魔導士の弟子
リンが短く呪文を唱える。ライラはその光景を見て息を呑んだ。
「まさか……」
瞬きをする間に、リンの髪色は漆黒へと変わっていた。黒髪に輝く紫の瞳——それは王家の証である。そして同時に、周囲を圧倒する絶大な魔力が解き放たれる。
「お前、王家の……! まさか生き残りの姫!?」
魔法使いが目を見開く。
リンは手枷の縄を一瞬で灰にすると、片手で巨大な水の塊を作り出し、迫り来る炎へ軽く放った。魔法使いの炎を遥かに凌ぐ大水が、一瞬で炎を鎮圧する。
「なに!」
ジュウ、と最後の音を立てて消える炎。そして、巨大な水球は、そのまま上空の魔法使いをも丸ごと飲み込んだ。
ゴボボボ……
「リン様!」
マドカと騎士達が駆けつけてきた。
「マドカ様、ライラのお母様と弟様の保護、ありがとうございました」
リンが深々と頭を下げる。
「いえ、間に合って良かったです。……して、魔法使いは?」
「あちらで溺れていますよ」
リンが上空を指差す。巨大な水球の中に、魔法使いが閉じ込められていた。
マドカが一瞬、呆然と固まる。
「リ、リン様! 魔法を解除して下さい! 死んでしまいます!」
リンがしぶしぶ片手をあげると、水球が消滅した。魔法使いはそのまま地面へ落下していく——が、激突する寸前静止し、ゆっくりと地に伏した。
「リン、やりすぎだよ」
優しい声はレイだ。
「だって、そいつは私の両親を殺したヤツだよ?」
静かに、けれど激しい怒りを込めて話すリン。いつもの穏やかなリンとはまるで違う、底冷えするほどの冷たい態度にライラは身を固めた。まるで別人だ。
「そんなヤツの為に、リンが人殺しになるのは嫌だな」
レイは話しながら、魔法使いに近づき、手足を強力な結界で拘束していく。
「息はあるようだ。護送を」
レイが命じると、騎士たちとマドカが魔法使いを連れて行った。
「ライラ、いや、ライアン。君にも後で取り調べがあるけど、ひとまず屋敷へおいで。お母様と弟さんが待っているよ」
驚きに目を見張るライラの瞳から、ボロボロと涙が溢れ出た。
「はい……! ありがとうございます!」
レイがリンの前に立つ。
「リン、大丈夫?」
「……うん」
「アイツは然るべき罰を受ける。リンのおかげで捕まえる事ができたよ。ありがとう」
リンの頭に手をおくレイ。
「……リン?」
リンの肩がかすかに震えていた。
「あんな奴が生きているなんて、私の人生を壊したアイツが……!」
レイは何も言わず、リンを優しく抱き寄せた。
「一緒にお母さんとお父さんのお墓参りに行こう。捕まえたって、ちゃんと報告するんだ」
「……うん」
◇
「お兄ちゃん!」「ライアン!」
屋敷の広間に保護されていた母と弟が、駆け寄ってきた。
「母さん! リク!」
三人は強く抱き合い、無事を泣いて喜んでいる。リンはそんな様子を温かく見つめていた。
よかった。無事に救い出すことができて。
リンはレイとの特訓の日の事を思い出していた。あの地道な特訓がなければ。そもそも私の正体にレイが気付かなければ、この人達を助けられなかった。
「レイ、ありがとう。私に魔術を教えてくれて」
「どうしたの、急にかしこまって」
「ううん。あの家族を見てたら、本当に良かったなって思って……」
「そうだね。じゃあ、リンも家族に無事を伝えておいで?」
「……うん!」
リンは慣れ親しんだ屋敷のドアを叩いた。
「はい」
「マーサ、リンだよ」
ドアが勢いよく開いた。
「リン様! よくぞ無事で! 学園からいなくなったと聞いて心配で心配で……」
マーサが思わずリンに抱きついた。
「もう大丈夫だよ」
「リン様、その髪の色……」
リンの髪が本来の黒色に戻っていることに、マーサは驚き戸惑っている。リンはそれを見て優しく頷いた。
二人はソファに座り、淹れてくれた紅茶を前に二人きりになった。
「私、あの魔法使いを倒したんだよ」
「え……リン様がですか?」
「レイもマドカ様も手を出してない。私が私の魔術で倒したの」
マーサは信じられないという様子で、目を見開いている。
「あの魔法使いは恐ろしい男でした……それをリン様が?」
「レイが教えてくれたの。マーサ、私、魔導士兼ヒーラーを目指すわ。王女に戻るよりも、この力を国の為に使いたいと思っているの」
「それは素晴らしいですことです。リン様」
二人は手を取り、晴れやかに笑い合ったのだった。
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