星と妖精
夜の七時、薄暗い中ランプを持って生徒達が学園へと入っていく。
今日は天体観測だ。星を見て、未来のことを占う授業である。もちろん星は夜にならないと見えないので、夜に学園集合という事になる。普段の時間と違うだけなのに、わくわくしてしまうのは何故だろう。
「リンこんばんは」
「カナタ、こんばんは」
課題授業の後から、カナタとの距離が縮まった気がするリンである。
「今日晴れてよかったね!」
「そうだね! これなら星もよく見えそう」
屋上に集合する。涼しい風が吹いている。ランプに照らされて、皆の顔がオレンジ色に見える。
星読みの先生が授業を始める中、リンは魔法使いの弟子の事を考えていた。
この学園にその弟子がいるのは何故だろう? 魔法を学びに来ているわけではないだろうし、多分、何かを探りに潜入している。きっと勉強も、魔法も出来る優秀な者であろう。
リンのクラスで一番成績がいいのは……ライラ・スタイナー。でも、ライラは最年少での入学という事で注目されている。潜入している者が目立つような事をするだろうか……それに、ライラは女の子である。情報では弟子は男のはずだ。
「リン、星の説明聞いてた?」
エマが話しかけてきた。
「う、うんー? 少しだけ」
正直考えに夢中で、全然聞いていなかった。
「あの星が金星、あっちが木星、星の並びや見え方で未来を占うんだって! ほら、教科書と磁石出して」
空を見ながら教科書と照らし合わせる。
二人で楽しく星を見ていると、夜の森に人影が消えていくのが見えた。
今のは……レイモンド先生?
「あ。私ちょっとトイレ」
「うん? 分かった」
リンは急いで森へ走った。弟子には先生もありうる、という選択肢を忘れていた。まさかレイモンド先生が……何処へ行くのだろう?
後を追いかけると、どんどん森へ入っていく。湖の畔で、レイモンド先生が立ち止まるのが分かった。リンは気付かれないように、そっと木に隠れる。
「おいで、怖くないよ」
レイモンド先生は何かに語りかけている。
優しい小さな光が次々と現れる。それは一つ一つは小さいが、集まってぼうっと幻想的に光っていた。
光は先生の周りを飛び、湖の上を舞う。蛍のようなそれは、妖精だ。深い森の中や、綺麗な水辺に現れる。
レイモンド先生は妖精の生態を研究していたんだっけ……そう言えばこの前、授業でも言っていた気がする。怪しいと思って付いてきた自分を、恥ずかしく思いながらリンはそっと森から戻ろうとして……小枝を踏みつけてしまった。
バキッ!
暗い森に響く音。これは確実にバレた。
「誰かそこにいるのか?」
レイモンド先生が声をかけた。妖精達も動きを止める。
「ごめんなさい。先生が森に行くのが見えて、興味本位でついてきてしまいました……」
リンは正直に進み出た。
「リン・グラムさん、君も妖精に興味が?」
ん?
「え、えぇ! 実は初めて見ました」
「そうなのかい! こちらへおいで、今日は新月だからね。妖精の光が綺麗に見えるんだよ!」
レイモンド先生は、生徒が妖精に興味を持った事が嬉しいらしく、とても好意的にリンの尾行を受け止めてくれた。
良かった……
ほっと息をつき、妖精の光を目で追う。
「妖精はね、とてもおしゃべりなんだ。でも早口すぎて、人間にはうまく聞き取れない」
「へぇ……」
「妖精はね。気に入らない人間には姿を見せないんだ。グラムさんは気に入られたんだね」
「それは嬉しいです」
しばらくレイモンド先生の妖精談義を聞いていたが、そろそろ戻らないとまずい。
「レイモンド先生、私天体観測に戻らないと……」
「おお! そうか、悪いな引き止めて! また妖精について質問があったら気軽に聞いてくれ」
森を抜けると、校舎の方からボヤッと光が見えた気がした。
あそこにも妖精が?
気になったが、早く戻らないと怒られる。リンは屋上へ走った。
「リン遅かったじゃん。何してたの?」
屋上へ戻ると、エマがコソッと話しかけて来た。
「えへへ、ごめん」
「もう、ライラもいなくなっちゃったし、カナタは向こうで星に夢中だし、つまんなかったんだから」
ライラもいない?
「ライラどこ行ったのかな?」
「知らなーい」
エマは興味がなさそうである。
◇
「ただいま」
「おかえり、リン」
お屋敷に帰るとレイが出迎えてくれた。何故か猫姿である。
「天体観測はどうだった?」
「うん、星って奥深いなぁって」
浅い感想しか出てこない。
「そういえば、レイモンド先生が妖精と湖で話してて綺麗だったよ」
レイがじっとリンを見つめる。
「……リン、湖って森の奥だよね? もしかして、行ったの?」
黒猫の声音が少し冷ややかになる。
「あ、えっと、森に行く先生が見えたから、魔法使いの弟子かもって思って……」
「追いかけたんだ? リン、そんな危険な事もう絶対しないでね」
普段温厚な人が怒るのは、なぜこうも迫力があるのだろう? 姿は猫なのに。
「ううっ、ごめんなさい」
「リン、もうすぐ夏休みだよね? 休み中、私と特訓しようか」
「え? レイと特訓?」
レイは口元だけで笑った。
◇
天体観測の最中、少年は校舎の中にいた。
外では生徒の声が聞こえる。人気のない校舎の中に足音が響く。柱の影に人がいるのが確認できた。
「どうしてあなたがここに?」
「ふっ、お前に会いにきたのにその言い草はないだろう?」
フードを被ったその男はニヤッと笑う。
「見つかったらどうするのですか?」
「その時は……そうだな」
何か物騒な事を考えてニヤついている。少年は口を開いた。
「で、要件は?」
「ふん。お前は毎回単刀直入だな。まぁいい」
フードの男は少年を見据える。その目が月明かりで光った。
「魔導士の弟子は見つけたか?」
「いえ、まだ……」
「と思って、俺が直々に様子を見にきたんだが、しかし、見た所どうもピンと事ない」
「そうですか」
少しほっとした表情をした少年を、フードの男は見逃さなかった。
「お前は先に禁書を奪え」
「分かりました……」
「なんだ?」
「いえ、その……母さんと弟は」
「生きてるよ」
少年がほっと息を吐く。フードの男がニヤッと笑う。
「まだな」
「!」
「では」
フードの男は何処かに去っていった。少年はその場でしばし立ちすくむ。その拳は強く握られていた。
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