでここまで来たこと。
その全部を、未沙に静かに受け止めてもらいたかったのだ。
未輝は窓の外を見た。
この街で暮らしはじめた頃には、何もかもが借り物みたいに思えた。
言葉も、部屋も、毎日の生活も、自分のものになりきらない気がしていた。
けれど今は少し違う。
まだ不安はある。
この先だって、迷うことはきっと何度もある。
それでも、自分で選んで、自分で進んできた道の上に、今ちゃんと立っている。
未輝は机の上に置いた書類へ目を向けた。
入学許可の文字は変わらずそこにある。
ここが終わりではない。
むしろ、ここからまた始まるのだろう。
それでもいい、と未輝は思った。
この先もまた、自分で選び続けていくのだ。
迷いながらでも、立ち止まりながらでも。
それでも、自分の足で。
未輝は静かに目を閉じ、もう一度深く息を吸った。
胸の奥には、確かな手応えのようなものが残っていた。




