デート?
翌朝、教室に入るとエマが机に突っ伏していた。
普段の元気さはどこへ行ったのか、リンたちは顔を見合わせる。
「エマ、どうしたの?」
「体調でも悪いの……?」
「救護室、一緒に行く?」
顔を上げたエマはみんなの顔を交互に見つめ、何か言おうと口を開き掛けたが、結局また重そうに閉じてしまった。
「大丈夫……ちょっと疲れちゃってただから」
「そう……?」
授業中も明らかに「心ここにあらず」な様子のエマを見て、リンは気が気でなかった。昨夜、レイから聞いた話をふと思い出したからだ。
〜〜
「王太子様の妃選びの舞踏会があってね、エマ殿も出席するようだよ」
「え! 舞踏会かぁ。レイと出会った時以来行ってないなぁ。あれ、王太子様って……」
「王太子様は私の弟だよ。そのうち紹介するね」
ニッコリ微笑むレイ。
「レイと同じ名字だなとは思ってたけど、そうだったんだね。でも私、正体がバレないかな?」
「リンの正体が万が一バレたとしても、それを他人に漏らすような男じゃないから大丈夫だよ」
〜〜
休み時間、リンはそっとエマの隣に移動し、耳元で密かに囁いた。
「エマ……もしかして、昨日の舞踏会で何かあったの?」
エマの肩が跳ね上がり、素早くリンを見返す。
「な、なんでそれを……!?」
「あはは、ちょっと噂で……」
「噂……? そっか」
エマはリンと廊下に出る。周囲に人がいないことを注意深く確かめると、リンの耳元に口を寄せた。
「実はね、舞踏会で知り合った方と、今度の休みに会う事になってるの」
「えっ……!」
エマは王太子のことを伏せているが、リンはすべてを知っている。
「ええ。まさか私に興味を持つとは思わなかったから、もうずっと緊張しっぱなしで……考えるだけで疲れちゃって……」
エマは深く息を吐いた。
「せめて二人きりじゃなきゃいいのに。このままだと緊張でもたない……そうだ!」
急にガタッと立ち上がったエマが、パッと目を輝かせてリンを凝視する。
「リン、お願い! 一緒に来て!」
「はい!?」
「『友達を同伴したい』ってお願いすればいいのよ! ね、お願い!」
王太子様とのデートについて行くなんて、絶対に嫌!
「お願い! 友達でしょ?」
エマが子犬のような目をしてリンに迫る。
「でもでも、私なんかがいたら邪魔でしょ!」
必死に抵抗するリン。両手を顔の前でぶんぶん振る。
「お父様に確認したらいいかしら。リン、次の休み絶対空けといてね!」
「いや、ちょっと待って! 私行くなんて言ってな……」
リンの必死の抵抗も虚しく、エマは全く耳を貸さない。そこへ無情にも予鈴のベルが響き渡った。
「あ、授業が始まるわ。行きましょう!」
「あ、あの……」
エマに強引に押し切られ、立ち尽くすリン。呆然としたまま教室へとと連れて行かれるのだった。
◇
「――というわけでレイ、エマと王太子様が……。でも、私が一緒に行ったら正体がバレちゃうかもしれないし……」
屋敷に戻り、学校での一連の出来事をレイに伝えるリン。
「……なるほど。分かった!」
静かに話を聞いていたレイは、意を決したように立ち上がった。
「私も行こう」
「はい?」
なんだか話が噛み合っていないような……
「ロンに話を通してくるよ」
言うや否や、レイは窓からふわりと飛び立っていった。
「ロンって……王太子様のお名前!? そうじゃなくてー!」
リンの叫びも虚しく、しばらくして意気揚々と戻ってきたレイは「私も護衛として同行することになった」と嬉しそうに告げたのだった。
◇
約束の日当日。リンはお城の巨大な門の前に立っていた。
「お城……久しぶりすぎてすごく緊張する。私……本当にバレないかな?」
「大丈夫だよ。髪色も違うし、十年前の小さな少女と今のリンじゃ誰も気づかないさ」
リンの足元で、黒猫に変身したレイが優雅に伸びをする。
「そ、そうだよね……」
「あ、リン、エマ殿が来たよ」
到着した馬車から、綺麗にドレスアップしたエマが降りてきた。
「リン! 来てくれて本当にありがとう」
「今回だけだからね!」
釘を刺すリンに、エマは「分かってるって!」と笑い、その手を取ってお城の中へと足を踏み入れた。足元をそっと付いてくる黒猫の存在には、まったく気づいていないようだ。
従者に案内された豪華な応接室には、二人の青年が並んで立ち、窓の外を眺めていた。
「やぁ、エマ殿。よく来てくれたね」
黒髪の凛々しい青年——王太子ロンが柔らかく微笑む。
「お招きいただき、誠にありがとうございます」
エマが完璧な淑女の礼を執り、リンもそれに倣った。
「そんなにかしこまらなくていいよ」
「殿下、こちらは私の友人のリン・グラムと申します」
「初めまして、リン・グラムと申します。お目にかかれて光栄に存じます」
よかった、噛まずに言えた……!
密かに胸を撫で下ろすリン。
「初めまして、ロン・シャルンだ。そして、こちらは私の友人の——」
「……え!?」
もう一人の金髪の青年の顔を見て、リンは思わず口を押さえた。
「初めまして、マドカ・ノーンと申します」
そこに立っていたのは、なんとレイの従者であるマドカだった。
一同が中庭へ移動した際、マドカがそっとリンに歩み寄り、耳打ちをしてきた。
「リン様、秘密にしていて申し訳ありません。殿下から『内密に』と強く頼まれていたもので……」
「本当に驚きました……」
「レイ様にも秘密にしていたので、後でどう怒られるか……」
マドカがちらりと後ろを振り返ると、そこには目が怪しく光る黒猫が佇んでいた。
あれ? これってエマ以外、全員身内なんじゃ?
とんでもない事実に気がつき、リンは思わず可笑しくなってしまう。
「殿下とは魔法学校時代の友人なんです。「妃候補と会うからついて来てくれ」と頼まれまして、くれぐれも秘密にするようにと……殿下は絶対、面白がっていらっしゃいます」
肩を落とすマドカに、リンはクスクスと笑いを漏らした。
「でも、知っているお顔がいて安心しました」
「私もいるぞ?」
気付くと足元にいた黒猫がボソッと喋った。
「レイ! 猫の姿で喋っちゃダメ!」
一方ロンは、コソコソ話している二人プラス一匹を横目で見守りつつ、エマに優しく語りかけていた。
「エマ殿は普段は何を?」
「魔法の勉強をしております。将来は魔導士になりたいのです」
「そうでしたか。私は魔導士にどうも縁があるらしい」
ロンはどこか愛おしそうに目を細めた。
「殿下は、どうして私を誘ってくださったのですか?」
「そうだな。君が舞踏会で、私にも私の立場にもまったく興味が無さそうだったからだよ」
「興味がないことが理由になのですか?」
「あぁ。他の令嬢とは違う君が気になってね」
「はぁ。殿下は変わってらっしゃいますね?」
屈託なく笑うエマ。ロンはその弾けたような笑顔を、眩しそうに見つめていた。
「なんだかあの二人……いい雰囲気ですね」
マドカがこそっと話しかける。
「そうですね」
頭を寄せ合い話すリンとマドカ。——次の瞬間、その間にぬっと黒猫が割り込んできた。
「ちょっと、レイ様」
「レイ!」
「二人とも距離が近い。もう少し離れなさい」
「ふふ、レイ様はリン様のことになると、本当に周りが見えなくなるんですから」
「マドカ、人に戻ってもいいか?」
「ダメですよ! エマ殿が驚きます!」
「そうか……」
耳を落としてシュンとする黒猫だった。
◇
エマが無事に帰路に就いた後、リンたちは城の奥深くに通された。
「リン殿、あなたには直接お礼が言いたかったんだ。兄さんを救ってくれて、本当にありがとう」
「そんな……! 私の方こそ、皆様には大変お世話になっております」
「ロン。リンは私の命の恩人であり、私の大切な人だ」
猫の口からさらりと放たれた言葉に、リンは真っ赤になる。
「レイ! な、何を言っているの……!?」
「リン殿、どうかこんな兄ですが、よろしく頼みますね」
「は、はいっ!」
王太子から頭を下げられ、リンは直立不動で叫ぶように返事をした。
「ふふ、リン。そんなに緊張しなくていいんだよ」
光に包まれ、黒猫から人の姿になったレイが、リンの肩に手を置き寄り添うと顔を覗き込む。
「だって……王太子様だよ?」
「王太子の前に、私の弟だよ?」
「まぁ、そうだけど……」
「緊張してるリンもすごく可愛いけどね」
「も、もう……! からかわないで!」
楽しそうにリンを見つめるレイ。その仲睦まじい様子を、ロンは温かい目で見つめていた。
「本当に仲が良いんだね」
「ええ。レイ様はリン様のことになると、まるで余裕がなくなりますから」
「兄さんのあんな人間らしい姿、初めて見たよ」
「私も最初は目を疑いました」
レイとリンが先に部屋を辞したあと、二人きりになったロンとマドカは肩の力を抜き、学生時代の口調に戻った。
「で、ロン。エマ殿との感触はどうなんだ?」
「うん。エマ殿が全くその気が無いからね。長期戦で行くよ」
「君が女性に相手にされないなんて、生まれて初めてじゃないか?」
学生時代のロンのモテぶりを知るマドカは、面白そうにニヤリと笑う。学生時代のロンは、それはそれはモテていたし、おそらく生まれた時からチヤホヤされているであろう。
「面白いよ」
そう言うとロンは口元に笑みを浮かべた。
「まぁ、頑張って」
友人に呆れ交じりのエールを送り、マドカも城をあとにしたのだった。
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