学園祭 後編
そろそろ休憩時間が終わる。
「ライラ、衣装すごい似合ってる……!」
控え室でライラを見守っていたリンが、衣装に身を包んだ彼女を見て目を輝かせた。
「うぅ、ありがとう……」
ライラが引きつった笑いを浮かべる。
「ライラ、緊張するよね? でも大丈夫! セリフを忘れたら私を見て!」
エマは胸をドンと叩くと、大きな紙を見せた。
「ここにライラのセリフを書くから! 任せといて!」
「……うん。ありがとう」
暗転している会場で、そのカンペは果たして見えるのだろうか——そんな疑問は浮かんだものの、ライラはエマの真っ直ぐな優しさに少し気が楽になった。
「突然の代役、引き受けてくれてありがとう! 僕がリードするから頑張ろう!」
カナタがライラを励ます。
「うん!」
「じゃあ、私は客席で応援してるね!」
リンは手を振り、席へと戻っていった。
ライラが舞台袖からそっと客席を覗くと、客席は満員である。ライラは大きく深呼吸し、心を静める。
リンが席へ戻ると、先ほどリンが座っていた席には……
「レイ!」
黒猫が寝そべっていた。
「……」
レイは椅子から降り、リンが座ると膝に乗ってきた。
「この子あなたの猫ちゃん? 席取っててくれるなんて、偉いわねぇ?」
隣に座っていた婦人が感心している。
「あはは……そ、そうなんです。賢い猫でして……」
こんなに盛況なのである。リンは早い者勝ちの席取り合戦の事をすっかり忘れていた。
「レイ、ありがとうね」
リンはそう言ってレイを撫でる。レイは満足そうに瞳を細めて再び寝そべった。
「これより、『伝説の魔導士』後半を上演いたします」
アナウンスが流れ、会場が暗転する。盛大な拍手とともに幕が上がると、そこにはライラが一人、舞台の中央に立っていた。
ライラ! 頑張って……!
祈るように見守るリン。姫役のライラは、真っ直ぐ前を見て力強く話し始めた。
「魔導士様が、きっと助けに来てくださるわ。私は……あの人を信じています」
ライラの演技は、急遽の代役とは思えないほど観客の心に響き、惹きつけた。観客の誰もが、固唾を飲んでステージを見つめている。
「姫様!」
そこへ、魔導士役のカナタが颯爽と登場する。劇はクライマックス、魔法での戦いも佳境である。
「来たな……!」
悪の騎士が豪快に剣を振り、カナタ魔導士が本物の防御魔法で弾く。さらに炎を散らせる演出に、観客からは大きな歓声が上がった。
「わぁ」
思わず声が漏れるリンと、そんなリンをじっと見るレイ。
激闘の末、悪の騎士は倒され、ライラ姫は見事に救い出された。まさに感動のラストシーン——というその瞬間、照明のライトが突如消えた。
「あれ?」
演出? でも……
リンは焦っているエマを見つけた。これはハプニングだ。せっかくの劇をこんな形で終わらせてしまうのは悔しい。でも、どうやってライトを復旧させたらいいのだろうか。
「レイ……どうしよう」
リンがこっそりレイに囁く。すると、レイはそっとリンから降りると、暗闇の中へ走って見えなくなった。
会場は少しざわつき始めている。ステージ上では、カナタもライラも困惑しながらその場にとどまっている。
ドン!
小さい破裂音のような音が聞こえたと思うと、ライトがパッと付いた。ステージ上の演者がホッとした表情をし、自然な流れで演技を再開する。
良かった……。
照明器具が並ぶ高所の暗がりに、一瞬だけ怪しく光る人影が見えた気がした。おそらくレイであろう。
劇は魔導士が姫を見事救い出し、二人が手を繋ぎ、見事に結ばれるシーンを迎えている。その時、天井から会場全体にキラキラとした光の粒が舞い降りてきた。
「キレイ!」「……凄いなぁ」「魔法の光?」
リンも思わず手を伸ばす。
「雪?」
ライトの光を浴びて幻想的に輝いているのは、本物の小さな粉雪だった。なんてハッピーエンドに相応しい演出だろう。
大きな拍手で静かに幕が下りる。リンも胸をいっぱいにしながら、惜しみない拍手を送るのであった。
◇
学園祭の終わり——それは夜空を彩る花火だ。
演劇の成功を喜び、出演者たちが賑やかに打ち上げを行っている。
「カナタかっこよかったよ! ライラもすっごく上手だった!」
リンは二人を激励すると、そっとエマに話しかけた。
「エマ、落ち着いて聞いて欲しいんだけど……実は、ロン殿下が来てる」
「ええええ!」
エマが悲鳴を上げる。
「ちょっと、静かに!」
「ご、ごめん……! でもどうして?」
混乱するエマに、リンはニッコリと微笑みかける。
「私も分からないけど、劇を見てるお姿を見かけの。それで、エマに伝言!」
「伝言?」
「教室にいるから、来てほしいだって」
「へ……!?」
エマは目を丸くしたまま固まっている。
「ほら、早く行って! 殿下を待たせちゃ大変でしょ?」
リンに背中を押され、エマは混乱したまま校舎へと駆け出していった。
見送るリンの足元にそっと現れる黒猫。リンは屈み込むと黒猫へ話しかける。
「レイ、伝えたよ。コレでいい?」
黒猫レイはコクリと頷いた。
◇
エマは教室へ足を踏み入れる。見慣れているはずの教室は、すっかり陽が落ちて薄暗く、どこか全く別の空間のように思えた。
「エマ殿、急に呼び出してしまってすまない」
そこには帽子を目深に被り、ラフな私服のロン殿下が一人で佇んでいた。
「ロン殿下……!」
「控え室に向かおうかとも考えたんだが、劇の仲間たちと打ち上げ中だったから、少し遠慮した」
「どうされたんですか? あ、すみません私こんな格好で……」
「ふふ、また敬語になっているよ」
「あ……!」
「少し息抜きだよ。それに——エマ殿の顔も見たかったし」
まっすぐに見つめられ、エマの心臓が跳ね上がる。照れくささを隠すように、エマは小さく呟いた。
「……私も、ロン殿下に会えて嬉しいです」
ド———ン!
一際大きな音が響き、夜空が大輪の花火で染まった。エマの言葉は花火の音でかき消される。
「……花火、始まったね」
ロンが優しく目を細める。
「……はい!」
エマもロンを見つめ返し、パッと花が咲いたような笑顔を向けた。
二人は並んで窓辺に立ち、次々と夜空へ打ち上がる花火を静かに見つめるのだった。
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