噂と違和感
隣町の騒ぎは、翌日にはこの街にも伝わっていた。悪い魔法使いが現れて、町を燃やしていったと、そしてそれを収めたのは超絶美形の魔導士だった……という噂だ。だが人々の関心の大半は、悪い魔法使いの恐怖よりも、その「美形の魔導士」に集まっているようだった。
「おはよー、カナタ」
「おはよ。エマ。昨日の事件聞いた? 隣町が魔法使いに襲われたって……」
「聞いたよ、超絶美形の魔導士が町を守ったらしいよ! 一度でいいから見てみたーーい!」
「そ、そうなんだ」
「悪い魔法使いなんて早く捕まればいいのにね。まあ、ここは城下だし、騎士団もいるから大丈夫でしょ!」
二人が席に着く。もうすぐ授業が始まる時間だったが、リンとライラの姿がまだなかった。
「ふたりとも、今日は休みのようね」
「えぇ〜! 美形の魔導士様について語り合いたかったのにぃ〜!」
エマは心底悔しそうに肩を落とした。
◇
その頃のリンは、学園に行こうと悪戦苦闘していた。
「うぅ……」
起き上がろうとするものの身体に力が入らず、伸ばした手が力なく布団へ落ちる。
「リン様、そんな状態で学園なんて無理ですよ」
傍らに立つ従者のマーサに、優しく諭されるリン。
「でも……でもっ! せっかくの学園を休むなんて……!」
今まで行きたくても行けなかったのに。休むなんて勿体なさすぎるよ……!
そう思いながらも諦めて、仕方なく頭から布団をかぶる。
昨日、夜通し魔力を行使したせいで、体内からごっそりと魔力が抜け落ちてしまっていたのだ。だが、ただ横になっているのも退屈だった。何か本でも読もうかと思っていると——
コン、コン、と控えめなノック音が響いた。
「はい」
「リン、体調はどうだい?」
顔を出したのは、レイだった。
「うん、どうぞ」
マーサが気を利かせて静かに部屋を出ていく。レイはリンのベッドの縁に腰掛けた。
「リンは、本当はかなりの魔力量を持っているよね」
「うん?」
「本来の姿になったら、私よりも多いんじゃないかと思うんだ」
「まさか、レイよりも魔力があったら私魔導士になれちゃうよ!」
動けないリンは、寝転がったまま軽口を叩く。
「なれるよ。世界で唯一の、ヒーラー兼魔導士に」
「……本当に?」
「本来の姿になれるかい?」
「……八歳の時に、王族だとわからないようにマーサに髪色を変えてもらって、それから一度も元に戻してないから……戻し方が分からないの」
「私が手伝うよ」
「……お願いします」
レイはリンの髪を撫でながら呪文を詠唱する。掌から柔らかい光が溢れ、それがリンに移っていく。
「本来の姿へ——」
レイが言葉を紡いだ瞬間、リンの髪がすうっと鮮やかな黒色へと変化した。
「戻った……」
自分の髪を眺めるリン。
「久しぶりだな……あれ? 動ける!」
身体が軽い。さっきまでは腕を上げるのも大変だったのに。起き上がるリン。レイは微笑む。
「レイありがとう!」
黒髪に戻る事で魔力量が増えたのだ。魔力がある事によって動くこともできる。
「魔力が戻ったね。やっぱりリンの黒髪は綺麗だ」
「やっぱり?」
リンは驚いた。レイと初めて会ったのは十年も前の事で、しかもたった一回だけだ。
「……レイ、覚えてるの?」
「もちろんだよ。リンは私の婚約者だからね。リンも覚えていてくれたんだろう?」
「うん。レイは昔からすごくかっこよかったよ」
「リンも、昔からずっとかわいいよ」
ふたりは顔を見合わせ、照れくさそうに笑い合った。
◇
翌日、再び銀髪へ変えて学園へ行くと、エマがすごい勢いでこちらに向かって歩いてきた。いや、あのスピードは走っているのかもしれない。
「リン! もぅ、話したくて話したくてウズウズしてたんだから!」
「ど、どうしたの!?」
勢いに押されて思わず引き気味になるリン。
「隣町の火事を収めた、超絶美形の魔導士の噂知ってる?」
「ええーと……ごめん、よく分かんないかな」
昨日現場にいた魔導士は、レイとマドカ様?
ポカンとしているリンをよそに、エマは恋する乙女のような表情をしている。
「黒い髪に紫の瞳、ローブを纏ったその姿! しかも魔法は絶大なんだって! あぁ、一目見てみたいなぁ」
レイの事だ!
「確かにカッコいい……」
ボソッと呟くリンの声をしっかり拾うエマ。
「そう! カッコいいの! 私、魔法使いになったらそんな人の助手になって、あわよくば人生のパートナーになりたい」
エマの周りに花が飛んでいる。
「へぇ……」
リンは引きつった笑みで生返事を返した。
「あ、リンおはよう」
「カナタおはよう」
「昨日どうしたの? 休みなんて珍しい。もしかして、デリウトの現場に呼ばれたりした?」
「え?」
「ヒーラーは緊急事態が起きると呼び出されやすいんだ。数も少ないから、学生でもお呼びがかかることがあるんだよ」
「えっ、じゃあリン、あの魔導士様のこと間近で見たりしたの!?」
「えっと、それは……!」
どこまで喋っていいのか判断がつかない時は——
「ごめん! ノーコメントで!」
リンは叫ぶやいなや、走って逃げた。
「ちょっ、それ関係あるって言ってるようなものだよ!?」
カナタとエマが呼んでいるが、どこまで話していいか決めていないのだ。立ち止まるわけにはいかない。口滑らせて「実は噂の魔導士は私の婚約者で〜」なんてバレたら、レイはともかく、マドカ様にどんなお説教を食らうか分かったものではないのだ。
焦って後ろを気にしながら走っていたため、注意力散漫になっていた。
「わっ!」
何かにぶつかって転ぶリン。
「痛てて、ごめんなさい! ちゃんと前を見てなくて」
目の前には尻餅をついたライラがいた。
「もう、気をつけてよ」
「ごめん!」
ライラは立ち上がるとお尻を払った。
「ライラ、体調はもういいの?」
後ろから追いついてきた、カナタとエマが声をかける。
「うん。まぁね」
「ライラも昨日休んでたんだよ」
「そうだったんだ……」
「……ほら、立ちなよ」
ライラはリンに無造作に手を差し出した。
「ありがとう!」
リンはライラの手を取った。
◇
「ねえ、今度の長期休みはみんなどうするの? 私は別荘で家族とゆっくりする予定」
休み時間、エマがみんなに問いかけた。
「僕は特に……論文仕上げないと」
カナタが答える。
「私はとっく……特に予定もなくて、家にいる予定」
特訓と言いそうになって、慌てて言い換えるリン。
「私も特に」
ライラも特に予定は立てていないようだ。
「そう。やっぱり魔法学園ってちょっと特殊ねぇ」
エマが不思議そうにみんなを見回した。
裕福な貴族や身分の高い者が通う一般的な学校なら、暑い夏の休暇といえば別荘へ避暑に行ったり旅行を楽しんだりするのが当たり前なのだが——ここは訳ありの生徒も多い魔法学園だ。
「リン、休み中にお茶に誘ってもいい?」
帰り際、エマが少し遠慮がちに尋ねてきた。
「うん! エマとお茶なんてすごく楽しそう」
リンも本当は自分から誘いたいが、気軽に人を招ける状態ではないのがもどかしい。嬉しそうなリンの表情に、エマはほっと胸を撫で下ろした。
「よかった。さっき、休みの質問で嫌な気分にさせちゃったかなって心配だったの」
「ううん。エマが嫌味で言ったわけじゃないことくらい。みんな分かってるよ。ここは色んな境遇の人がいるから、常識が違って当たり前だもん」
「ありがとう、リン!」
ふたりは目を合わせて笑い合った。
「よしっ! みんなも誘ってみる!」
すっかり元気になったエマは、カナタとライラに向かって走って行った。
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