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魔導士は猫になりたい  作者: 紙絵


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17/30

ドラゴン

 ここは王都の一角。カナタは二階の自室で、魔法の研究についての論文を書いていた。休み明けに先生に確認してもらい、発表する予定なのだ。

 

 コンコン。

 ドアがノックされ、開かれる。

「よう、カナタ」

「兄さん、帰ってたの?」

 そこには、カナタを少し逞しく大きくしたような、黒髪の青年が立っていた。

「あぁ。今日から三日間休みだからな! 久々に帰ってきた」

 カナタの兄ウィルは爽やかな笑みを向ける。人懐っこいウィルは、老若男女に好かれるタイプだ。

「隊長になったんでしょ! おめでとう!」

「ははは。ありがとう。カナタはどうだ学校は、彼女できたか?」

「へ、彼女?」

「その反応はまだだな」

「ウィル〜行くわよ〜」

 軽口を叩き合っていると、母が呼ぶ声が聞こえた。

「じゃ、久々に帰ってきたし、少しでも親孝行してくるよ」

「親孝行?」

「母さんと買い物行ってくる」

「分かった」


 カナタの家は父親を早くに亡くしており、家計を支えているのは母と六つ上の兄だ。

 兄は魔法を使い、魔物や悪い魔法使いを取り締まる『魔法騎士団』という団体の隊長を務めている。


 わずか二三歳で隊長になった天才と周りは言うが、弟のカナタは知っている。兄は物凄い努力家だと言う事を。

 魔法の扱いは勿論、座学の勉強も手を抜かず、騎士らしく、剣術も小さい頃から毎日練習していた。いつだか兄の掌を見た時、マメだらけでカナタは仰天したものだ。


 兄は魔法騎士団に入ってからは寮に住んでいる。自宅に帰るのは、月に数回あるかないかである。母も兄が帰って嬉しいのであろう。もちろんカナタも嬉しい。


「よっし」

 気合いを入れ直し、カナタは再び論文に向かう。兄を見るとやる気が出てくるのだ。


 ◇


 集中していたようで、気付いたら太陽が沈みかけていた。空が夕日で赤く染まり、雲が光り輝いている。しばし空模様に見惚れていると、外が何やら騒がしいのに気が付いた。


 窓から身を乗り出すように外を見ると、遠くで煙が上がっているのが見えた。あの方向は、二人が買い物に行った辺りだ。

 課外授業の時の、小火の記憶が蘇る。


「母さん、兄さん!」


 カナタは急いで外へ飛び出して行った。


 ◇


 街は騒然としていた。


 人の逃げる波に逆らって進む。

「すみません、通して!」

「逃げろー!」「どけっ」「きゃあ」

 騎士団が警備にあたっている。

「下がってください!」

「家に娘がいるんです!」

「親父が家に……」

「この先にドラゴンが出ました! 危険ですので皆さん避難してください!」

「そんな!」

「ドラゴンが!?」


 泣き崩れる人、不安を騎士に向ける人、皆パニック状態だ。兄と母はどうしただろう……。


 カナタは立ち尽くした。ドラゴンが王都に?

 そんなこと今まで一度もないはずた。なぜ入ってこれた?


 やっとのことで人混みから抜けると、目の前には騎士団。その向こうには首をもたげたドラゴンが見えた。

「うわっ……」

 ドラゴンは冷たい目で騎士達を見ている。開いた口から鋭い牙が見え、翼を広げた姿はとても雄大だ。一瞬で人など敵わないと気付かされる。


「君、下がって!」

「兄と母がいるんです!」

「危ない! 伏せろ!」

 ドラゴンが火を吹いた。騎士達が盾で防ぐ。頭上に熱さを感じる。


「カナタ?」

「兄さん!」

 兄が驚いて顔でこちらを見ている。私服のまま、剣と盾を構えていた。

「お前こんな所にどうして?」

「心配で来たんだ。母さんは?」

「避難してるよ。こんな事になったから、俺は帰るわけにいかない。お前も避難しろ!」


 二人とも無事だったようだ。ほっと息を吐いたその時、ドラゴンが吠えた。

 耳を押さえたくなるほどの金切り声。

「くっ、なんだ!?」

「うわっ!耳が」

 騎士団達が呻いている。

「上に何かいる!」

 一人が指差した先に、何かが浮いているのが見えた。


 あれは——人だ!


「まさか、魔法使いが手引きしたのか!」

「指名手配中の!」

「ドラゴンはやつの仕業か!」

「魔導士様に応援を!」

「はっ!」

 騎士団が俄かに慌ただしくなる。

「兄さん、俺行くよ」

「あぁ。刺激しないよう静かにな」

 カナタはドラゴンに刺激をしないよう、そっと立ち去ろうとした。だが急にドラゴンがこちらに目を向けた。


 まずいっ!


 カナタは咄嗟に防御魔法を展開した。直後、ドラゴンが炎を吐く。防御魔法のおかげで炎を弾き飛ばされた。直撃を免れたカナタと騎士達数人は冷や汗をかく。

「うわ!」

「た、助かった……」


 練習した甲斐があった……


「カナタやるな! そのまま一緒に戦ってくれ!」

「え?」

 兄にお願いされ、カナタは胸が熱くなった。

「分かった!」


 しかし、防御はできても攻撃は容易ではない。ドラゴンの鱗は硬く、魔法も効きずらい。致命傷を与えなければ、体力が底をつくのは騎士団の方だ。

 カナタは防御魔法を駆使して騎士団を守り続ける。


「くっ……どうすれば……」


「待たせたね」

 苦戦する騎士団達の頭上から涼やかな声が響いた。

 見上げると、そこにはローブを羽織った黒髪の魔導士が浮いていた。

「あなたは……魔導士様!」

「ご苦労だった。後は私がやろう。少し離れてくれ」

 ドラゴンが上空に向かって激しい炎を吐き出す。

「あ!」

 カナタと騎士達は上を向いたまま凍りついた。

 だが炎が消え去ると、魔導士は球体の防御に囲まれて頭を掻いていた。

 そして彼が手を開いた瞬間、ドラゴンが静止する。


「え? 何をしたんだ……?」

「氷漬けになっている……!」


 ドラゴンを一瞬で凍らせた魔導士は、何事もなかったかのように静かに降り立った。

「魔法使いには逃げられてしまったようだね」

 一瞬、その紫の瞳が怪しく光る。


「魔導士様!ありがとうございます!」

 隊長の兄が敬礼をすると、他の隊員もならって敬礼をする。カナタは呆然としたまま、魔導士を見上げていた。


「応援の騎士団ももうすぐ到着するから、後は任せるね。——防御魔法を使用していたのは君かい?」

 急にこちらに話題を振られ、カナタはビクッと肩を揺らした。

「はいっ!」

「お見事だったよ」

「わぁ……」

 お礼の言葉も忘れ、ただ目の前の魔導士を見つめることしか出来なかった。

「では」

 そう言い残し、魔導士は姿を消した。


「カナタ、すごいじゃないか! 魔導士様に声をかけられるなんて!」

 兄がカナタの頭を雑に撫でまわす。

「う、うん。防御魔法練習しておいて、本当によかったよ」

 いつもなら兄の手を払いのけるところだが、今はそんなことすら頭に入らなかった。


 かっこよかったなあ……


 カナタの目は憧れで煌めいていた。


 ◇

 

 一方、レイは辺りを注意深く確認していたが、逃げた魔法使いの姿は既に無かった。パニックになり避難する群衆の中で、不審な行動をとる者を見分けるのは難しかった。


 だが、一つ分かったことがある。

 防御魔法を使ったのは、リンの友人だったはずだ。彼は必死に街を守ろうと戦っていた。彼があの魔法使いの弟子ではない、ということだけは確かだ。

読んでいただき、ありがとうございます。

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