舞踏会
月が明るく輝く夜、貴族の令嬢たちが城へ集まっていた。王太子の妃を選ぶ舞踏会が開かれたのだ。そしてその中には、エマの姿もあった。
「お父様、私も行かないといけないのですか?」
「それは行かないと駄目だよ。いくらエマが魔導士を目指していても、うちは貴族だからね。王太子殿下の命には逆らえないよ」
眉を下げ、申し訳なさそうにするのはエマの父親だ。
「それはそうですけど……」
エマは口を尖らせながら、渋々準備を進めている。
「エマ様、とてもお美しいですよ!」
侍女はエマの髪を艶やかにアップへと結い上げ、満足そうに頷いた。
「エマ様、本当に素敵でいらっしゃいます!」
「ふふ、ありがとう」
父と共に馬車へと乗り込む。
「国中の令嬢が集まるんでしょ? どんな嫌味合いが始まるか、考えただけで疲れるわ。リンかライラでもいればいいのに……」
「まあまあ。明日にはまた魔法学園に戻れるのだから!」
文句を言うエマを宥めているうちに、馬車は城へと到着したようだ。
「さあエマ、ここからは令嬢としての振る舞いをね」
「わかっているわ、お父様」
エマはすっと笑みを浮かべると、令嬢としての佇まいで城へと足を踏み入れた。
◇
月明かりが照らす城の上空に、一筋のシルエットが浮かび上がる。着ているローブが夜風にはためき、その瞳が深く綺麗な紫に光った。
レイは魔導士として、舞踏会の警護にあたっていたのだ。
怪しい者はいないな。防御魔法も重ねたし、あとは魔法騎士団へ任せるとしよう。
城の庭園へと静かに降り立つレイ。
「警護は終わりですか?」
白い洋装に身を包んだ、背筋の伸びた青年がそこに立っていた。同じ紫の瞳と黒髪を持つ青年は、柔らかな微笑みを浮かべている。
「ええ。一通り確認しましたが、不審な点は見当たりませんでした」
「レイ殿も舞踏会に出席されてはいかがですか?」
「私はもう王族ではありませんので。王太子殿下こそ、しっかりお務めを果たしてくださいませ」
レイが王太子へ向けて、優雅に一礼する。
「ふふふ。兄さんは相変わらずだね」
王太子は楽しそうに笑った。その表情は、王太子の威厳というよりも年頃の青年のものだ。
「ロン、素が出ているよ」
レイも兄の顔に戻り、嬉しそうに目を細める。二人はれっきとした実の兄弟なのだ。
「ロンが妃を選ぶ歳になったんだな。兄として嬉しいよ」
「兄さんが魔導士になってから、もう五年だからね」
「意中の人はいないのか?」
少し心配そうに尋ねるレイ。
「いないよ。いたら最初から舞踏会なんて開かない」
「良い方が見つかるといいな」
「そんな兄さんはどうなの? このままだと僕が先に結婚しちゃうんじゃない?」
悪戯っぽくレイの顔を覗き込むロン。
「心配いらないよ。私の将来の相手はもう決まっている」
レイは慈しむような笑みを浮かべた。
「え! 兄さんが!?」
ロンは目を丸くする。
「ほら、王太子。そろそろ時間だ」
「……うん。行ってくるよ」
ロンは王太子の表情へと戻すと、城内へと歩みを進めた。
あの兄さんが、あんなに優しい顔をする相手……一体どんな方なんだろう。後でマドカに確認してみよう
王太子ロンは、思わぬ楽しみを見つけたのだった。
◇
ロンが会場を吹き抜けの上階からそっと見下ろすと、そこには後見人を伴った華やかな令嬢たちが談笑していた。
王太子に見られているとも知らず、従者を顎で使う者や、他の令嬢と牽制し合う者……。
あの者たちはないな……ん?
ふと、一人の令嬢に目が留まった。
会場の賑やかな中心から離れた端の方で、何やら本を読んでいる令嬢がいる。舞踏会には全く興味がないことが一目で伺えた。
面白い。
王太子は口元を緩め、華やかな会場へと向かった。
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