学園祭 中編
演劇『伝説の魔導士』が始まった。観客全員がステージを見つめる中、リンはチラチラとレイを見て、ステージを見るという落ち着かない状況に陥っていた。
気づかなければよかった……。
おそらくロン殿下の護衛なのだろうが、自分を主人公にした劇を観るのは、どういう心境なのだろうか。リンは一人でハラハラしていた。
ステージ上のカナタは、伝説の魔導士さながらに魔法を惜しみなく使って、迫力満点にドラゴンと戦っている。勇敢に戦うその姿は、魔導士というよりどこか騎士に近い。
きっと、お兄様の影響ね!
「私に勝てると思うのか!」
「ふん! このお姫様がどうなってもいいのか?」
悪の騎士のてによって姫を人質に取られてしまう魔導士カナタ。
「魔導士様……!」
姫が悲痛な声で助けを求める。心なしか声が少し枯れているような気がした。
「卑怯者め! 姫、必ずやお救い致します!」
カナタの力強いセリフで前半が締めくくられ、盛大な拍手とともに幕が下りた。しばらく休憩を挟んでから後半が始まる手はずだ。
リンは拍手を送りながら、レイを探すが……劇に夢中になっている間に彼の姿は消えていた。
どこ行ったんだろう?
ロン殿下とマドカは、立ち上がる人混みに混ざって席を立ったようだ。
「カナタすごく上手だったー!」
ライラが感動に目を輝かせている。
「そうだね! エマの演技指導も良かったんだろうね!」
「リン、ライラ!」
そこへ、舞台裏からエマがこちらに駆け寄って来た。
「エマ!」
「劇、すごくいいよ! 後半も楽しみに……」
「ちょっと来て!」
「へ?」
言葉を挟む間もなく、二人はエマに手を引かれて舞台裏へと連れ込まれた。
「どうしたの?」
ライラが訊ねる。
「それがね……」
エマは声を潜めて切り出した。
「姫役の人が、声が出なくなっちゃったの!」
「え、なんで……?」
「ずっと連日練習で、朝から咳も出てたのよ……無理し過ぎたのね……」
舞台裏では、姫役の女生徒は座り込んでいた。小柄な金髪の姫は、悔しそうに喉をおさえている。
「私、ヒーラーです。回復魔法を施してみてもいいでしょうか?」
リンが女生徒へ訊ねると、彼女は大きく頷いた。
リンが喉に手をかざして回復魔法を施す。温かい光が首元を包み込み、やがて消えた。
「いかがでしょうか?」
「……あ、あー! 声出るわ! でも……この大きさが限界みたい」
か細い声は出せるが、広い舞台全体に響かせるほどの声量は望めそうにない。何より、これ以上無理をさせれば完全に声を潰してしまう。
うなだれる女生徒。そこへカナタがやって来た。
「やぁ、リン、ライラ!」
「カナタ! 魔導士様役すごく様になってるよ!」
「うんうん。すごく努力したんだねえ」
「カナタ、でも……姫役の彼女が……」
エマが沈んだ声で報告する。
「そうか……」
カナタも険しい顔だ。みんな厳しい練習を頑張ったのだ。最後までやり遂げたいに決まっている。
「金髪で小柄な美少女か……」
ぽつりと呟いたカナタは、ハッと顔を上げてライラを見
「ライラ! 君、代役やってくれないか!?」
「ええ!」
ライラは目を白黒させている。
「ライラ物覚えいいから、セリフ覚えられるでしょ? 見た目も完璧だよ!」
カナタが推しに推している。集まって来た劇の出演者も大きく頷いている。
「それは名案だわ! ほら、ライラこっち来て!」
エマもすっかりその気のようだ。
「待って! 私には無理だって……」
「お願いっ! この劇、きっと成功させてね……!」
姫役の女生徒からも切実なお願いをされ、逃げ場を失うライラ。
「リン助けてぇぇぇ!」
ライラの叫び声はよく響いた。あの声量なら間違いなく客席の最後列まで届くだろう。
「ライラ……頑張って!」
リンは、連行されていくライラにそっとエールを送るのだった。
◇
その頃、ロン殿下とマドカは屋台巡りを満喫していた。
「このカラフルなドリンクは何だい?」
「栄養ドリンクです。ヒーラーのクラスで出店しております」
店番のシスターがロン殿下の顔を見るなり、一瞬見惚れる。
「これをもらおうか」
「じゃあ私も一つ……痛っ! 氷?」
マドカが頭を押さえてそっと振り返ると、少し離れた物陰から一匹の黒猫がジッとこちらを睨みつけていた。
「すみません、やっぱり私は二つください」
そうか、ヒーラーのクラスってことはリン様の……。レイ様も飲みたかったんだな。
マドカは苦笑しながらドリンクを受け取る。手渡したシスターは頬を赤らめていた。
「学生に戻ったみたいで楽しいね」
ロンは上機嫌で学園祭を楽しんでいる。
「ロン、そろそろ教会へ戻ろう」
「もう少し時間あるけど?」
マドカは周囲を見回した。明らかにこちらを見ている生徒や客が増えてきている。身長が高く華のある二人は、どうしたって目立ってしまうのだ。
これで王太子殿下だと身バレしたら、大変なことになる……!
マドカはマイペースな主君を半ば強引に連れ出し、足早に歩き出した。その後ろを、黒猫がしっぽを揺らしながらそっと付いて行くのであった。
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