猫の事情
家に戻ると、クロは二人に事情を話した。
「私は魔導士だ。名前はレイ。一年前に呪いによって猫にされてしまってね。その時、拾ってくれたのがリンだ。本当にありがとう。あのままだったら私は死んでいたよ」
クロもとい、レイが頭を下げる。
「お礼を言うのは私の方です。村と私達を守ってくれてありがとう」
リンとマーサが頭を下げる。
「なぜ急に人に戻れたの?」
リンが質問する。
「おそらく、リンの力だと思う」
「私?」
回復魔法は使えるが、呪いを解いた事はない。呪いを解けるのは、教会にいるヒーラーの中でも上級のシスターくらいである。
「リンとスキンシップをする度に、だんだん力が戻っていく感覚がしていた」
「だって猫だったから……!」
穴があったら入りたい!
リンは恥ずかしくて顔を手で隠した。マーサは恐縮している。
「クロが魔導士様だったとは……!」
「魔導士って、都でお仕事している?」
リンは話題を変えたいと、マーサに訊ねる。
「政のあれこれを決めたり、暦を管理したり、怪物を倒したり、国の偉い人達のことです!」
魔導士は国家資格だ。魔法使いの中の優秀な者が魔導士になる事ができる。
「本当にお世話になりました。私は一度自宅に戻ろうかと思いますが、改めてお礼させていただきます」
レイは深々とお辞儀をした。とても紳士的である。
「そっかクロ……じゃなかった、レイの家はどこなの?」
「リン様! 魔導士様にそんな口調は……!」
そんなこと言われても、さっきまで猫だったのに、急に無理である。
「マーサ大丈夫ですよ、私は気にしません。自宅は王都にあって、ここには術で飛ばされたようです。どの辺かは分かっています」
「今まで帰らなかったのはなんで?」
リンは不思議に思った。多分、そんなすごい魔導士ならば猫の姿でも帰れるはずだ。
「いや、怪我が治ったら出て行こうと思っていたんだが、居心地が良くてね……気付いたら一年経っていた」
レイは頭をかいている。やはり猫みたいな仕草である。
「という事で、明日ここを発ちます」
◇
リンは布団に入りクロを呼ぼうとして、はっとする。
もうあの猫はいないのだ。少し寂しいが仕方ない。一人で寝ようとすると、ノックの音がした。
「どうぞ?」
「リン、一緒に寝よう?」
部屋着姿のレイが入ってきた。胸元がはだけていて、無駄に色気を纏っている。
「え!」
固まるリンに、気にしないレイ。
「お婆様に大きめの服を借りたんだけど、丈がどうしても短くてね。どうしたの? いつもと一緒だよ。ほら布団入って」
手を引っ張られて布団に入れられる。
「おやすみ」
レイはそう言うとリンをぎゅっとする。あまりの事に固まって動けないリン。
「お……おやすみ」
そいえばクロはマイペースだった。しかし、次第にその温もりに癒されて、いつの間にか眠ってしまったリンだった。
◇
翌朝目を覚ますと、レイはいなくなっていた。荷物も何も持たずに行ったようだ。ここから都まではかなり時間がかかるのに、大丈夫なのだろうか? と、心配になる。
「夕飯何にしよかねえ?」
「そうだなぁ、私買い物行ってくるね。クロ行くよ……あ」
クロはいないのに、中々適応するのは大変だ。
「癖だねえ。どこ行くのも付いてきてたから」
マーサもしみじみ思う。クロを拾ってから、今まで一緒に暮らしてきた日々はもう日常になっていた。少ししんみりしながら町へと向かうリン。
クロ何してるのかな?
もう王都に着いたかなあ?
それからも、事あるごとに頭に浮かんでしまう。
クロがいなくなってから二日後。外で洗濯をしていると近くの桜の木にカラスがとまった。
「リン聞こえる?」
「は! カラスが話している!」
「そう、これは私の遣いだよ。聞こえているようで良かった」
カラスからレイの優しい声がする。
「今夜、迎えに行くからよろしくね」
「むかえ?」
それだけ言うと、カラスはどこかに行ってしまった。
「マーサ! カラスが!」
リンは急いでマーサの元へと走った。
「リン様、どうかしましたか?」
不思議そうなマーサに、息を切らせながら今起きた出来事を話す。
「迎えに来るって、どう言う事だろう?」
「まあまあ。それは嬉しい事です!」
マーサはとても喜んでいる。何故か持っている服の中で、一番のドレスを着せられ、化粧までされた。
その夜、馬車が現れた。
こんな田舎の村では見たことのない、豪華な装飾の馬車である。蹄の音を響かせて走る馬車に、村人も集まってきた。
そして、それは静かに家の前に停まった。従者が馬車のドアを開けると、
「リン、迎えにきたよ」
馬車から降りてきたレイは正装姿だ。眩しいくらい様になっている。
観衆からため息がもれる。
「すごい……レイ王子様みたい」
リンも思わず感想が口から出てしまった。
「はは、ありがとう。リンもかわいいよ」
リンの手を取るレイ。
「お婆様、お迎えにきました。お婆様もご一緒に来てください」
「わ、私もですか?」
マーサがこれでもかという程、目を見開いている。
「私の命の恩人です。ぜひ我が家で、ゆっくりと過ごして下さい。嫌になったらもちろん戻っていただいても構いません」
リンとマーサはみんなに見送られて、都へと旅立ったのであった。
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