風邪
学園から帰ったリンは、真っ直ぐにレイの執務室へと直行した。扉を叩くと、中から短く返事があった。
「リン様、お帰りなさい。どうされましたか?」
顔を出したマドカ。やはり——
「マドカ様、これ私が作った風邪薬です。よかったら使ってください」
リンがおずおずと差し出したのは、オレンジ色の小さな薬瓶。マドカは驚いて目を丸くした。
「流石です。よく気がつかれました」
「マドカ様、隠そうとしていても体調が悪いのは分かります。お声も少し荒れている気がしましたから」
「ありがとうございます。レイ様はまったく気付いてくださらなかったですが」
「いいえ、レイもきっと分かっていると思いますよ」
微笑むリンに、マドカは不思議そうな顔を向けた。
「帰ったぞ。マドカ、これを使え」
不意に窓からふわりと入ってきたレイが、マドカに紙包みを差し出した。
「レイ様! またそんな所から……一体どこへ行ってらしたのですか?」
包みを受け取り中を見てマドカが止まった。中には瓶や紙に包まれた、薬らしき物が入っていた。
包みを受け取り、中を確かめたマドカの手が止まった。そこには薬草の瓶や紙に包まれた、希少な薬らしきものがぎっしりと詰まっていたのだ。
「無理をさせてすまなかったな。マドカ、今日はもう休んでくれ」
レイはいつも通りの無表情でマドカを見つめる。
「レイ様まで……」
「ん?」
レイは扉の陰から、二人を眺めてニコニコと笑っているリンに気づいた。
「リン、何を笑っているんだ?」
「ううん、なんでもない」
「レイ様、リン様……ありがとうございます! こんな風邪など、すぐに治してまいります!」
マドカは感動に目を潤ませながら、深々と一礼して執務室を出て行った。
ソファに腰掛けるレイとリン。
「そうか、リンも風邪薬を作ってくれたんだね。リンは優しいね」
「レイこそ、すごく優しいよ」
思わぬ返答に、レイはパチクリと目を丸くした。
「……リンが私を褒めてくれるなんて」
「そ、そんなに驚かなくても……」
気恥ずかしさのあまり、リンは俯いてしまう。
「茶化したわけじゃないよ。……すごく嬉しい」
レイは柔らかく微笑むと、そっとリンの頭を撫で始めた。耳まで真っ赤にしていくリンの反応を、レイはどこか楽しんでいるようだ。
「レ、レイ……私、猫じゃないんだから……!」
「そうだね」
口では頷きつつも、レイがその手を止める気配はまったくなかった。
◇
早朝の魔法の特訓は、すっかり二人の日課となっていた。
「リンはやっぱり筋がいいよ。素晴らしい才能だ」
レイが汗ひとつかかずに爽やかに褒める。
「ありが……とう……」
対するリンは、肩で息をして絶え絶えである。
なんであんなに魔法を連発して使ってるのに、レイは全然疲れていないんだろう?
「私だけ、毎回息が上がってるのはなぜ……」
ぼそっと呟いた言葉を聞いたレイ。
「それはね。私は節約してるんだよ」
「節約?」
「リンは魔力が絶大だから気にしなくても足りるけど、魔力も体力と同じで使えば減るでしょ? だから、必要最小限で最大の効果が出るように、的確に使うんだ」
「なるほど……。頭でわかっても、実際にやるのは難しいね」
「訓練あるのみだよ。——じゃあ、もう一回やってみようか」
「は、はい」
普段はリンに甘いレイだが、特訓中だけは「優しい口調のまま容赦なく厳しい」スパルタ教官へと変貌するのだ。
レイが手のひらを開くと、無数の光の弾がリンに向かって一斉に放たれた。リンは集中力を研ぎ澄まし、防御魔法でそれらをことごとく弾いていく。無駄な魔力を使わぬよう、光がぶつかるピンポイントにだけ最小限の盾を展開する——高い集中力と精密なコントロールを要求されるこの訓練は、リンにとってかなりの重労働だった。
今のリンが何も考えずに相手に攻撃したら、威力が凄まじすぎて周辺を巻き込んでしまう恐れが多いにある。逆に、コントロールすることさえ覚えてしまえば、リンに叶う魔法使いはほぼいないだろう。
レイの意図と期待を感じ取りながら、リンは深く息を吐き、再び鋭い眼差しで集中を高めていくのだった。
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