禁書
「禁書」……それは一般的には公開されない、閲覧、所持を禁止されている本の事である。
その夜、魔法使いの弟子は、図書館へ忍び込んだ。禁書はおそらく図書館のカウンター横の通路の奥。鍵がかかった扉の向こうにある。そっと歩みを進める少年。鍵は既に拝借済みである。
この魔法学園には図書館があり、蔵書数も多い。魔術書の種類も、他の図書館とは比類がない。暗い図書館の中、目を凝らして進む。灯りをつけたいが、バレる訳にはいかない。月明かりのみで目を凝らす。
あった……
少年は一つの本を手に取った。タイトルは『禁忌呪文』。
これをアイツが持てば、また人々が大変な目に遭う……
少年は逡巡しながらも、本を持ち去った。
翌朝、学園に騎士団が来校した。禁書は厳重に管理されているのは知っていた。
こんなに早く対処するとは……
学園内に潜む少年は、遠目にその様子を見て内心驚愕していた。騎士団がいる。図書館には「図書館整理」と張り紙があるが……十中八九、禁書の移動だろう。少年はそっとその場を離れた。
◇
レイモンド先生は湖の畔まで歩くのが日課である。研究対象の妖精達にも会えるし、景色も素晴らしい。今日も森の奥へと足取り軽く向かおうとした途中、女子生徒が入口に佇んでいるのを見かけた。
「おはよう。朝早くにどうかしたのかい?」
「レイモンド先生、おはようございます」
振り向いたのはライラであった。
「早くに目が覚めてしまって、今日は図書館も使えなかったので散歩に」
「そうか。朝の散歩は気持ちいいな! 一緒に森の奥まで行くかい?」
「いや、えっと……」
「遠慮するな! 妖精も見られるぞ。さぁ、行こう!」
半ば無理やりライラも同行することになった。
湖の畔に着いたレイモンドは大きく伸びをした。やはりこの場所は気持ちがいい。妖精達がふわっと出てきた。
「やぁ、おはよう」
「わぁ……」
ライラは初めての妖精に感動している。
「何だか今日はいつもより活発に動いている気がするんだが、どうしたんだい?」
レイモンドが妖精へ話しかけると、数人の妖精達が同じ場所へ飛んだ。後を追いかけると、一つの大きな木にたどり着いた。
「立派な巨木だ!」
妖精達がしきりに根元を気にしている。よく見ると土を掘り返した後がある。土を触ると柔らかく、何かを埋めて土を被せてあるようだ。スコップは持っていないので、レイモンドは手で土をどける。ライラは湖の畔で妖精に夢中である。
「これは……!」
大きな木の下には、本が埋められていた。タイトルは『禁忌呪文』とある。
学園で管理されている禁書が何故ここに?
その時、妖精達が一斉に、レイモンドの後ろに隠れた。ライラも咄嗟に木の影に隠れる。
「おい、先生。それは置いていけ」
上から男の声が聞こえた。見上げると、黒いローブを纏った者が木の上に座っている。
「君は? これは我が学園の禁書だ。勝手に渡すわけにはいかない」
あの男、まさかこの本を持ち去ろうと?
「ったく。こんな所にわざわざ取りに来てやったのに……まさか先に見つかるとは……」
ローブの男は苛立っているようである。
「いいから、それ置いてさっさと行け」
「そんなこと出来ない。そもそもここは学園の私有地だ。君は生徒ではないだろう? 降りてきなさい」
「うるさい奴だ」
男は手に炎を宿した。
「燃やされたくなかったら言う事聞けよ」
男の目が炎の明かりで赤く光った。レイモンドは後ずさる。
炎! まさかあのローブの男は、指名手配中の魔法使いでは……⁈
冷や汗が背中を伝う。
「わかった。大人しくする。火は駄目だ! この本も一緒に燃えてしまうぞ!」
「ふん。俺に指図するなよ」
「わかった。この本はここに置く」
レイモンドは本を木の根元へ置き、そっと後ろへ下がる。
「ふん」
魔法使いが木から飛び降りた。
「捕縛!」
瞬間、レイモンドから発せられた魔法が魔法使いの手足を縛った。自由を奪われた魔法使いは、着地を失敗し地面に倒れる……はずだった。
「何かするとは思ったが、無意味だ」
手足を縛られた状態のまま浮かぶ魔法使い。
「風よ!」
レイモンドは畳みかけるように、風を魔法使いに叩きつける。風が魔法使いに届く前に、縛られた状態で手に炎を出すと魔法の綱を焼き切った。そのまま空高く舞い、風を避ける。
風は木に直撃し、音を立てて巨木が倒れた。
「避けたか!」
「お前、うざいな」
再び炎を手に宿し、レイモンドへと向ける。
「レイモンド先生!」
「いたぞ!」
木が倒れたところを目印に、学園の先生や騎士団が集まってきた。
「邪魔な奴らが何人も!」
魔法使いは炎をおさめた。
「命拾いしたな! 先生!」
「待て!」
魔法使いは飛び立って行ってしまった。
「先生、大丈夫ですか!」
一番に顔を出したのは、リンだ。続いて騎士団。
「リンさん! なぜあなたがここに?」
「私の周りを妖精達が囲みまして……すごく焦っている様子だったので、森で何かあったのかと」
リンは息も絶え絶えに伝える。校舎から森まで全速力は流石にキツい。
今度レイに飛ぶ魔法教えてもらおう……
リンは心の中で静かに決意した。
レイモンドは隠れていた妖精達に、助けを呼ぶようこっそり頼んだのだ。
「驚いたな……確かにリンさんは、妖精と面識はあるだろうが。妖精は危機的状況になると、守ってくれる強い者のもとへ行くはずなんだが。今日はちょうど騎士団もいたから、てっきりそっちに行くとばかり……」
「あはは、不思議ですね」
頑張って笑って誤魔化した。魔力量と共に、身分も偽っているリンである。
妖精って鋭いんだ……!
「禁書……持ち去られなくてよかった」
倒れた木の根元に本が落ちていた。レイモンドはほっと息をついた。
「妖精を使って危機を知らせるとは、さすがです!」
騎士団の一人が息を切らし、賞賛する。
「うまくいくか不安だったんですが、よく伝えてくれた!」
妖精達はレイモンドの周りをキラキラと飛んでいる。お互いとても嬉しそうであった。そこからは騎士団が禁書を保護し、森を後にした。
「あれ?」
「どうかしましたか?」
騎士団の一人がレイモンドに訊ねる。
「生徒の一人が一緒にいたんですが、もういなくて。先に帰ったのかな?」
レイモンドは辺りを見回すが、いつの間にかライラはいなくなっていた。
◇
「くそっ!」
魔法使いは空を飛びながら苛立っていた。
森の奥に隠せば見つからないと思ったのに、まさかピンポイントで教員が来るとは……
だからといって学園の外だと騎士団や警備兵、魔導士に悟られる危険性がある。
どうせなら、禁書の移動先を襲撃するか。
魔法使いはニヤッと笑うと、何処かへ消えた。
◇
学園は二週間の長期休みに入った。
早朝の中庭で、リンとレイは向かい合っている。二人での特訓が始まった。レイは周りに防御結界を張る。攻撃魔法が外に出ていかない為と、結界の外から中が見えなくなるようにである。
「まずは防御魔法から」
「お願いします!」
リンは元気に返事をした。
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