1-6.沈黙の惑星
レムリアス船内:休憩室――
「こいつぁ……なんだ?」
“休憩室”と呼んではいるけど、元は格納庫だ。その一角に段差を付けて、“畳”を敷き詰めている。
「この辺りじゃ珍しいでしょ? “小上がり”っていうのよ。ブーツを脱いで上がってね。敷いてあるのは、“畳”っていってね、サクラミヤ星系で手に入れたのよ。香りが心地よくて――」
なんだか“懐かしい”想いが湧いてくる、あたしのお気に入りの空間――。
「なるほどー、サクラミヤ星系か。変わった文化があるって聞いたことがある」
小上がりの中央には円形のちゃぶ台。
隅に積んであった座布団を二枚、ちゃぶ台を挟んで配置する。
「いつもは緑茶でくつろいでるんだけど、今回はコーヒーで。ちゃんと豆を挽いて淹れてるから、本物のコーヒーよ。どうぞ、召し上がれ♪」
「ぉお~良い香りだ! やっぱり、合成モノとは違うな。頂きます(ずずずーっ)」
喜ぶギルバートの顔を眺めていると、胸の奥がキュンとする。
あたし、ホントにどうしちゃったんだろう。
結構なおじさんなのに。
既婚者なのに――。
「ところでセレスは、ずっとリリスと二人きりで運び屋やってるって言ってたよな? まだ若いのに、なんだって……あー、すまん。ジャーナリストなんてやってると、なんでも根掘り葉掘り聞きたくなっちまって」
「ううん、平気よ。あたしは――」
コールドスリープで眠ったまま、レムリアスで漂流していたこと。過去の記憶がないことや、銀河連邦保安局に頼れる“お友達”がいることなどを、かいつまんで話した。
「――で、色んな星系を渡り歩いて、今はエルラド星系を拠点にしてるってわけよ」
「へぇ――……。レムリアスが凄い理由は謎ってわけか。この宇宙のどこかに、すんごい進んだ文明があるってことだよな……ロマンだね」
「そうね。あちこち飛び回っていれば、いずれ辿り着けるのかもって思ったのも、運び屋を始めた理由のひとつだったかも」
「でも、良いなぁー。星々を渡り歩く生活かぁ――。憧れるよ」
この先、ギルバートと一緒に飛び回れたら……なんて、考えちゃダメよね。
「ギルだって、あちこち飛び回ってたみたいだけど、ホームはどこなの?」
「今は根無し草だよ。飛び回ってネタを仕入れて売って、また飛び回っている……そう言ってしまえば、似たようなもんか」
一瞬、ギルバートは悲しそうな儚い表情を見せた。
「やっぱり、飛び回ってるんじゃない。それに根無し草って……その、お、奥さんは?」
あ――言っちゃった。ずっと気になってたから、つい勢いで――。
「奥さん? ……あー! コレか」
ギルバートは胸元から、リングの付いたネックレスを引っ張り出した。
「騙すつもりじゃなかったんだが、実はもう居ないんだ。正式に結婚してたわけじゃないし、な」
そう言いながら、ネックレスのチェーンを掴んでいた指を開くと、小さ目のリングが滑り落ちた。
二つのリングが触れ合い、チャリっと澄んだ音色を響かせる。
(え? それって……つまり……)
胸の奥が軋む。それと同時に熱い気持ちが湧きあがる。
「ぁ……ごめんなさい、あたし……余計なこと聞いちゃって……」
「いやいや、気にするこたぁ無いさ。俺の方こそ、なんだ……すまなかった」
(そっか――……そうなんだ)
きっと悲しい別れ方をして、まだ忘れられずにいるんだ。
でも、ということは、つまり、あたしが好意を抱いていたとしても、咎められることは無いってことよね。
「ねぇ、ギル。モルディに着いたら、そのあとの――」
あたしのか細い声を遮るように、リリスの声が響いた。
『マスター、惑星モルディに接近したのですが、すこし問題が発生しております。コクピットにお戻りください』
「え……問題って……なんだろ? とりあえず戻るわね。ギル、コーヒーカップをあそこの洗浄機に入れておいてくれる?」
「おうよ。片付けたら、俺もコクピットに向かうぜ」
(ここからってときに何なのよー、もう!)
☆
レムリアス船内:コクピット――
「リリス、何があったの?」
『おくつろぎのところ申し訳ありません、マスター。モルディ宇宙港の管制官に通信を送っているのですが、応答がありません』
「え――……どうしたのかしら。通信機器の故障とか?」
『レムリアス側は問題ありません。モルディ宇宙港側は、一部の通信設備が故障したとしても、いくつかの代替手段が用意されているはずなので、通信機器の故障が原因とは考えにくいです』
「……無断で降りるわけには、いかないわよね」
『そうですね。リゾート惑星として栄えているモルディには、強力な対宙自動防衛システムがあったはずなので、最悪の場合、レムリアスの装甲でも撃ち抜かれる可能性があります――』
「宇宙港以外に連絡が取れる施設とか、無いかしら? この際だから、軍事用プロトコルも当たってみて」
そのとき、ギルバートがコクピットにやってきた。
「おいおい、軍事用プロトコルってなぁ、穏やかじゃないな。何があった?」
手短に状況を説明する。
「なるほどな……ホントに穏やかじゃない事態が起こってそうだな」
『マスター、銀河連邦ゼル星系方面軍から応答がありました』
「メインモニターに回して」
襟を正して、背筋をピンとしたところで、メインモニターには軍人らしい厳ついオジサンが大きく映し出された。
『あー、あー、こちらは銀河連邦ゼル星系方面軍所属、特務艦アリアード。艦長のヴォルフ・クルーガーだ。貴艦の識別コードと目的を即時送信せよ』
見た目どおり、威圧的な艦長さんだわ。
「こちらは貨物船レムリアス。船長のセレスティナ・エシュタールよ。識別コードを送信するわ。目的は、依頼された荷物のお届け、よ」
『……識別コードを確認した。“あの”レムリアスと対面できるとはな。して、荷物とは? 今この宙域は渡航規制中のはずだが?』
「この船をご存じのようで光栄だわ。至急案件でお届け物を運んできたんだけど、惑星モルディと連絡が取れなくて困っているのよ。何が起こってるのかしら?」
『うーむ……いち民間人に情報を漏らすわけにはいかんのだが、我々も今、それを調査するために、ここに居る……とだけ言っておこう』
ここで、銀河連邦保安局 情報部 統合本部長シリル・ハーシュの名を出せば、色々と聞き出せるかもしれないけど、それは最終手段ね。なんとか穏便に――
思いあぐねいていると、ギルバートが割り込んできた。
「いよぉ~、ヴォルフ艦長。ご無沙汰だな」
『き、貴様は……サイレント・ハウンド! 生きていたのか!?』
(え? お知り合いなの? サイレント――……なに?)
「なんだよ、どんな噂が立ってたのか聞かせてほしいもんだな。ごらんのとおり、俺ぁピンピンしてるぜぇ。それぁそうと、ここはひとつ、協力してくんねぇかな~。昔のよしみってやつでさ。ヴォルフ艦長?」
『ぐ……く……しかしー、貴様だけならまだしも、民間人を危険に晒すわけには――……』
(危険? やっぱり何か情報を掴んでいるようね。しかたない……)
「ヴォルフ艦長~? あなたが軍規に忠実で、軍人の鑑のような立派な方だということは理解したわ。そして、あたしの船、レムリアスを知ってたってことは~、当然あたしのこともご存じですわよね?」
『……………………』
「ふぅ――……久しぶりに、《《お友達》》に連絡してみようかなぁー……積もる話も出来ちゃいそうだしぃ――……」
『くそっ! わかったわかった! 何が知りたいのか言ってみろ!っと、その前に、秘匿回線に切り替えるから、ちょっと待ってろ!』
顔が真っ青になったと思ったら、今度は真っ赤になって怒鳴るように了承してくれた。
やっぱり、シリルの後ろ盾があることを知った上で、協力を渋っていたんだ。
つまり、それだけ危険な状況ってことね。一応、民間人であるあたしを危険に晒したくないというのは本音みたい。
見た目に反して、根は優しい人のようね。
「セレス、お前の“友達”ってのは……」
「ふふふっ、それなりに“偉い人”、みたいよ?」
『あー、あー、聞こえるかー? どうぞー』
「はぁーい、良好よ。さてと、早速だけど――……現状、把握できていることを教えて頂戴」
ヴォルフ艦長は最初こそ渋々と憎々し気だったが、次第に軍人の顔になって詳細を語ってくれた。
まず、惑星モルディでは、数日前に大規模な暴動が勃発したらしい。
何に対して、何を求めてかは不明。モルディ政府は暴徒鎮圧のため、軍へ協力を求めたそうだ。
最初の軍事介入から数日後、投入された部隊との連絡が途絶した。
増援としてヴォルフの艦が派遣され、状況確認のために揚陸艇を降下させたが――
自動防衛システムの質量弾によって撃墜されたらしい。
軍の識別信号を出していたにも関わらず、だ。
ヴォルフは即座に宙域の封鎖を指示し、残存艦を静止軌道まで後退させた。
同時に、惑星軌道上の軍事衛星を掌握し、観測データと信号記録の解析を始めた。
そこへ、あたしたちが現れた――というわけだ。
「なるほどね……ただの暴動じゃなさそうね。あたしからの《《お願い》》は二つ。
一つ目は、自動防衛システムについて、詳細なデータを提供頂けるかしら?
二つ目は、レムリアスだけで惑星モルディへ降下するのを許可してくれる?」
『なんだって!? 話を聞いていたか? 連邦宙軍の揚陸艇が一撃で撃墜されたんだぞ!? それをそんな……輸送船で無事に降りられるわけが!!』
ギルバートも『何考えてんだ?』と言わんばかりの表情を向けてくる。
どうやら、レムリアスに秘められた能力の一端をお披露目する時がきたようね。
「防衛システムの正確な位置さえわかれば、あとは簡単よ。攻撃を避けながら降下して、防衛システムを壊さないように無力化するわ。あたしたちが無事に宇宙港に降り立つことができたら、ヴォルフ艦長たちはゆっくり安全に降りてくればいいのよ」
ギルバートは隅っこの端末で、リリスと何かひそひそと話し合っている。
『そんな無謀な作戦……いや、作戦なんて呼べるもんじゃない、自殺行為だ! 無謀な特攻を許可できるわけないだろう!? いくら何でも――』
そこで、ヴォルフ艦長の言葉を遮り、ギルバートが割って入る。
「あー、ヴォルフ? うちのキャプテンは言い出したら止まらねぇぜ。あんたが許可を出せないってぇんなら、例の《《お友達》》に話を通すまでだ。な?」
リリスに何を入れ知恵されたのか、自信たっぷりのキメ顔で畳みかけている。
『き、貴様まで!? どうなっても知らんぞ!? 責任は持たないからな!』
「わぁ♪ ありがとう~ヴォルフ艦長。顔に似合わず、良い人なのね」
『ちっ……座標データはあとで送信する。降下を始める前に連絡されたし……以上! 通信終わり!』
ブツン――
(ふぅ――……さてと、あたしも久しぶりに気合入れていかなきゃ)
視線に気付いて横を向くと、ギルバートが情けない表情で口をパクパクしている。
「セレス……ティナさん? リリスは『大丈夫』って言うけれども、どうなの?」
「ま、なんて顔してんのよ、ギル……いや、サイレント――……ハンドさん? 多分、何とかなるわよ。防衛システムの攻撃がどんなに強力だったとしても――」
「“サイレント・《《ハウンド》》”!……防衛システムの攻撃が強力だったとしても?」
「当たらなければ、問題なし! リリス、サポートは任せたわよ?」
『承知しました、マスター。私も久しぶりに本気で臨みます』
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うろたえるギルバートを横目に、あたしの心は不思議なほど静かだった。




