ドラゴン
ここは王都の一角。カナタは二階の自室で、魔法の研究についての論文を書いていた。休み明けに先生に確認してもらい、発表する予定なのだ。
コンコン。
ドアがノックされ、開かれる。
「よう、カナタ」
「兄さん、帰ってたの?」
そこには、カナタを少し逞しく大きくしたような、黒髪の青年が立っていた。
「あぁ。今日から三日間休みだからな! 久々に帰ってきた」
カナタの兄ウィルは爽やかな笑みを向ける。人懐っこいウィルは、老若男女に好かれるタイプだ。
「隊長になったんでしょ! おめでとう!」
「ははは。ありがとう。カナタはどうだ学校は、彼女できたか?」
「へ、彼女?」
「その反応はまだだな」
「ウィル〜行くわよ〜」
軽口を叩き合っていると、母が呼ぶ声が聞こえた。
「じゃ、久々に帰ってきたし、少しでも親孝行してくるよ」
「親孝行?」
「母さんと買い物行ってくる」
「分かった」
カナタの家は父親を早くに亡くしており、家計を支えているのは母と六つ上の兄だ。
兄は魔法を使い、魔物や悪い魔法使いを取り締まる『魔法騎士団』という団体の隊長を務めている。
わずか二三歳で隊長になった天才と周りは言うが、弟のカナタは知っている。兄は物凄い努力家だと言う事を。
魔法の扱いは勿論、座学の勉強も手を抜かず、騎士らしく、剣術も小さい頃から毎日練習していた。いつだか兄の掌を見た時、マメだらけでカナタは仰天したものだ。
兄は魔法騎士団に入ってからは寮に住んでいる。自宅に帰るのは、月に数回あるかないかである。母も兄が帰って嬉しいのであろう。もちろんカナタも嬉しい。
「よっし」
気合いを入れ直し、カナタは再び論文に向かう。兄を見るとやる気が出てくるのだ。
◇
集中していたようで、気付いたら太陽が沈みかけていた。空が夕日で赤く染まり、雲が光り輝いている。しばし空模様に見惚れていると、外が何やら騒がしいのに気が付いた。
窓から身を乗り出すように外を見ると、遠くで煙が上がっているのが見えた。あの方向は、二人が買い物に行った辺りだ。
課外授業の時の、小火の記憶が蘇る。
「母さん、兄さん!」
カナタは急いで外へ飛び出して行った。
◇
街は騒然としていた。
人の逃げる波に逆らって進む。
「すみません、通して!」
「逃げろー!」「どけっ」「きゃあ」
騎士団が警備にあたっている。
「下がってください!」
「家に娘がいるんです!」
「親父が家に……」
「この先にドラゴンが出ました! 危険ですので皆さん避難してください!」
「そんな!」
「ドラゴンが!?」
泣き崩れる人、不安を騎士に向ける人、皆パニック状態だ。兄と母はどうしただろう……。
カナタは立ち尽くした。ドラゴンが王都に?
そんなこと今まで一度もないはずた。なぜ入ってこれた?
やっとのことで人混みから抜けると、目の前には騎士団。その向こうには首をもたげたドラゴンが見えた。
「うわっ……」
ドラゴンは冷たい目で騎士達を見ている。開いた口から鋭い牙が見え、翼を広げた姿はとても雄大だ。一瞬で人など敵わないと気付かされる。
「君、下がって!」
「兄と母がいるんです!」
「危ない! 伏せろ!」
ドラゴンが火を吹いた。騎士達が盾で防ぐ。頭上に熱さを感じる。
「カナタ?」
「兄さん!」
兄が驚いて顔でこちらを見ている。私服のまま、剣と盾を構えていた。
「お前こんな所にどうして?」
「心配で来たんだ。母さんは?」
「避難してるよ。こんな事になったから、俺は帰るわけにいかない。お前も避難しろ!」
二人とも無事だったようだ。ほっと息を吐いたその時、ドラゴンが吠えた。
耳を押さえたくなるほどの金切り声。
「くっ、なんだ!?」
「うわっ!耳が」
騎士団達が呻いている。
「上に何かいる!」
一人が指差した先に、何かが浮いているのが見えた。
あれは——人だ!
「まさか、魔法使いが手引きしたのか!」
「指名手配中の!」
「ドラゴンはやつの仕業か!」
「魔導士様に応援を!」
「はっ!」
騎士団が俄かに慌ただしくなる。
「兄さん、俺行くよ」
「あぁ。刺激しないよう静かにな」
カナタはドラゴンに刺激をしないよう、そっと立ち去ろうとした。だが急にドラゴンがこちらに目を向けた。
まずいっ!
カナタは咄嗟に防御魔法を展開した。直後、ドラゴンが炎を吐く。防御魔法のおかげで炎を弾き飛ばされた。直撃を免れたカナタと騎士達数人は冷や汗をかく。
「うわ!」
「た、助かった……」
練習した甲斐があった……
「カナタやるな! そのまま一緒に戦ってくれ!」
「え?」
兄にお願いされ、カナタは胸が熱くなった。
「分かった!」
しかし、防御はできても攻撃は容易ではない。ドラゴンの鱗は硬く、魔法も効きずらい。致命傷を与えなければ、体力が底をつくのは騎士団の方だ。
カナタは防御魔法を駆使して騎士団を守り続ける。
「くっ……どうすれば……」
「待たせたね」
苦戦する騎士団達の頭上から涼やかな声が響いた。
見上げると、そこにはローブを羽織った黒髪の魔導士が浮いていた。
「あなたは……魔導士様!」
「ご苦労だった。後は私がやろう。少し離れてくれ」
ドラゴンが上空に向かって激しい炎を吐き出す。
「あ!」
カナタと騎士達は上を向いたまま凍りついた。
だが炎が消え去ると、魔導士は球体の防御に囲まれて頭を掻いていた。
そして彼が手を開いた瞬間、ドラゴンが静止する。
「え? 何をしたんだ……?」
「氷漬けになっている……!」
ドラゴンを一瞬で凍らせた魔導士は、何事もなかったかのように静かに降り立った。
「魔法使いには逃げられてしまったようだね」
一瞬、その紫の瞳が怪しく光る。
「魔導士様!ありがとうございます!」
隊長の兄が敬礼をすると、他の隊員もならって敬礼をする。カナタは呆然としたまま、魔導士を見上げていた。
「応援の騎士団ももうすぐ到着するから、後は任せるね。——防御魔法を使用していたのは君かい?」
急にこちらに話題を振られ、カナタはビクッと肩を揺らした。
「はいっ!」
「お見事だったよ」
「わぁ……」
お礼の言葉も忘れ、ただ目の前の魔導士を見つめることしか出来なかった。
「では」
そう言い残し、魔導士は姿を消した。
「カナタ、すごいじゃないか! 魔導士様に声をかけられるなんて!」
兄がカナタの頭を雑に撫でまわす。
「う、うん。防御魔法練習しておいて、本当によかったよ」
いつもなら兄の手を払いのけるところだが、今はそんなことすら頭に入らなかった。
かっこよかったなあ……
カナタの目は憧れで煌めいていた。
◇
一方、レイは辺りを注意深く確認していたが、逃げた魔法使いの姿は既に無かった。パニックになり避難する群衆の中で、不審な行動をとる者を見分けるのは難しかった。
だが、一つ分かったことがある。
防御魔法を使ったのは、リンの友人だったはずだ。彼は必死に街を守ろうと戦っていた。彼があの魔法使いの弟子ではない、ということだけは確かだ。
読んでいただき、ありがとうございます。
感想、反応いただけると大変嬉しいです。
評価、レビュー、ブックマークお願いします!




