学園生活に図書館は外せない
休み時間、二人の生徒がリンに気さくに話しかけてきた。
「私はエマ、よろしくね!」
明るく元気な女生徒だ。好奇心の強そうな、大きな緑色の瞳が興味津々にリンを見つめている。
「僕、は……カナタ。よろしく」
少し俯きながら、眼鏡をかけた男子生徒がぺこりと頭を下げた。
「私はリン。よろしくお願いします!」
リンもにっこりと微笑んで自己紹介をする。
「同年代なの、この三人だけだよね」
「確かに、みんな歳上だね……」
カナタは眼鏡の位置を直しながら、周りをきょろきょろと見回した。
魔法学園は、一般的な学校とは少し異なる。年齢に関わらず純粋に魔法を学ぶ場であるため、生徒の中には自分の祖父ほど年離れた人物も交ざっていた。
「あ、あの女の子、確か最年少の入学者だよ」
エマの視線の先にいたのは、十歳ほどに見える少女だった。ツインテールの金髪が可愛らしい。
「私、ちょっと話しかけてくる!」
エマは根っからの社交家らしい。あっという間に少女の元へ駆け寄っていった。
「カナタとエマは、元々知り合いなの?」
リンがカナタに質問すると、カナタは一瞬リンと目が合ったものの、恥ずかしそうにすぐに視線を逸らした。
「ううん。僕もさっき、エマに話しかけられたばかりなんだ」
「二人とも—!」
エマが少女を連れて戻ってきた。
「はじめまして。……ライラです」
自己紹介をする間、リンはライラから目が離せなかった。肩まで伸びたクルクルの金髪に青い瞳、まるで……
「ライラって、お人形さんみたい!」
思わず呟いたリンを、ライラがぎょっとした目で見た。
「そんなこと! ないです……」
そのまま俯いてしまった。照れ屋なのかもしれない。
「年齢も近いし、クラスも一緒なんだから、みんな仲良くしようね!」
エマがニコニコと話していると、次の授業を告げるベルが鳴り響いた。
◇
ヒーラーを目指す者は、「回復魔法」の授業を選択する。リンの目的もまさにこれだ。
一方、エマ、カナタ、ライラの三人は「一般魔法」を選択していた。こちらは主に攻撃や防御の術を学ぶクラスである。
入学から二週間、学園生活にも慣れてきた。同世代の四人は、お昼や休み時間に一緒に過ごすことが増えていた。
授業には魔法の歴史、魔力の構造、魔法陣の成り立ちといった座学も含まれる。リンは難しい専門用語が出てきたり、複雑な計算が必要になると途端に躓いてしまう。
その反面、実践である回復魔法の授業では目覚ましい才能を発揮していた。
私は感覚で覚えるタイプなんだな。座学もちゃんと勉強しないと置いていかれちゃう……
「どーしたのリン? 眉間にシワが寄ってるよ〜?」
エマがひょっこり顔を覗き込んできた。
「座学の授業でどうしても分からないところがあって、どうしようかなって……」
「わかる! 私も計算のところが全然意味不明〜! ねぇ、カナタって頭良さそうよね?」
突然振られたカナタは、慌てて手を振る。
「ええ!? そ、そんなことないよ……」
「カナタ、ここ分かる?」
リンが教科書の一節を指差し、縋るような目で見つめた。
「うん。ここはね、この一つ前の公式を当てはめて考えると……」
「なるほど……!」
カナタの分かりやすい説明に、リンはパッと表情を明るくした。
「カナタ、リン! 図書館で勉強会しようよ!」
エマの思いつきの提案で、三人で図書館へ向かうことになった。静かな館内へ足を踏み入れると、そこにはライラの姿があった。何やら分厚い専門書を、恐ろしいほどの真剣さでめくっている。
「ライラも一緒にやる? 勉強会!」
リンがそっと声をかけると、ライラは本から目を離さずに言った。
「私……分からない所、ないから」
「えぇぇぇ!?」
「エマ! 静かに!」
カナタが焦ってエマの口を慌てて塞ぐ。
「ご、ごめん……! ライラ、それならぜひ参加して私たちに教えてください!」
「ライラ、私たちを助けてー!」
拝むように頭を下げるエマとリン。
「……え?」
こうして四人は、週に一回図書館で勉強会を開くことになったのだった。——主に頭を抱えるエマとリンのために、だが。
◇
その日の放課後、リンが屋敷へ帰宅すると、マドカが玄関で待っていた。
「リン様、少々お時間よろしいでしょうか」
「はい……」
いつになく真剣で張りつめたマドカの表情に、リンも自然と背筋が伸びる。
レイの執務室へ通されると、レイはデスクで何やら大量の書類に目を通していた。
「やあリン、おかえり」
紫の瞳がリンを捕らえ、柔らかく目を細める。
「ただいま、レイ」
「では早速ですが、本題に入りましょう」
マドカが真面目な声で切り出した。
三人がソファに腰掛けると、マドカが静かに口を開く。
「例の凶悪な魔法使いの弟子が、魔法学園に通っているという情報を掴みました」
「魔法学園って……」
「はい。リン様が通われている、まさにあの学園です」
レイや騎士団が総力を挙げて敵を追う中、数日前に齎された極秘情報——『指名手配中の男の弟子が、学園内に潜伏している可能性がある』。
「ええ!?」
「どんな弟子なんだい?」
レイが鋭い目つきで尋ねる。
「詳しい容姿まではまだ……しかし、性別は『男』だという情報です。学園には三つのクラスがありましたね?」
マドカが手元に広げた名簿らしき紙に目を落とす。
「はい。でも、他のクラスの生徒のことはまだあまり……」
「非常に危険だ。リンの入学前に分かっていれば、通わせなかったのに……」
レイは頭を抱えて深いため息をついた。
「私……学園、辞めなきゃいけないの……?」
リンは不安そうにレイを見上げた。
せっかく憧れていた、みんなとの楽しい学園生活なのに……
「……私としては、リンをそんな危険な場所に一秒たりとも置きたくない。だが……そんな可愛い上目遣いで見つめないでくれ」
レイは弱り切った表情でリンを見つめ返した。
「コホン。レイ様、リン様、私に一つ考えがあります。聞いていただけますか?」
マドカの言葉に、二人はハッと視線を向けた。
「このままリン様には学園に通い続けていただき、何か不審な者がいないか、内部から私どもに情報を共有していただく……というのはいかがでしょう? 多少の危険は伴いますが、潜入の手がかりを得る絶好の機会でもあります」
「しかし、もしその弟子にリンが探っていると感づかれたら……」
「私、やります! 学園を辞めたくないですし!」
リンはピンと元気に手を挙げ、やる気満々だ。
「レイ、お願い! 絶対に危ない真似はしないから!」
「うーん……でもなぁ……」
「お願い!」
「……はぁ。少しでも危険だと判断したら、すぐに中止させるからね?」
「ありがとう、レイ!」
リンは歓喜のあまり、勢いよくレイに抱きついた。……そして一瞬遅れて自分が何をしたかに気づき、赤くなって慌てて離れようとしたが、すかさずレイの腕にガッチリと抱き止められた。
「うぐっ……!」
まったく……お転婆な姫君だ。
レイは呆れつつも、嬉しさを隠しきれない笑みを浮かべて承諾したのだった。
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