いい兄さんな日々4(オクト視点)
オクト視点で【いい兄さんな日々】は終わりです。
「まずは全員呼べば駆けつけてくれるという事で、合格じゃな」
明るいトキワさんの声と言葉に、私は頭痛を覚え額を押さえた。
しかし状況を理解しているのは私とトキワさんのみ。つまりちゃんと説明しなければいけないだろう。
「合格って、何が合格なんだい?」
「……どうして、クロとヘキサ兄だけじゃなく、カミュとライまでいるの」
「どうしてって、呼び出したのそっちだろ?」
「二人だけじゃつまらんじゃろ」
つまらんって……やっぱり私を心配してという意味合いより娯楽優先じゃないか。彼らは兄ではないと言ったのに。そもそも、クロとヘキサ兄に迷惑をかけるのも嫌なのに。
「実はな、神々がオクトの事を心配して、オクトが頼れる兄は誰だという話になったんじゃよ。ほれ。この通り、体も小さければ、体力もないからのう」
「……もうすぐ成人するから。魔力不足も解決したし」
成長が遅いのは混ぜモノなのだから仕方がないとしても、年齢的には一人前と言っていい。十歳ぐらいから働く子なんてざらにいるのだから、そこまで心配されるほどでもないはずだ。
「なるほど。それで兄貴分である俺が呼ばれ——」
「私は呼んでない」
「おい。折角来たのに、それはないだろ」
「だって、ライとカミュは兄枠ではないから。迷惑かけてごめん。帰っていいよ」
この二人だって暇ではないはずだ。カミュの方はちょくちょく来るのでさっぱり仕事量が分からないけれど、ライは確実に忙しい。色んな所に派遣されて、王都でゆっくりしている暇がないと聞いている。
「折角来たのに帰れとか言うなよ」
「そうだよ。こんなにオクトさんの事を大切にしてるのに、酷いなぁ」
カミュよ、笑いながらいうな。しかもちゃっかり外に設置されたお茶の席に座っているし。いや、身分的にこの中で一番高いのかもしれないけれど。
「アリス先輩もカザルズさんも本当にすみません」
クロとヘキサ兄のみ連絡を取ったつもりが、追加でついてこられた面々に、まあそうだよねと思う。どうやらクロはホンニ帝国は偉い立場のようだし、ヘキサ兄の妻であるアリス先輩だって変な事に巻き込まれているっぽい夫が心配だろう。
「いいですよ。私も明日までに帰れるというのなら、アールベロ国に久々に行きたかったので」
「私の事も気にしないで。面白そうだから参加しているだけだし。それに、兄枠だけじゃなく、姉枠参加なんてどう? 私、結構いいお姉様じゃない?」
二人共それぞれ楽しそうだな。
自由な二人に対して私は曖昧な笑みを浮かべ誤魔化した。迷惑をかけたことを怒っているよりは楽しんでもらえている方が心労が少ない……と思っておこう。
「クロもヘキサ兄も、トキワさんの提案に逆らえなくて迷惑かけてごめん」
「全然迷惑じゃないし。むしろ、オクトと会えなくて寂しかったから、会えて嬉しいし。この移動制限、もう少しゆるくしてくれるといいんだけどな」
「私の方も今のところ迷惑と感じることはないので安心なさい」
なんていい人達だろう。
大地を跨いできたクロは大変だし、突然会場を用意する羽目になったヘキサ兄も大変だろうに。
「オクトさん、何だか僕達と扱いが違わないかい?」
「そうそう、帰れとか雑過ぎるだろ」
「……茶会の席に座って、帰る気ない癖に」
一応二人共忙しいだろうと思って、気を使って帰れと言ったつもりだ。いると面倒な事になりかねないという直感が働いた部分もあるけれど、半分は優しさだ。
「扱いの雑さは、この二人に軍配があがるようじゃな」
雑さに軍配?
なんの勝負だ?
トキワさんのよく分からない言葉に私は首を傾げた。むしろ雑という事は悪い意味ではないだろうか?
「軍配ってどういう事かな?」
「兄ならば妹から信頼されておらねばならぬ。そして親しいほど、雑に扱っても許されると甘えられるというものじゃ。つまり雑に扱うという事は、それだけ信頼されておるという事じゃ」
極論!!
どうでもよくて雑に扱う場合もあるし、逆に兄だから大切にしたくて丁寧な扱いする事だってあると思う。
「トキワさん、それは聞き捨てならないんだけど。雑に扱ったから信頼されているとは限らないんじゃないか?」
「私も同意見だ。その証明には大きな問題があると思う」
私もそう思ったけれど。
クロとヘキサ兄が反論すると、何故だか背中がぞわぞわとした。何故かすごくムッとしているような気配がする。
「オクトさんと僕とライの仲は、信頼されているから雑に扱うで間違っていないんじゃないかな?」
「まあ、そうされて俺らが怒らないと分かってるからだしな」
止めろ。
ライは何となく同意しているだけだけど、絶対カミュは面白がって同意している。クロとヘキサ兄の不機嫌が分からない二人じゃないはずなのに。
「と、とにかく、この二人は兄じゃない。兄は妹に無理難題を持ってきて迷惑をかけない。えっと……迷惑をかけてくる二人は、友人だから」
変な張り合いが始まるのは勘弁だ。
カミュ辺りは楽しく引っ掻き回すのが得意である。本当にやめて。久しぶりにのんびりとした時間を楽しんでいたのに、胃の痛くなる時間にされるなんてあんまりだ。
「そう言われちゃうと、まあ、兄ではないね」
「俺もそうだな。うん。兄じゃない」
事実ではないが結構酷い言い方で兄を否定したつもりだが、何故だか二人は簡単に引き下がった。まあ、引き下がってくれるなら、それにこした事はないけれど。
釈然とせず首を傾げる。
「僕たちはのんびりとオクトさんの兄決戦を見届ける事にするよ」
「だな。確かに、雑に扱われた方が良い兄っぽいとは限らないしな」
よく分からないが、助かった。見届け人が増えたが、クロとヘキサ兄の迷惑にならない方向なら、もうそれでいい。
「仕方がないの。確かにお主たちの言い分も一理あるのう。では、続いてのお題じゃ。やはり兄というものは、妹の事をよく分かっておらねばならぬじゃろ。オクトを喜ばせてみせよ。オクトがより喜んだ方が真の兄じゃ」
「いや、トキワさん。二人共、私の兄なんて言ったら申し訳ないから」
頼れる二人だし、今まで散々頼ってしまった事もあるけれど。混ぜモノの兄とか、色々誤解が生じるし、申し訳ない。
「えっ。俺は兄だろ? 昔はよく俺の後ろをついて来てたじゃん」
「いや。それ、いつの話……」
五歳未満のまだ自我も弱い時期の話をされても……。離れて暮らした年月の方が長いし。血だって繋がっているわけではない。
「私はアスタリスク様に養子として引き取られ、オクトも同様だ。つまり、私は戸籍的に義兄で間違いないと思うが」
「えっ。いや、もう籍抜けてるし」
五年以上前に養子は解消されている。
私は間違ったことを言っていないはずなのに、何故かクロもヘキサ兄も落ちこんだ。えっ。いや。えっ? 兄でいたいの? 混ぜモノの?
全然得になる部分が見えてこない。
「オクトちゃんは二人の事兄として認めないの? 世間体とかは別としてよ?」
「そうですね。その辺りはっきりと言ってやりなさい。言わなければ伝わらないのが普通ですよ」
アリス先輩とカザルスさんが仲良くお茶をしながら、口出しをしてきた。えええ……。世間体を気にせずって、気にして生きないといけないが混ぜモノだと思うのだけど。
顔見知りは比較的普通に接してくれることが多いけれど、知らない場所に行けば、避けられるのが普通なのだ。
「えっと。幼い頃を言うなら、クロを兄として慕っていたと思う。ヘキサ兄もいつもお世話になっていて、個人的には兄のように思っているけれど……」
「オクトぉぉぉぉ!!」
ギューギューとクロに抱きしめられて、内臓が出そうだ。
そうか。無理に他人だと思わない方が喜んでくれるのか……ちょっと手加減して欲しいが。
「ヘキサも抱きしめに行けばいいのに」
「いや、だが……妹とは言え、年頃の娘を抱きしめるのは良くないと思う」
アリス先輩に言われ反論しているヘキサ兄を見れば、手を微妙にわさわさしていた。……いや、ヘキサ兄の義父様はしょっちゅう私を抱き枕化しているけれどね。
きっと、アスタを反面教師にして育ったのだろう。紳士だ。
「オクトが二人を喜ばせてどうするんじゃ。何じゃ、お主は男を手玉に取る悪女なのか?」
「……いや。私にその路線は無理だと思う」
手玉に取れる気がしない。むしろ私はいつだって利用される側だ。
「わらわも言ってみたが、確かにそうじゃな。向いておらんな」
悪女に向いていると言われるのもアレだが、向いていないと同情的な目をされるのもなんだか微妙な気持ちになる。
「まあよい。だったら、どれだけ妹について知っているかを発表するのはどうじゃ? 兄は、妹の事を良く知っておって当然じゃ」
「は?」
いや。それこそプライバシーの侵害だ。兄だから、妹の事を知っていて当然なわけがない。兄弟だからこそのエピソードはあるかもしれないけれど、それだけだ。
「それは僕も気になるな。アスタリスク魔術師に引き取られる前のオクトさんってどんな感じだったんだい?」
「私も、ヘキサからみたオクトちゃんの考察とか聞いてみたいわ」
カミュとアリス先輩が乗っかって来たことで、私は青ざめた。
絶対、いらないことまで根掘り葉掘り聞くに違いない。やめて。私のプライバシーとか個人情報を尊重してあげて。
その後結局全員からそれぞれ知っている私の情報を暴露された。
ちなみに中には私も知らない情報が多分に混ざっていた。意味が分からない。あれかな。主観が変われば事実も空間も時間も色々歪むのかな?
とにかく私だけが妙に疲れて、皆ホクホク顔でお茶会を楽しんでいた。
後日、神様の叔母さんたちから誕生日プレゼントが届き、もしかしてプレゼントをどうするかの情報を得るためにこんな無駄に私の精神を削るような事をしたのだろうかと遠い目をする羽目になったのだった。
めでたくない。めでたくない。




