直情径行(ちょくじょうけいこう)
例の魔法使いは、奪った禁書『禁忌呪文』を読んでいた。口元がニヤついて止まらない。
「どの呪文を使ってみよう?」
そう呟いてページをめくる手を止めると、穴が開くほどじっとその呪文を眺めた。
これにしよう。王都は邪魔が入る。少し遠くで試そう!
魔法使いは立ち上がると、そのまま空中へ舞い上がった。
◇
今日は日曜日だ。リンはマーサの左手の治療を行い、部屋で休んでいた。
だんだん良くなっていく、マーサの左手が嬉しくてたまらない。それによって自分の体力が削られることなど、何とも思っていなかった。
コンコン。
開いたドアの前にはレイが立っていた。休みの日のレイはローブ姿ではなく、シャツにズボンのラフな格好をしている。何を着ていても様になる。
「リン、一緒に買い物へ行かないかい?」
「買い物?」
「マドカがまだ風邪っぽくてね。自分が行くと言っているけれど、無理はさせない方がいいから」
「私、行きたい!」
「決まりだね」
二人は馬車に乗り込む。
「どこまで行くの?」
「港町までだよ。そこまで遠くはないけれど、リンもまだ体力が回復していないだろう?」
すべてお見通しである。寝込むほどではなくなってきたが、祈りを捧げた後はやはりどうしても疲れるのだ。
「リンは、この生活に慣れたかい?」
「うん。とても居心地がよくて……いずれ出て行くときのことを考えると、躊躇しちゃいそう」
その言葉を聞いた瞬間、レイが固まった。リンは不思議そうに首を傾げる。
「レイ? どうしたの?」
「どうしたの、じゃない! リン、君は出ていくつもりだったのかい!?」
珍しく取り乱すレイ。リンは目を丸くして彼を見つめた。
「それは……いつまでもお世話になるのは悪いなって。マーサもそう言ってたよ?」
「リンはそうか……はっきり言わないと分からないのか。伝えているつもりだったのに……」
項垂れながら何やらブツブツと呟いていたレイが、意を決したように居住まいを正した。リンも雰囲気に気圧されて緊張してくる。見つめ合うこと、数秒。
「私はリンが好きだ。結婚してほしい」
「……えっ!?」
リンの顔がみるみるうちに真っ赤になる。まるで時間が止まったかのように固まってしまった。
「そんなに驚いて……やっぱり分かっていなかったんだね、リン」
レイは少し肩を落とした。
「そもそも元々婚約者同士だったんだから、その先は結婚に決まっているだろう?」
「だってだって、あんな子どもの頃の約束で……私、身分も誤魔化してるのに……レイが、私を好き!?」
「だいぶ混乱しているね。返事はまた今度でいいよ」
レイは優しく微笑むと、いつものようにリンの頭を撫でた。
「出ていくなんて、もう考えないでね?」
にこやかに笑うレイだが、どこか逃がさないというような迫力がある。リンは、金魚のように口をパクパクさせることしかできない。
そうこうしているうちに馬車が停まった。目的地に着いたようだ。
そうだ、買い物に来たんだった……!
すっかり目的を忘れていたリン。レイが馬車を降り、リンにすっと手を差し出す。
「あ、ありがとう……」
「リンはかわいいな」
「へ!?」
「ほら、行くよ」
エスコートした手を離さないまま歩き出すレイ。リンは心臓が爆発しそうだった。終始、挙動不審なままレイに引き回され、何とか買い物を済ませたのであった。
馬車に戻ったリンは、自分達が何を買ったのか全く覚えていなかった。
「リン、ちょっと待っていてね」
一人馬車に残されたリンは、小さく息を吐く。
私、なんて鈍感なんだろう。レイはずっと私に気持ちを伝えてくれていたのに……
落ち込んで自己嫌悪に陥っていると、レイが戻ってきた。
「お待たせ。リン、大丈夫?」
「うん、大丈夫……」
顔を上げると、そこには色鮮やかな大きな花束を抱えたレイが立っていた。
「わぁ……キレイ……」
思わず見惚れてしまう。
「リンへのプレゼント」
「私に? ありがとう!」
花束はリンが腕いっぱいに抱えるほどの大きさだった。色とりどりの花々は、見ているだけで心が明るくなっていく。
「やっと笑ったね」
「え!」
「困惑させてすまなかった。大事なことは、ちゃんと口に出さないと伝わらないよね。これからはもっとストレートに行くよ」
レイが謎の決意を固めてしまったのだった。
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